第13話   エルフの長老様

 なんとも言えない、ギッスギスな空気が流れる中、ご老人のほがらかな歌声が、近づいてきました。


 すさまじい瘴気を、もろともせずに、優しそうな笑みを浮かべて現れたのは、王子の半分ほどしか身長のない、お爺さんでした。腰が曲がっていて、歩行を補助するための大きなかしの杖を片手に持ち、そして長い耳に黄金色の両目という、この辺りのエルフ族と同じ特徴を持っていました。


「ん〜? これこれ、お前たち、またまたケンカか」


 お爺さんは背の高い男性陣を見上げて、にこにこ。


 一方の男性陣は、気まずそうに顔を背けて、しーんとしております。王子だけは、おはようございます、と丁寧にお辞儀していました。お育ちの良さというのは、こういうときに発揮されるのですね。どこかのガンガンガンガンエルフとは大違いです。


「フォッフォッフォッ。困った子たちじゃ」


 子供に言い聞かせるような口調に、誰も反発しませんでした。あれだけツンケンしていたエルフの男性陣が、こうも大人しくなっているのには理由があります。


 そう、このお爺さんは、エルフの里の長老様なのです。私も何度か、祖父と一緒にお会いしたことがあります。お花を献上するためにです。



 しかし、彼の登場に皆さんが黙っているのは、数秒だけでした。瘴気で咳き込んだ仲間を皮切りに、また口論が始まります。


「シリル、もうお前一人の手で解決できる規模じゃないだろ。ここは我々に任せて、お前は他の場所に避難するんだ」


「いいえ、ここは、最後まで僕に――」


「お前に任せた結果がこれだろう? 森の根っこの深くまで、瘴気が染み込んできたんだよ。もう時間がない。森と我々まで殺すつもりか?」


「……」


「お前たち、少し離れないか。後で話を聞こう」


 長老が両手で押すような仕草をすると、しぶしぶといったふうに、エルフの若者たちは離れて行きました。


「ああ、街の人間には手を出すなよー」


 長老の付け足しに、私はギョッといたしましたとも。この瘴気に染まった絶望の街に、人が残っているだなんて思いもしませんでしたから。


 王子は、いつまでだんまりしてるんでしょう。エルフの長老様にお会いしたことがないのでしょうか。


「すまないな。みんな自分の故郷が好きなだけなんじゃ。儂は止めたんじゃが、聴く耳を持たんヤツらでのう」


「あの……すみません。僕が、仕事が遅いばっかりに……」


 王子が申し訳なさそうにしています。


 仕事ですって、猫さん。こんな恐ろしい場所で働くなんて、命がいくつあっても足りません。病気になってしまいますもの。


「ああ、気にしなくてええ。ゆっくり、やりなさい。どうしても辛いなら、彼らに任せるが」


「それは、できません……僕が、全部やります」


 全部って、何をやるのでしょうね。この街でできることなんて、あるのでしょうか。


 誰かが、住んでいるようですけど。こんな所に住むなんて、きっと化け物か何かかもしれません。当時の私は、民家に潜む真っ黒なもじゃもじゃを想像し、怖くなりました。


 でも、しょせんこれは想像です。


 よくわからないときは、訊くに限ります。


「あの、長老様、事情をお聞かせくださいませんか? 私だけ籠の鳥、じゃなかった、蚊帳の外なんで、やきもきいたしまして」


「んん? お前はエインセルではないか。なぜそんな場所に」


「私も無関係ではないのでしょ? であるならば、ご説明してくださいませ。もしかしたら、この記憶喪失を治す手がかりになるかも」


「はあ、記憶喪失? そちらの事情も、聞かせてはくれぬか。その青年、無口なのか一人で抱え込んで、あまり相談してくれんのじゃ」


 私は王子のお尻をつねってでも、全て話させねばと決意しましたとも。この土地が王子一人でどうにかできる規模に思えないのは、私も同感でしたから。


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