第三章

第21話   二人でなら、できると信じてた

 おはようございます、猫さん。昨夜は一緒に眠ってくれて、とっても嬉しかったです。他者のぬくもりと言うものは、特別にあったかく感じますね。本当にありがとうございました。


 あいにくと……窓の外は土砂降りですね。翌日も雨なんて、気分が下がります。春は季節が不安定ですから、あんがい昼頃には、さっと止んでいるかもしれませんけどね〜。


 さて、昨日のへそ曲がりエルフさん達からの差し入れのおかげで、調理場が散乱することなく、朝ご飯の片付けもささっと終わりました。今日は洗濯物を干すことはできませんし、雨が止まないと食事の材料を集めるやる気も起きません。


 だから今日は丸一日、私とおうちにいましょうか。


 フェアリーテイルの続きでも聴きながらね。


 外の雨音がすごいですが、頑張ってお話しますね〜。




 妖精の棺を目の前にした私は、いったい自分がここで何をしでかしたのかと、必死に思い出そうとしましたが、結局何一つ、思い出せませんでした。


 煮詰まってしまい、顔が真っ赤になった私の様子に、王子が苦笑しています。


「休憩するために、ここに来たのに、そんなに悩んじゃったら、きみも辛いよね。そろそろ外に出てみようか。きみと一緒なら、僕の役目も早めに終われる気がするんだ」


 王子曰く、自分一人ではここまでできなかったそうです。やはり、しょっちゅうお会いしてしまう顔なじみの人を停止させるのは、忍びなかったそうで、まずは一度もお会いしたことがない人や、ほとんどしゃべったことがない人など、そんな方々から停止していったのだそうです。


 つまり、この穢れきった街に残ってしまっている皆様は、王子の親しい人だったり、よくお世話になっている人だと言うことですね。


 きっと私もお会いしたことがある人だろうなぁと思いました。これは私にとっても王子にとっても、辛い試練になりそうです……当時の私は、嫌な予感で胸がドキドキしてきました。


 この先に出会う人たちは今、どうしているのでしょうか。あのキャンディ屋のおじいさんみたいに、不自然な事をいつもの日常に取り入れて、平然と生活しているのかもしれません。


 王子は、私の入った銀の鳥籠を持ち上げると、大事に抱えながら、再び街へと赴きました。


「あのエルフの三人組なんだけど」


「はい」


「鳥籠に入ったきみを、彼らは助けようとしてたよね。今までは、あんまり気持ちの良い人たちじゃないと思ってたけど、ちょっと見直したかな」


「何を言ってるんですか、お人好しですねぇ」


 街を封鎖している鍵を壊されたり、私の入っている鳥籠を強奪されて、石で何度も殴りつけてきたり、どこをどう見たら見直すことができるんでしょうかねぇ?


「長老様の話では、彼らには人間の友達がいたそうだよ。もしかしたら、もっとしっかり話し合えば、お互いに分かり合えるんじゃないかな」


「三対一で、あの背の高い方々とお話をするのならば、私も同行いたします」


「ありがとう。きみはいつだって、僕を守ろうとしてくれるんだね」


 いつだって、とは?


 王子を見守るだけだった私が、物理的に王子を守ったことが、あったのでしょうか?


 そもそも、王子に物理的な危機が訪れたことが、あったのでしょうか。そう考えたとたん、気付けば私は、自分でもびっくりするぐらい、しつこくしつこく王子に尋ねていました。


「私はあなたを、物理的に守ったことがあるのですか? いつも助けていたとは、王子は常に困った状況に立たされていたと言うことでしょうか?」


「……うーん、困ったな。きみは、なにも覚えてないんだよね……知りたく思うのは、仕方のないことなのかな……」


 事あるごとに、暗い顔なさる王子のご様子は、今でも慣れません……心の底から悲しみで傷つき、落ち込んでしまう人を眺めていることしかできないのは、時にこっちまで悲しくなってしまいます。元の明るい、お日様のような彼に戻るには、まだまだ時間がかかりそうです。


「この街はね、今はこんなことになってるけど、本当に少し前までは、綺麗だったんだ。瘴気はじわじわと染み出てたかもしれないけれど、見た目だけは、なんとか綺麗に保てていたんだ。それは記憶を失う前のきみが、提案してくれた作戦によるところが大きかった」


「私が何かの作戦を立てた?」


「そう。きみが僕を助けようとして、提案してくれた。とても嬉しかったけど、危険を伴う提案だった。僕はきみを止めるべきだった、でも、心が弱い子供だった僕は、その提案に、乗ってしまったんだ。後悔してるよ。かけがえのない存在を犠牲にしてまで、幸せになっちゃいけなかったんだ」


「私はあなたに、何の作戦を立てたんですか? この街を、二人だけで毎日お掃除しようとか?」


「違うよ。掃除程度ならば、どんなに良かったか」


 ……さすがに、茶化してしまって気まずい空気になりましたね。妖精の棺なんて禁術を使ってまで実行する事が、お掃除だなんて、ありえません。


「きみの立てた作戦に呆れて、きみの仲間の妖精たちは、この地を捨てて、どこかへ移動してしまった。無理もないよ、こんな所に妖精たちが、住めるわけがないんだから。でもきみは、僕と一緒にここに残ってくれた、いや、残ってしまった。この街を、綺麗なまま保つために」


「あのー、保ててませんよね?」


「そうだね、きみに限界が来ていることを、僕はわかっていた。だから砲撃して、きみをこの街から出したんだよ」


 今、明かされる砲撃の真実。理由なく撃ち落とされたわけでは、ないとは思っていましたけれど、私を助けるための手段だったとは……もっと優しい方法は、無かったのでしょうかね。


 あ、王子の話には、まだ続きがありますよ。


「きみのおかげで保っていたこの街から、僕はきみを出してしまった。この街はきみの一部として、きみに巡回してもらって保っていたから、その心臓部であるきみを、砲撃で外に出してしまったら、間違いなく街は崩壊する。きみもその反動を受けて、記憶が吹き飛んでしまったらしい」


 今、明かされる記憶喪失の理由。


「こうなる可能性は、考えていないわけではなかった。自らの体を使って、何かを巡回することは、本当に危険なことだから」


「ええっと、ちょっと待ってください。じゃあ、この辺を瘴気だらけにした原因は、私にもあるってことですか? 覚えてませんけど」


「きみに非はないよ。妖精も一国民として捉えている僕が、いつだって棺の蓋を開けられる立場でいたのに、そうしなかったせいだ。きみは周囲の植物たちと、とても仲が良かったから、植物たちに浄化してもらおうと思ったんだよね。きみの作戦は、途中までは結構うまくいっていたんだ。でも人形たちの老朽化が進んで、入っている魂もボロボロになってきて、浄化が間に合わなくなって……そしたら人形たちから、瘴気が溢れ出て、止まらなくなってしまった」


「あの瘴気は人形たちから出ていたのですね? だから、王子は機能停止の儀式を」


 王子は、小さくうなずいたような、ただうつむいただけのような、なんともな反応を見せました。


「瞬く間に、周囲が汚染された。そしてきみも、急激に弱っていった。放っておけなかった。でもきみは頑固で優しい性格だから、僕の為を思って、平気平気って強がっちゃって、ちっともこの街を捨てようとしなかった……僕もきみに、甘えてしまった。だからこんな事態に陥り、僕は砲撃を使ってしまったんだ。恨んでくれていいよ、痛かったよね」


 街が崩壊した当時の記憶は、今も戻ってきてはおりません。王子の言っていることが、どこまで本当かどうかも定かではありません。


 しかし、小さな王子が苦悩していた時、私ならば手を差し伸べると思いました。王子の苦悩や涙が止まるのなら、禁術に手を染め、自ら棺の中に入ってしまうでしょう……そう思いました。


 自分のことだから、よくわかります。崩れるこの街を、少しでも長く保たせるために、私は自分の魔力で、澱みを循環させて薄め、植物たちにも浄化を手伝ってもらいながら、何とか永らえさせたのでしょう。その私が弱ってしまったのですから、澱みが溜まり、濃度が高いまま排出された瘴気のせいで植物たちが枯れてしまったのです。


 棺の蓋を開けるべきだったと王子は後悔されていますが、魔法の先生でもあった私の言いつけを破ってまで蓋を開けることが、できなかったのでしょうね。


 光の乙女エインセルが、聞いて呆れます。私こそが、この街を穢した張本人だったのです。


 自分のことだから、自分でよくわかります。王子の制止の声も聞かずに、嬉々として棺の中に入っていった自分の姿が、目に浮かぶようです……。


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