第20話   意外な来訪者

 雨ですねぇ……今日は泊まっていきますか? 猫さん。


 私、本当は寂しくて、思いつきであなたを家族にしてしまいましたが、よく考えたら、あなたはどこかの群れのリーダーかもしれませんし、あなたに懐いている子猫も、いるのかもしれませんね……。


 雨がやんだら、窓を開けておきますから、いつでもお外に出かけてください。だからせめて、雨が上がるまでは、一緒にいてくださいね。


 私には、帰る場所がないのです。私が以前いた妖精の群れは、私が妖精の棺などと言う禁術に手を染めてしまったことを、許してはくれませんでした。私をこの地に捨ておき、安全な地に逃げていってしまったのです。賢明な判断ですよ。私だって、誰かの身勝手な暴走で住処を穢されたら怒りますし、それが住めなくなるほどの恐ろしい汚染と化すのでしたら、裏切り者を放置して、みんなと安全な地へ逃げてます。


 だから、置き去りにされた私が、彼らをどうこう言う資格はありません。許してもらおうとも思っていないんです。またあの群れに戻りたいとも、思っていないのです、気まずいですからね。


 私は妖精の群れにいた頃から、こんな性格をしていますから、仲間からうっとうしがられているところもありました。もちろん、すべての妖精からそのように思われていたわけではなかったのですが、少なくとも、私と血のつながりのある身内は、私のことを恥じていました。


 それでも、今まで何とか許してもらっていたのは、私が光の乙女エインセルだったから。


 人間と妖精の交流をつなぐ、かなめであったから。


 誰が決めたのかは定かではありませんが、人間の王族と、光の乙女は、共に支え合って生きることを、妖精界で唯一許されているのです。誰でもなれるわけではないのですよ? 私は妖精の群れの中で、一位二位を争う才女なんです。一般の妖精は、数が三つ数えられたら充分なくらいなんですよ? 私は、億単位までなら数えられます。まぁそんな膨大な数のものを数える機会なんてないんですけどね。あ、文字だって読めるんですよ、この地域の人間が使う文字ならば、読み書きできます。


 このように、妖精界の天才が光の乙女に選ばれるのです。もしもそのような才女が現れなかった場合は、妖精の男の子の中から、天才の妖精が選ばれます。私の祖父が、そうでしたね。その場合は光の乙女ではなく、光の妖精と呼ばれます。


 ちなみに、私の家系は代々、光の妖精や光の乙女が多く生まれている名門なのです。


 ……そのせいでしょうかね、私のような変わり者を恥じる身内が、多かったです。



 ん……? 雨の音に混じって、扉がノックされていますね。どなたでしょう? 雨宿りしたいのでしょうか?


 こんな辺鄙な場所を訪れる人なんて、一度もいらっしゃいませんでしたけど、王子でしょうか? でも〜、なんとなーく王子では無いような気がしますね、ただの女の勘ですけれど。


 こういう時、美少女の一人暮らしって心細いですよね。変質者かもしれませんから、いつでも魔法が放てるように、身構えておきませんと!


 でも猫さん、やっぱり怖いので、私の後ろをついてきてくださいね。あ、ちょっと、逃げないでくださいよ、もう、抱っこしていきますからね。


 それでは、私も扉向こうの人物に、返事をしたいと思います。


「はい、どなたでしょうか?」


 私は扉を細く開けてみました。

 あら? だれもいませんよ?


 扉のそばには、布のかかったバスケットが一つ。それを見て、私は送り主にピンときました。


 これは、あのエルフ族三人組のうちの、誰かからの差し入れなんです。信じられないでしょう? たぶんエルフの族長から指示されて、しぶしぶここまで運んできたんだと思いますが、彼らは初対面のときよりは、ずいぶん丸くなったほうなんですよ。


 一途にがんばる王子に、多少は感化される程度の感性は持ち合わせていたのでしょうね。


 バスケットを回収しましょう。エルフ族の作る食べ物は、ヘルシーでちょっとパサパサなんですが、パンだと思えば全然食べられるんですよ。動物さんが食べても大丈夫ですから、今日はこれに小魚の塩漬けを挟んで食べましょうか。

 あ、猫さんのは塩気の無い魚にしましょうね。水に浸けて塩を抜いておきましょう。



 あら、食事中にまた扉が叩かれました。エルフ三人組ではありませんね、彼らは日に何度も来ないどころか、月に二回か三回ぐらいですから。


 では、扉の向こうには、いったい、どなたがいるのやら……やっぱり王子ではない気がします。優しい王子なら、無言で扉の前には立たないでしょうから。


 さて、またまた猫さんを抱っこしまして。それでは、扉向こうの人物に、返事をしたいと思います。


「はい、どなたでしょうか?」


 私は扉を細く開けてみました。そこに立っていたのは、一本の黒い傘をさした、すらっとした体型のおじさんが一人。


「あら、あなたは……」


 全体的に黒っぽい服を着たおじさんです。私はこの方を知っております。ですが、ここに来た目的までは分かりませんので、やっぱり猫さんを解放することはできそうにありません。


「猫に向かって、何をぶつぶつと。まぁいい、妖精とはそんなものだな」


 失礼なおじさんです。無駄に声がハスキーでダンディなのが、余計に嫌味に聴こえてきます。


「どのようなご用件でしょうか。王子はここにはいませんよ。それと、私は個人的にあなたのことを信用してはいませんので、雨宿りに入れてくれと言うのはお断りいたします。どうしてもと言うのならば、この光の乙女エインセルが、魔法をもってしてお相手いたします」


「……やれやれ、嫌われたものだな。俺は争いに来たのではない。王子とお前は、元気にしているか、その確認に来た」


「それだけのために、こんなところに? 律儀な方ですね」


「忠告も持ってきたぞ」


 忠告……? この人から何か、注意されるようなことがありましたっけね。


「王子が戻ったら、伝えてほしい。俺が住んでいる国で、黄金色の両目と亜麻色の髪をしたエルフが、故人を復活させたと言うデマが流れている。元はただの噂話だったんだろうが、俺の国で大規模な火災が発生してな……。お前の王子に、望みを託したい者が、王子を指名手配し始めた」


「なんですって……。あれはゴーレムを使った禁術であり、亡くなった方を復活させているわけではないのですが」


「……そんなわけだから、俺の国には寄らないほうがいい。王子の金色に輝く両目は、あまりにも目立つからな」


 おじさんは「それじゃあ、元気でな」と言って、雨の中を去っていきました。


 猫さん、以前私がお話しした、城下町のお話を覚えていらっしゃいますか? ちょうど私が、普通の人間の女の子の大きさになって、城下町でおやつを買いに、遊びに出かけた時、不穏な感じのするお兄さんを見かけたと話しましたよね? 不安な日々の幕開けだとも、お話ししたと思います。


 あのお兄さんが、さっきのおじさんなんですよ。王子が子供の頃に、国に侵入したお兄さんは、十年が経って、ちょっと白髪の混じったおじさんになってしまったんです。


 そうですね、ちょうどいいです。じつは明日、あのおじさんについてお話ししようと思っていたんです。王子が鳥籠の中の私を連れて、お人形さん達を停止する活動を、再開しようと小屋を出たとき、あのお兄さんが、現れたんです。


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