第11話 過去の2人 ― クレイの回想 ―
────初めて会ったのは6歳の時だった。
俺は彼女をとても可愛いと思った。
こんな容姿の俺に優しく笑ってくれたから……。
彼女は俺に笑い掛け、握手を求めて来た。
だが俺は無視をした。
どう接していいのか分からなかったからだ。
けれど彼女は気にしないで笑っていた。
その笑顔が……俺の存在を肯定してくれた。
それまで子供はみんな俺を恐れて泣いていた。
俺には半分魔族の血が流れている。
だから髪も黒く目も赤い。
周りからは悪魔の子と呼ばれていた。
母親は俺が3歳の時に亡くなったと聞いている。
父親は知らない。
母親の親戚である貴族に引き取られたが、そこで大人からは無視され、侍女は必要最低限の事しかせず、子供は俺を見ると泣き叫ぶので、ずっと俺は部屋から出して貰えなかった。
その部屋にずっと1人でいた。
誰も俺を見ない。
だけど俺は反抗しなかった。
何故だか皆が恐れるのは当然だと受け入れていた。
俺は自分が存在しているのかさえ不安に思う日々を只々送っていた。
それから2年経ち、その家に火事が起きた。
親戚達は誰一人助からなかった。
人々は俺のせいだと口々に言い俺に恐怖を抱いた。
そんな時でも顔色一つ変えない俺を見て大人達が不気味だと恐れた。
でも誰にも関わって来なかった自分が、他人との接し方など分かるはずもない。
俺はどうしたらいいのか分からなかかっただけなのに。
そして断罪されそうになった時、俺はアランデール家の当主に出会った。
彼はその頃から既に聖騎士団団長で活躍をしていた。
結婚していたが妻が他界しており、それ以降結婚もしていない。子供もいなかった。
そんな彼が俺を養子として引き取った。
俺の母親とは遠い親戚だと言っていた。
俺は彼に連れられて初めて王都へと足を踏み入れた。
だけど何も変わらないと思っていた。
どこに行ってもまた同じ様な生活になると思っていたからだ。
しかし彼は俺を恐れなかった。
彼は聖騎士団団長としてたくさんの魔族や魔物を相手にしてきたと語った。
そして時折、優しく俺の頭を撫でた。
俺は初めて俺の存在を認めてくれる人に出会った。
最初は素直になれなかったが、次第に心を開く様になっていった。
そして父上と呼べる様になった頃、俺は城へ初めて行く事になった。
俺と同じ様な子供達が招かれる園遊会に参加する為だ。
父親に連れられて行くと、子供達が俺を見て泣き叫んだ。
久しぶりの反応に俺は動揺した。
父親の様に子供の中にも俺を認めてくれる人がいるのではないかと期待していた自分がいた。
俺は思わず逃げ出していた。
そして誰にも見付からない様に木の影に隠れた。
しばらくするといつの間にか眠ってしまっていた様で、体を揺さぶられて俺は目を覚ました。
顔を上げると、そこには同じ位の年の少女が立っていた。
彼女は無邪気に言った。
「みーっけ!」
そして彼女は俺に微笑んだ。
俺は驚いて目を見開いた。
だが俺の動揺など気にせず彼女は言った。
「私の名前はルクレツィアよ。どうぞよろしくね。」
そう言い、笑顔で手を差し出して来た。
だけど俺は驚いたままで言葉が出てこない。
なぜ彼女は俺に笑い掛けるんだ?
俺の事が怖くないのだろうか。
今、彼女は俺の目を見ているはずなのに、どうして泣き叫ばないのか。
しばらく待っても返事を返さなかったので、ルクレツィアは待ちくたびれた様で、無理やり俺の手を引いて人々の元へと連れて行く。
俺はまた泣かれたらと不安になり、彼女の手を振り払った。
「どうしたの?」
彼女は不思議そうな顔をして首を傾げた。
俺は今度こそは返事をしようと、高鳴る鼓動を抑えて彼女に言った。
「……俺が怖くないの?」
すると彼女はキョトンとして言った。
「なんで?」
俺はその言葉が嬉しくて、笑顔を見せようと口の先を上に上げた。
だが彼女はその顔を見た途端、大笑いをした。
「あははっ!なにその顔!へんなのっ」
俺はこんなに笑われる事が人生で初めてだった。
彼女に認められた様な気がしてすごく嬉しかった。
すると自然と笑みが浮かぶのを感じた。
「わぁ、すてき!あなた王子様みたいね!」
彼女が言った。
俺が?
王子だって?
悪魔じゃなくて……王子様みたい?
俺は彼女ともっと話をしたいと思った。
彼女は俺が欲しい言葉をくれる。
今までなかった初めてをたくさんくれる。
俺の存在を当たり前の様に受け入れてくれる。
彼女の瞳に俺をもっともっと映して欲しい。
君の感情をもっともっと俺に与えて欲しい。
そんな事を思っていると彼女は思い出した様に言った。
「そういえば、あなたの名前は?」
────それが彼女との初めての出会いだった。
足りない何かを求め、飢えていた乾きを満たすがために彼女を必死で追い求めた。
だがその関係もずっとは続かなかった。
あれはいつの頃からだったろう。
俺はすっかり彼女に懐いていた。
ベッタリと張り付く様に側にいて、どこに行くにも一緒だった。
彼女は他の友達も紹介しようとしたが、俺はすぐに彼女の影に隠れて誰とも仲良くなろうとはしなかった。
何故なら彼女がそれを喜んでいるのを知っていたから。
俺が彼女にしか懐かない事を喜んでいた。
俺を独り占めできる事に喜びを感じていた。
そして彼女の母親が亡くなってからは、更に俺に依存する様になっていった。
それを心の奥底で喜ぶ自分がいる事に、ひどく罪悪感を覚えた。
魔族の血が入っているせいなのか、心が醜く汚れていると思い自分が怖くなった。
魔族なんて大っ嫌いなのにっ。
でも彼女の依存から逃れたいとは思わなかった。
むしろそうなる様に俺は仕向けていたのかもしれない……。
もっと……もっと自分だけを見てくれればいいのにと、俺自身も彼女に依存していった。
彼女が俺を独り占めしたいという欲求が深くなればなる程、俺の心は満たされた。
だがある日突然、俺の前にアルシウスが現れた。
俺は最初アルシウスが嫌いだった。
この国の一番偉い人の息子で、彼の周りにはいつもたくさんの人がいた。
俺とは正反対の人生を送ってきたやつだったから大嫌いだった。
だけどアルシウスは無視する俺に辛抱強く話し掛けてきた。
やがて俺はアルシウスの根気に負けて、心を許す様になった。
今まで父親と彼女しか存在しなかった俺の世界が急に広がっていった。
アルシウスと一緒にいると、他の子供達も逃げたりしなかった。
やがてその子供達も俺の事を怖がらないで普通に接してくれる様になった。
だが、それに反比例して彼女との距離は開いていった。
彼女は次第に俺に怒る様になった。
アルシウスとは遊ぶなとか、他の人の前で笑うなとか。
俺は彼女が嫉妬している事に気が付いて密かに喜んでいた。
俺に対する独占欲が徐々に強くなっていくのを感じて、俺は震えるほど嬉しかった。
きっとあの頃の俺はわざとやっていた。
彼女が俺にどんどん嵌っていくのを感じて、何かを満たしていた。
この感情は間違いだと分かっていたが、彼女が俺に激しい感情をぶつけてくる度、俺はこの世界に存在しているのだと強く感じる事ができた。
彼女の激しい感情が、この世界に俺を肯定してくれた。
そして渇望していた心に潤いを与え、俺を満たしてくれた。
俺は……、誰からも無視された世界に長い間閉じ込められたせいで感情に飢えているのかもしれない。
そんな風に感じる自分は、おかしいのかもしれない。
こんな惨めな感情は誰にも知られたくない。
やがて彼女の激しい感情は、俺の容姿を貶したり、突き飛ばしたりと暴走していった。
俺はアルシウスと付き合う事で心は安定に向かい、彼女と俺の関係をやり直す事を決意した。
最初は関係を正そうと、辛抱強く彼女に語り掛けた。
けれど彼女は耳を傾けなかった。
その事に次第に俺は苛立ちを覚えていった。
なぜ分かってくれないのか。
もっと別の世界で彼女と向き合いたかった。
だけど彼女はそれを拒絶した。
そして俺を否定する様になった。
そうして俺は彼女を次第に憎む様になった。
最初はあんなに俺を必要としたくせに、今は存在を否定してくる。
……俺を否定するのは許さない。
彼女への憎悪が大きくなっていくのを感じた。
……けれど。
こんな風にしてしまったのは俺のせいだ……。
彼女をこんな風にしてしまった罪悪感が、心に重くのし掛かってくる。
だから俺は何も言わずにただ耐えた。
でも心の奥底では本当の意味で罪悪感なんて感じていないのかもしれない。
なぜか、欲して止まない心の渇望を満たして欲しいと体が訴えていた。
けれど……心の渇望とはなんだ?
だめだ……深く考えてはいけない。
それに気付いてしまったら……もう戻れない。
そうしてクレイは彼女との関係を続ける事を選んだ。
歪んだ憎しみや執着を抱えて……。
そしてなぜか彼女によって満たされる心の潤いを求めて……。
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