第22話   王子と私を襲う者

 私の持ち前の明るさだけが、この場を照らし導く光源となっている状況下で、さらなる大事件が発生いたしました。


 けたたましい轟きとともに、少し遠くの建物が倒壊しました。老朽化が原因だと思われますが、それだけでは不自然なほどに、木材が遠くまで吹っ飛んでいきました。


 誰かが壁や柱を蹴り飛ばしてでも家屋から脱出し、外に転がり出てきたのです。


 男性のように見えまし……はい? なんですか? 猫さん。


 あ、そうでしたね、昨日お会いした、あの男性がそうですよ。初対面の頃は、目的も教えてくれないままに街を破壊する、厄介なお兄さんでした。


 王子と私が凍りついたのは、言うまでもありませんよね。



 私があのお兄さんを初めてお見かけしたのは、王子がまだ幼かった頃です。つまりあれから十年ぐらい経っているという事ですから、彼はもうお兄さんと呼ばれる歳ではなかったのですが、当時の私は、黒いバンダナと、黒い布で、頭部と口元をすっぽりと覆っているあの男性が、お若く見えましたので、このままお兄さんと呼ぶことにしますね。



 その黒っぽい服装のお兄さんは、王子を見るなり、ものすごい勢いで向かってきました!


「わー! こっちに来ましたよ王子!」


 私も思わず叫びます。


 お兄さんは腰に差した二本のダガーを両手で二刀流に構え、イヤミなほどの青空に、刃を輝かせます!


「逃げるよ、イセラ」


「はい是非!」


 王子もかなり足が速くて、結構距離も開いていますから、ぱっと見は逃げ切れそうな感じがしました。


「あの方と、お知り合いなんですか?」


「初めて会うよ。なんで僕を襲おうとしてるのかも、わかんないや。大方、この街から溢れ出ているものが原因だろうけど」


 しかしですね、猫さん、いくら私が羽のように軽い可憐な乙女であったとしても、この銀の籠はとても重たく、王子が抱えて走っては、足枷以外の何物にもなりません。みるみる、距離が縮まっていきます。


「王子、こんな時こそ魔法です。少しは使えるでしょう?」


「ハハハ、人に向けて撃った事は一度もないよ。軌道が逸れて、誰かに当たったらどうしようかな」


 王子が覚悟を決めたように、黒っぽい服のお兄さんと対峙した、その時でした。


「凍てつかせ大地よ! アイス・クエイク!」


 魔法の詠唱とともに、地面が、恐ろしい冷気を帯びて凍りつき、黒っぽい服を着たお兄さんの靴底を捕らえました。


「騒がしいと思ったら」


 駆けつけてくれたのは、あのエルフ三人組のうちの一人でした。今しがた放った魔法の残響か、片手の指先から煙のようなものが上がっています。


 その後ろから、ボーガンを構えたエルフの応援が一人。あのガンガンガンガンエルフです。


 あ、私としたことが、説明不足でしたね。エルフ三人組にはそれぞれ特徴がありまして、一人は純白のローブにマントを身に付け、もう一人のボウガンガンガンガンガンエルフはマントの下を武装していました。


 あと一人は、旅人風の軽装備。王子と似たような格好ですね。その旅人風エルフも駆けつけてきました。


 黒っぽい服のお兄さんは、三人組を見るなり、すごくびっくりしていましたね。こんなに瘴気が強い場所に、エルフがいるとは思わなかったんでしょう。


「なんだどうした」


 エルフの長老様も、駆けつけてきました。多勢に無勢、完全に黒っぽい服を着たお兄さんが不利です。


 ローブを着たエルフが、氷で動けないお兄さんに、眉毛を釣り上げます。


「おっと、素足で氷を踏むのはよすんだな。足の裏の肉が凍傷で壊死するぞ」


 エルフの忠告に、ちょうど片方靴を脱いでいたお兄さんは、もう片方も脱いで、靴を踏むように立つと、その靴がぺったんこになるくらい勢いつけて、真上に跳躍! シュタッと民家の屋根に降り立ち、裸足でバタバタと逃げていきました。


 そのものすごい脚力に、我々はぽかーんとしておりましたとも。


「すごい身のこなしだな。盗賊シーフか?」


 ローブを着たエルフが呟きました。


 金目の物でも狙いに来たのでしょうか? こんな恐ろしい場所で?

 恐ろしい場所だからこそ手付かずで、返ってお宝があると思ったのでしょうか?


 お兄さんの黒っぽい作業着は、黒ずんだ街では良い保護色になっていて、私たちは瞬く間に見失ってしまいました。


 はてさて、人間が足の力だけで、二階建ての屋根に跳び上がれるのでしょうか。


 氷が溶けていきます。永遠に凍りついたままでなくてよかったです。


 ローブを着たエルフは、残された靴に近づくと、真上から見下ろしました。


「靴の中に、魔方陣が描かれている。これで跳躍力を上げていたんだな。魔法を操るなんて厄介な盗賊だ。まだまだ怪しげな道具を持っているかもしれない。どうする? 狙われていた王子様」


 問われた王子は、考え込むように目を伏せ、そしてすぐに顔を上げました。


「願わくば、彼と話がしたいです。聞く耳を持ってくれるか分かりませんが、彼が、悲しそうなをしていたのが気になります」


 悲しそうな目? 私は全然気づきませんでした。彼が持っている刃物ばかりに目がいっていて、あまりお顔を見ていませんでした。でも、悲しそうなお顔して、初対面の私と王子を追いかけて来たとは、ちょっと考えられませんよね?


 刃物など振り回すような人は、怖いお顔していると思うんですけど……。


 従者として、王子の意見に賛同したい気持ちはありましたが、こればかりは私は小首を傾げざるをえませんでした。


「あの……エルフさん、先ほどは助けていただいて、ありがとうございました」


 王子はエルフに丁寧な一礼を。よく洗練された、美しい動作でした。一方のエルフは、そんな王子を見下ろした後、プイッとそっぽを向いて、歩いて行ってしまいました。何か返す言葉は、ないのでしょうかね。


 不満だったので私も王子に、こう言いました。


「王子、今度からはお礼に一礼など添えずとも、よろしいんじゃないでしょうか」


「フフ、お礼が言えてよかったよ」


 王子ったら、笑ってるんですよ。この人、お人好しが過ぎると思いませんか、猫さん……。


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