第12話   エルフ族との確執

 それでもですよ? 猫さん。


 いざ目の前の不健康そうな青年が、王子だと判明したところで、すぐに現実を受け止められるハートの強い妖精が、どこの世界にいるというのですか?


 まだまだ信じられませんよね、そもそも、街がこんなことになっているのも受け入れられない状態なのに。ええ、私が要領が悪いとか頑固者だとかいうお説教は一切合切、受け付けておりません。


 というわけで、私の疑心暗鬼はまだまだ続きます。目の前の王子には、大変申し訳ないのですけどね。


 そんなわけでして、彼をシリル王子と呼ぶのは、まだ抵抗がありました。ですが、これから一緒に行動する男性なのです、名前を呼べないのは不便ですよね。


 ですから、王子、と呼ぶことにいたしました。王子というよりは、痩せた旅人風なんですけどね。彼の呼び名は王子で決まりました。そっちのほうが、彼も嫌な顔をしないで済むでしょう。私は気遣いのできる完璧な美少女なのです。


 ……ま、本当は面倒な思いをするのが、嫌だっただけなんですけどね。


 え? なんですか、猫さん? 私は何も小声でなんて、しゃべっていませんよ? 後ろめたいことなど何もありません、だって私は聖なる乙女のはしくれ、光り輝く妖精の『エインセル』なんですから。



 あ、なんでしたっけ、どこまで話しましたっけ。


 えーっと、あ、はい、思い出しました。変わり果てた城下町を探索している最中なんでしたね。


 王子は私を離すまいと、鳥籠を大事に抱えて歩きだしました。


「この街、すごいことになってるよね。以前は、きみの力で綺麗さを保っていたんだよ、でも、きみがどんどん弱っていってさ……僕は、きみを大砲で、この街から――違う、この創られた世界から、弾き飛ばしたんだ。きみの記憶ごと、飛んでいってしまったけど、後悔は、していない……きみの気持ちを無視しての行動だったけどね、恨んでくれて、構わないよ。僕のこと、永遠に呪ってくれてもいい。嫌いになっても、いいからね」


 大砲? 大砲ですって、猫さん。


 私を涙と鼻水まみれにして、かかしさんのお腹に叩きつけた犯人は、彼だったのでした。


 万死に値しますよね。ぜひご賛同願います。


 ですが、呪うのは後回しにして差し上げましょう。だって、今は彼しか情報源がないのですから。それに、鳥籠のかぎだって、どうせ彼が持っているのでしょう。あんまり彼に嫌われてしまうと、美少女入りの鳥籠がどこかへ売り飛ばされてしまいます。それはもう、どんな宝石よりも高値で。


「あ……」


 彼が、あまり嬉しくなさそうな声を上げて、立ち止まりました。


 彼が眉をひそめる先、そこには大勢の、耳の尖った長身のお兄さんがいました。一人が気づいて、王子に向かってハンサムな笑顔で片手を振りました。


 この男性陣は、エルフ族です。綺麗な森の奥深くに住んでいて、森の生き物たちと暮らしておりますが、原始的な生活をしているわけではなく、魔法の研究と修行を重ねて、炎や水や風などを操り、けっこう便利に暮らしている、体の大きな妖精さんです。


 王子も、彼らに向かって、のろのろと歩み寄っていきました。


「こんにちは。お久しぶりです。今日はどうしたんですか?」


「ああ、門の鍵、壊しちゃってごめんね。よくわからない魔法回路だったから、解析できなくて、無理やり外しちゃったんだ」


「ええ……?」


「そんな顔しないでくれよ。最近また街の腐食が進んできたじゃないか。うちの森にも影響が出てきたから、もう僕らのほうで対処させてもらうよ」


 エルフ族の男性陣は、かわるがわるしゃべっています。もちろんエルフ語。王子が彼らに、言語を合わせているといった感じでした。


 ……エルフにもいろいろいるんですよね。淡白な性格のエルフもいれば、自尊心の塊のような性格のエルフも。後者は、我々のような小さな妖精とも口を利いてくれません。同じ里の出身のエルフ同士としかお話しないという徹底ぶりです。つまらない生き方をする方々ですよね。


 王子の目の前にいるエルフ族は……まあまあ、中間といった感じです。私は、彼らを知っていました。同じ森に住んでいますからね。性格は排他的ではないのですが……彼らが王子たちの住む城下町を、これでもかと悪く言っていたのを、たびたび耳にしておりました。


 今日の彼らは、笑顔は浮かべていますが、すごく怒っているようです。王子への態度がどこか無遠慮なのは、怒りによるもののようです。


 この街の瘴気が森を浸食していることが、原因みたいですね。近所のお花畑も枯れてましたし、こんなのが森を覆ってしまっては、妖精たちが生きていけません。


 それにエルフは、森の平穏をおびやかす相手には猛然と戦いを挑むという、愛国心溢れた激しさもあります。これは……流血沙汰にならないか、ひやひやものです。


「ん? きみ、そのかごに入れてるのはなんだい?」


 げ。気づかれました。


「ああ、なんだ、きみのパートナーじゃないか。なんで籠なんかに入れてるんだよ。やはり人間は、妖精を物のようにしか扱わないのか」


「違います。これには、事情が……」


 言い淀む王子に、エルフの男性が近づいて、すらりとした長い腕で鳥籠を奪い取りました。中身の私も反動で転倒しました。


「かわいそうに。今、出してあげるよ」


 男性は鳥籠の出入り口に、長い指を引っ掛けて、ぎりぎりと引っ張りますが、開きません。


「あれ? 開かないや」


 エルフの男性は、道に落ちていた石を拾うと、籠にガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンと叩きつけました!


 この、がさつっぷり! 門の鍵を壊したのは、絶対にこいつです!


「やめてくれ! 彼女がかわいそうだろ!」


 王子が跳躍して、背の高いエルフ族から鳥籠を取り返しました。そして走って距離を取ります。中身の私は、目を回して痙攣していたような気がします。


「かわいそうだぁ? 閉じ込めておいて、よく言えるな」


 エルフ族からの、きついお小言が飛んできます。


 王子は黙って鳥籠を抱きしめているだけ。どうやらこの人は、ムキになって言い返す性格ではないようです。もともと内気な人なんでしょうね。


「同胞との血が流れていても、結局は欲深い人間寄りか」


 ん? 同胞との血?


 彼らとの短くない付き合いの中で、私はこのとき初めて気が付きました。王子の亜麻色の髪と、黄金に輝く目の色が、彼らとそっくりだったのです。


 王子は人間とエルフ族の、両方の血が流れているようでした。どうりで、いろいろと魔力のいる工作を仕上げるわけですよ。


 ですが、大変です、王子は彼らに受け入れられるどころか、いじめられています。王子が負けたら、私はこのガンガンガンガンエルフたちの手に渡ってしまいます。それだけは勘弁です。


「私は、記憶喪失なんです!」


 鈴の音のような私の美声に、男性陣が黙りました。


「今はその治療中なんです。だから、自分からここに入ってるんです」


「イセラ……」


 ごめん、と小さく謝る声が、降ってきました。


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