第4話   妖精にお手紙

 私をこの鳥籠に入れたのは、本当にこの青年なのでしょうか。別の誰かが入れたって場合もありますよね?


 私は青年の他に誰かいないか、薄暗い部屋を見渡しました。


 部屋の明かりとなる物は、床に置かれた小さなお皿の、ちびった蝋燭ろうそくが一本だけ。開け放たれた窓から入ってくる風で、不安定に炎が揺れて、部屋の壁に映る彼の影が、ふわっふわ揺れました。


 なぜこんなに、部屋が暗いのでしょうか。答えは、真夜中だからです。


 彼の寝台が寄っている壁には、窓がありました。ガラスは、はまっておりません。窓というより四角い穴ですね。


 夜風がそのまま、彼の髪を揺らしていました。ぼーっとしている雰囲気で、彼はゆっくりと目を閉じると、また静かに目を開きました。


「お腹、すいてるよね。でも、妖精が何を食べるのか、知らないんだ」


 言葉はわからなくても、なんとなく彼が、謝罪しているような雰囲気を感じました。


「もっといっぱい、話していればよかったね。お互いの好きなもののこと」


 私は同意なく監禁されている身。よって、この青年に罪悪感を抱くのは、おかしなことなのです……それなのに、妙な悲しみが、粉雪のように、この胸の内に降り積もってゆきました。


「僕のこと、誰だかわからない場合も、あるだろうなとは予想してたけど、実際にそういう反応されると、案外と傷つくものなんだな」


 この人、誰かに似ているような……。そんな疑問が、きっと当時の私に同情心のような感情を、芽生えさせたのでしょうね。


 彼が誰にも似ていなかったら、こんな気持ちにはならなかったでしょう。


「無理に思い出せとは言わない。でも、一つだけお願いがあるんだ。その鳥籠から、どうか自力で脱出してほしい」


 彼は、ずっと鳥籠の隙間に差し入れていた指を引っ込めると、今度は外側から鳥籠をコツコツと叩いてみせました。


 彼が音で示したそこには……真っ暗でなにも見えません。彼は油の入ったランタンに火を入れて、鳥籠のとなりに吊るしました。


 すると、どうでしょう。薄暗く、ぼんやりとしか把握できなかった鳥籠内部が、恐ろしく立体的に浮き上がって見えました。


 針金だけでなく、銀の歯車までが、複雑な仕掛けとなって鳥籠に世界を作っていました。


 私、聞いたことがあります。こういうの、ドールハウスって言うんですよね。もうちょっと色彩豊かで、可愛いおうちだと耳にしていたのですが。


「きみが全ての仕掛けを解いて、鳥籠のふたを開けることができたら……そうしたら僕のこと、思い出してくれるかも」


 彼の金色の瞳が、なにかを必死に訴えておりました。


「いつでも窓から逃げ出してくれて、構わないよ。僕には、思い出してもらえるだけで……それだけで、充分だから」




 彼は目がえてしまったらしく、となりの部屋へと移動していきました。となりの部屋への扉の隙間から、明かりが漏れています。


 真夜中に窓も開け放したままで、なんとも無用心なことです。


 泥棒が入ってきて、リボンとか盗まれたら、どうするのでしょうか。


 ランタンがまぶし過ぎます。目がくらむようです。


 私はドールハウスになっている鳥籠を、改めて観察してみました。殺風景なお部屋よりも、物珍しいものを見ていたほうが有意義ですから。


 そして私は、気付いたのです。


 小さな口の付いた、小さな箱が、針金で作られた一軒家のとなりに、設置されていることに。


 それは、どうやらポストのようで、小さなお手紙が挟まっていました。


 針金細工ではなく、本物の紙です。


 私は近づいて、手紙をすっと引っ張ってみました。するとそれは、一枚の長ーい紙でした。引っ張っても引っ張っても、終わりがありません。


 なにやら文章が、びっしりと書いてありますね……。


 彼が書いたんでしょうか、だとしたら、とても器用ですね。じゃっかん文字が震えていますけど、読むだけならば申し分ないです。


 はてさて、猫さんに問題です。


 私あての長ーいお手紙には、なにが書かれてあったでしょうか?


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