第24話 聖女の誘拐

仄暗い廊下をルクレツィアは息を切らしながら走り、ようやくアルシウスの部屋の前に来た。

だが違和感を覚える。


おかしいな。

騎士がフロアの前にも扉の前にも姿はない。

アルシウス、いないのかな?


ルクレツィアは少し不安に思いながらも、扉をノックした。


シーン……。


何の返事もない。

再びノックをしたが、やはり返事はなかった。

ルクレツィアは失礼だと分かっていたが、扉を開こうと取っ手に手を掛けた。

だが、押しても引いても微動だにしない。

鍵は掛けられているだろうから、当然と言えば当然だった。

やはりいないのだろうか?

もっと大きな音でノックをしようかと考え倦ねいていると、隣にある小さな扉がそっと開いた。

そして、そこから侍女が夜着のまま姿を現した。

ルクレツィアは公爵令嬢の矜持も忘れて、彼女の元へ駆け寄ると言った。

「アルシウスに今すぐ会いたいの。」

すると侍女は顔を顰めて言った。

「失礼ですが、お名前をお伺いしても?」

ルクレツィアはこの侍女とは面識が少なからずあったので、その対応に驚いた。

だが、直ぐに自分の髪と瞳がいつもと違う事を思い出して、納得した。

真夜中で少し照明も暗くなっているため、ルクレツィアだと分からないのも仕方がないだろう。

「ルクレツィア・モンタールよ。髪色と瞳は訳あって今は変えているの。」

すると侍女は目を見開くと慌てて謝罪した。

「申し訳ありませんっ」

侍女が頭を下げるので、今度はルクレツィアが慌てた。

「いいの。分からないのも無理はないわ。それより、アルシウスはいるかしら?」

侍女は顔を上げると言った。

「王太子殿下は今、王城の方に居られます。」

「そうなの?こんな真夜中に?」

その言葉にルクレツィアは驚いた。

「今日はこちらに戻って来ないのかしら?」

「いえ、戻られるとは思いますが、時刻までは明確に仰られませんでした。」

「そう……」

ルクレツィアが落胆していると、侍女が口を開いた。

「よろしければ、伝言をお預かり致しましょうか?」

ルクレツィアは一瞬迷ったが、やがて首を横に振った。

「いえ、いいわ。会った時に直接話すわ。ありがとう。夜遅くに起こしてごめんなさい。」

それを聞いた侍女は一礼した。

そして顔を上げると、ルクレツィアをジッと見詰めてくる。

その視線の意図に気が付き、ルクレツィアはその場を急いで離れた。

こんな夜更けに女性が1人で王太子の部屋に行くなんて非常識極まりない。しかも夜着だ。

良からぬ事を考えていると侍女が疑うのも無理はない。

ルクレツィアは王太子のフロアから出ると、立ち止まった。



どうしよう……。



ルクレツィアは途方に暮れたが、このまま自分の部屋に戻るのは躊躇われた。

幸か不幸か、メルファが滞在しているフロアはすぐ近くだ。

このまま帰っても気になって眠れないし、何より彼女の身が心配で堪らない。


様子を確認するだけでも……。


そう思い、ルクレツィアは再び薄暗い廊下を駆け出していった。




息も絶え絶えになりながら、ようやくメルファの部屋の扉が視界に入ってくると、ルクレツィアは不安を覚えた。

扉の前に立っているはずの騎士達の姿が見えない。

騎士達は最低でも2人は扉の前に立っているはずなのに。

しかも、このフロアを訪れる時もそうだ。

フロアの前にも騎士が立っているはずなのだ。

今、学園では近衛騎士団が24時間体制で学園の警備にあたっている。

この寮にもそれなりの数の騎士達が配置されているはずだ。

けれど、ここに来るまで誰1人として会う事はなかった。


ルクレツィアの鼓動がどんどん早くなっていく。

扉の前に立ち止まると唾を飲み込み、恐る恐る扉の取っ手に手を掛けた。

するとゆっくりと扉が開く。

ルクレツィアは目を見張った。

そして息を呑むと更に心臓が早鐘を打ち、ルクレツィアの頭に警笛が鳴り響いた。


まさかっ……。

既にメルファは誘拐されたの!?

みんながいないのはそのせい?


ルクレツィアはメルファの事を思い、居ても立っても居られなくなると、早る気持ちを抑えつつゆっくりと部屋へと足を踏み入れた。

シーンと静まり返った部屋は異常な静けさだ。

ルクレツィアは音を立てない様に、寝室へと向かった。


寝室の扉が少し空いていた。


ルクレツィアの鼓動が飛び出してくるかと思われる程、波打っていてうるさい。

だが、ルクレツィアは勇気を出して寝室の扉をそっと押して中へと入っていった。

すると微かな寝息が聞こえて来る。

ルクレツィアがベッドに近づいて中を確認すると、そこにはすやすやと寝息を立てて眠っているメルファがいた。


ルクレツィアは安堵の溜め息を吐く。


すると直ぐメルファが目を覚まし、立っているルクレツィアを見て目を見開いた。

ルクレツィアが指を立てて、静かにする様に合図する。

メルファは思わず出そうになった声を手で抑えて何とか収めた。

そしてルクレツィアがそっと囁いた。

「驚かせてごめん。でも何か様子が変なの。とにかくここを出て私の部屋へ行きましょう。」

メルファは突然で訳が分からなかったが、ルクレツィアに黙って頷くとベッドから立ち上がった。

そしてメルファとしっかり手を繋ぐと、寝室から出た。

部屋の外に出ようと扉へと駆けていくと、急に後ろから声が聞こえてきた。

「どちらへ行くのかな?お嬢さん方?」

その声にルクレツィアとメルファの体が硬直して足が止まる。

「お出掛けならご一緒しましょう。」

それは見知らぬ声だった。

ルクレツィアは震える手を握り締めると、ゆっくりと振り返った。

メルファも息を飲んで恐る恐る振り返る。

そこには黒ずくめで佇む男がいた。

「どちらが聖女かな?素直に言えば、もう1人は助けてやる。」

冷たい声が部屋に響き渡った。


ルクレツィアはその姿を見てゲームと同じだと思った。

窓の外には満月が輝いていた。


そんな事を一瞬思ってしまったルクレツィアが出遅れてしまい、メルファが言った。

「私が聖女です。だから彼女には手を出さないでっ」

だがそれをすぐにルクレツィアが否定する。

「いいえ、私が聖女よっ。彼女はルクレツィアで私の親友よ!彼女には手を出さないでっ」

その言葉にメルファが驚いてルクレツィアを見遣る。

「な、なにを……言っているの?」

だが、ルクレツィアはメルファを見詰めて言った。

「ありがとう、ルクレツィア。私のために庇ってくれて。」

メルファは首を横に振った。

「違うわっ。彼女がルクレツィアよ!私が聖女だわっ」

「黙れっ!」

痺れを切らした男が声を上げた。

そして冷たく言い放つ。

「残念だが、時間切れだ。幸いどちらも滅多にない上玉だ。どちらも連れて行けばいい。後でじっくり突き止めてやるさ……」

逆光で口元が見えないはずなのに、ルクレツィアには彼が笑っているのが分かった。

ルクレツィアはゾワッと鳥肌が立つのを感じた。


ヤバいッ!


逃げなきゃっ。


ルクレツィアは咄嗟に部屋中に強風を巻き起こして、男に目掛けて部屋中の物を投げつける。

「うっ」

思わず男が呻き声を上げた。

男がそれに気を取られている間にメルファの手を引いて出口へと駆け出す。

メルファもそれに倣う。


だが次には、直ぐ背後で嘲笑う様な声が聞こえてきた。

「このくらいで逃げれると思われるなんて心外だな。いい子はおやすみ、お嬢さん。」

急に首筋に衝撃が走って視界が暗闇へと落ちていった。




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