・クリスマス特別編 来年は私がプレゼントです!

「なにぃ!? 王子の靴下の中に入るじゃと!? バカも休み休み言いなさい!」


 私の目の前で大喝を入れている、この真っ白いひげで全身が覆われているお爺さんは、私の祖父です。


 王子へのクリスマスの贈り物を祖父に提案したところ、思いっきりどやされております。


「だってですよ、お祖父じい様! 王子と私は毎朝、互いに笑顔をかわすほど仲良くなったのですよ? これはもう、もう一歩踏みこむ絶好の機会です!」


「一歩どころか全速力の体当たりだ! プレゼントの代わりにお前が入っておったら、絶対泣かれるぞ!」


「そんなこと、ありえませんよ! この私が入ってるんですよ!?」


「ナルシストも大概たいがいにせんか! まったく、お前のふてぶてしい性格は誰に似たんだか」


 花畑を飛び回っている仲間たちが、くすくす笑っております。お祖父様と私が青空の下で口論しているとき、たいがい周囲をわざとらしく飛び回るんですよねー。見世物じゃありませんっ!


「ふてぶてしいとは、なんですか! お祖父様だって、当時仕えていた王子のお母様に、お手紙書いてたそうじゃないですか」


「あ、あれはだな、戦時中の憂いをお慰めしようと――」


「ほらぁ、お祖父様だって私のこと言えないじゃないですか。日帰りで帰りますから、一日二日だけでも王子とたっぷり過ごしたいんですぅ」


「二日目は日帰りじゃないぞ! さりげなく日数を増やすでない!」


 髭もじゃお祖父様が、古い木の枝のような指をびしっと私に突きつけました。


「光の乙女エインセルともあろう者が、愛欲目当てで人間の子供に手出しするなど、はしたないにも程がある! 我々は従者であり、主君をお守りする者。私的な感情で靴下に飛び込むために存在しておるのではないっ!」


「愛欲だなんて、大げさな~。私は王子との時間をもう少し増やしたいだけで――」


「皆の者、うちのバカ孫を反省部屋へ連れていけ! 何をしでかすか、わかったものじゃない!」


 はーい、と気の抜けた返事をしながら、仲間たちがわらわらと集まってきます。


「え? ええええ!? そんな、あんまりです! 聖なる夜に、王子と離ればなれなんて、まるでロミオとジュリエット!」


 あ、私、ロミオさんとジュリエットさんの話は、よく知らないんですけどね。


 私は皆様に両腕を掴まれて、連行されていきました。お祖父様を怒らせたら、たいがい反省部屋に送られるのです。湿っぽい木の穴の中。この中に放り込まれて、大きな木の実で出入り口をふさがれるのです……。


 まあ、おもに私専用の小部屋みたいなものですから、タコ糸を編んで、こっそりハンモックなどこさえております。


「イセラ、お手紙だけでも届けてきましょうか? さすがに、あなたが丸ごと靴下に入るのは、やめておいたほうがいいと思うわ。人間に捕まったら危ないし」


 心配した友達が、出入り口付近から話しかけてきます。王子に限って、私を捕らえて閉じ込めるなんてことは、ないと思うのですが、王子のことをよく知らない妖精たちからは、エインセルの仕事は危険極まりないのです。きっと将来なりたくない職業一位なんでしょうね。この仕事、けっこう楽しいのですが。


「うーん、お手紙ですかぁ。王子はまだ情熱的な言い回しを理解できるお歳ではないのですよね」


「なにを書くつもりなの」


「文通もいいですけど……せっかくの特別な夜なのですから、もっとこう、派手にびっくりさせるような嬉しい出来事を、じかに提供したかったのですか……」


「靴下の中に知り合いが入ってたら、私だったらびっくりして泣くわ」


 なんということでしょう。友人までが私を否定するのです。こういうのを、四面楚歌って言うんですか? 今、四面が真っ暗で見えないのですが。


 友人は、交代の時間だとかで、別の妖精と入れ替わりました。今度の妖精は仕事熱心な性格なのか、一切おしゃべりをしてくれません。いないのかと思い、バーカと悪口を言ったら壁をドンドンと叩かれました。


 ああ、こうして私の聖なる夜は、過ぎ去ってゆくのでしょうか。身内なんですから、もう少し、えこひいき的なことをしても良いんじゃないかと、祖父に小一時間お説教してやりたいのですが、返り討ちに遭う予感しかしないので、おとなしくしておきましょう。


 あーあ……。


 

 なーんて、簡単にあきらめる私だとお思いですか?


 残念でした。この木の穴は上へ上へと昇ってゆくと、お酒のびんに使うコルク栓でふさいだ穴がありまして、それをよいしょっと下から押し出してあげますと、ほら! 脱出成功です!


 今は、何時でしょうか? 外は真っ暗なのですが、深夜でしょうかね。そうだといいですね、深夜は王子も寝ていますから、お部屋に侵入しやすいです。


 意気揚々と花畑を突っ切りまして、私は瞬く間に王子の私室の窓辺へと、降り立ちました。お城の窓のあちこちは、遅くまで起きている大人たちが灯りを点けておりますが、王子の私室は真っ暗です。これは眠っていらっしゃいますね。


「よーせいさん! メリークリスマス!」


 あれ? 王子が、明るい台所の窓から顔を出していますよ? 私室で寝ているのではないのですか? 明るい台所で眠る趣味ができてしまったのでしょうか。


 王子は出していた顔を室内へ引っ込めると、またお顔を出しました。白いハンカチにくるんだ何かを片手に持って、私に差し出しています。


「いつも朝に会うから、明日わたせるかなって、思ってたんだけど、はい、コレ! やきたて~」


 この匂いは、クッキーでしょうか。風向きが悪くてわかりにくかったですが、王子がいる窓から、焼き立てのお菓子特有の香ばしさが漂ってくるではないですか。


「お母さんが焼いてくれたんだよ。この小さい丸いのは、ぼくがまるめて作ったの」


 どれのことでしょうか。全て白いハンカチの中に包まれているため、わかりません。とりあえず、肩に担げばいいんでしょうかね。うっ重い、飛べるか怪しいほど重い。


 いったん窓辺に着地しましょう。王子ならば、接近した私を捕まえて鳥籠の中に入れるようなことは、いたしませんから。


「おもくないかな? はこべる?」


 王子の思いが肩に食い込んで、めっちゃ痛いんですが、一粒たりとも落としません! 全部持って帰りますとも!


 背筋はいきんの限りを尽くして羽ばたき、お城の窓辺から飛び立ちました。窓辺で手を振る王子に、私も手を振り返します。プレゼントを贈るつもりが、こんなにステキなお菓子をもらってしまう側になるだなんて。真っ暗で湿っぽい穴の中で、ふて寝してなくて、本当によかった!


「王子、来年こそは、来年こそは靴下の中でお待ちしております!」


「誰がどこで待つと?」


 ん~? なんでしょうね、この背後から雷雲がいかずちを落としながら流れてきたかのような、不自然なまでの威圧感は。


 妖精も魔法を極めれば、いかずちの一本や二本、かなりの命中率で相手に落下させることが可能なのです。そう、私のお祖父様のように。


 って、振り向いたら、いるじゃないですか! 白いお鬚が静電気をまとったみたいに逆立っています!


「お前というヤツは! 来年も再来年も反省部屋行きじゃー!!」


「ひえ~! それだけは勘弁してくださーい!」


「あ、コラ! 待ちなさいコラー!」


 私は不覚にも、忘れておりました。王子を導く妖精は皆、光り輝いていることを。夜だと私は金星の女神様ビーナスのごときまばゆさを発揮し、その代償として大勢の視線を集めてしまうのです。


 コルク栓でふさいでいた穴も発覚してしまい、私は今度こそ反省部屋に閉じ込められてしまいましたが、クッキーを独り占めできました!


 これが祖父の、身内に対するえこひいき、なのでしょうか。それともクッキーで我慢しなさいという、わかりにくいお小言なのでしょうか。


 なぜ人間と将来を誓い合う真似事まねごとすら、許されないのでしょうか。私にはわかりません。


 ですが私は、来年には王子の靴下の中に入っていることでしょう。そして王子と一緒に、クリスマスを祝うのです!


 王子もきっと、そんな日を楽しみにしてくださっているに決まっていますもの!


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