第19話 妖精の棺
これといって特徴的な装飾のない、ただの長方形の木の箱で、素人さんが余った木の板で作ったような簡素さ。
しかし私は、この木箱に懐かしさというか、見覚えがあるような気がしてなりませんでした。この木箱の中がどうなっているのか、とても気になってたまりません。
「王子、この木の箱はなんですか? 開けてもらってもいいですか?」
私は鳥籠の細工の隙間から腕を伸ばして、木箱を指差しました。王子はカレンダーから視線を外し、亜麻色のすらりとした眉毛を少しひそめました。
「構わないけど、一つ僕と約束してほしい。危ないから、もう二度と、その箱の中には入らないで。本当は燃やして捨てるつもりだったんだけど、きみと僕の大事な物だったからかな、捨てられなくて、ダラダラとこんなところに置いていたんだ。もう捨てるよ」
「私が? この箱の中に入っていたんですか? どういう意味で危ない箱なんでしょうか、見たところ、木の筆箱みたいな感じですけど」
不思議がる私に、王子は木箱の蓋に手をかけると、すごく時間をかけて、開けてくれました。どうやらこの木箱、見かけによらず、開閉にすごく抵抗するようです。
はたして、王子が箱から丁寧に取り出して、机に置いてくれたのは……磨りガラス製の、長方形の箱でした。
いいえ、見覚えがあります。あれは禁術に使うための、『妖精の
王子はさらに、棺の蓋を開けました。黒い光沢のあるドロドロで、満ち満ちております。
そうです、猫さん、瘴気です。それも、すごく純度の高い。
当時の私は、その棺に背筋がゾッと寒気立ったのを覚えております。
「だ、だれが、このような魔道具を……」
「……」
「中に入っていた妖精は、無事だったんでしょうか。まさか、その瘴気の正体は……」
「それは、違う。中身の妖精が溶けてこうなったんじゃないよ。きみは、ちゃんと抜け出してくれたから」
「え? きみって……私ですか!? そこに入ってたの」
私は声がひっくり返りましたね。
妖精の棺……それは、簡単にご説明すると、妖精のシロップ漬けです。妖精の魔力を引き出すために、レモンとシロップで何ヶ月も漬け込むための道具なのです。非常に純度の高い魔力が得られますが、王子はすでに高い魔力を保持されていますから、このような道具は、不要のはずです。
「私は、その箱で何を……? 魔力なら、王子だってたくさんお持ちですよね。あ、もっともっと欲しかったのですか?」
「そうだね……お日様のようにまばゆい、光の属性の魔力は、光の乙女であるエインセルしか生み出せないからね……。僕が実行してしまった禁忌に、きみは助力してくれた。でも後悔しているよ。もう二度とやらないから、安心して」
猫さん、王子はとてもお優しい性格をしていると思います。妖精の棺と言う恐ろしい禁術は、妖精と合意でなければ成り立ちません。彼は自分が実行してしまったとおっしゃいましたが、きっと妖精の棺のやり方も、それを実行するよう促したのも、過去の私なのでしょう。
すべては、王子の心を悲しみから救うため。その時間稼ぎのために、私は王子と過ごす時間を削り、自らの命まで犠牲にしようとしてしまったのです。私の記憶は、棺の中の瘴気に溶け込んでしまったのでしょう。取り出す事はおろか触れることすら、不可能でした。
過去の私と王子は、妖精の棺を使って何をしようとしていたのでしょうね。それはまた、次回に続きます。そろそろお夕飯の
いつも二人分作るのですが、その一人は、今日こそ帰ってきて下さいますでしょうか……。
私はずっとここで、彼の帰りを待っているのです。
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