第23話 不慣れな、魔法陣
さてさて、多勢に無勢を強いられた盗賊のお兄さんは、きっと遠くへ逃げてしまったのでしょう……その時は、誰しもがそう思いました。
でもねぇ猫さん、いたんですよ、盗賊のお兄さんは、まだこの街に。
王子と、エルフの無愛想三人組と、長老様を含めて五人がかりで、少しずつ作業を進めてゆきました。王子はお店を開いている一人暮らしのおばあさんを訪ねるために、鳥籠を抱えて歩きだしました。
すると、またもや建物が倒壊する音が。
その時は、我々は盗賊のお兄さんがどこかへ逃げたものと思い込んでおりましたから、今度は瘴気に蝕まれた建物が勝手に倒れたものだと予想しました。
「大変だ! まだ家の中に住民がいるのに!」
その住民には、まだ機能停止を施していないことが、王子の慌てっぷりでわかりました。
倒れた建物は少し遠くて、王子が鳥籠を抱えて駆けつけた頃には、他のエルフさん達とかなり距離が開いていました。
倒壊した建物もやはり真っ黒で、そしてボロボロになっていました。瘴気に負けて、倒壊してしまったのでしょうか。
しかし、カンの鋭い私は、すぐに異変に気がついたのです!
「王子、そこの朽ちた太い柱の破片を見てください。すんごく下手くそな、火炎系の魔法陣が描かれています!」
私は王子の足元近くに転がる、黒ずんだ木材を指差して言いました。これは、炭を使って描いたのでしょうか。黒っぽく、歪んだ線は、まるで小さな子供が、届かない柱に向かって必死に腕を伸ばして描いたかのようでした。
王子はしゃがんで、その柱を手に取ると、ひっくり返したり、もっと顔を近づけたりと、じっくり観察しました。
「たしかに、下手だね。まるで描き慣れていないみたいだ」
王子は立ち上がり、潰れてしまった家屋を見下ろし、金色の形の良い眉毛をひそめました。
「建物の倒壊が、この魔法陣による爆破だとするならば、犯人はきっと……普段は、こんな危ない魔法を使う人じゃないと思うんだ」
「ええ!? まーたそんな、お人好しなことを……あ、そうです! 中にいた住民は!?」
王子がハッとしたのと、瓦礫の一部が動きだしたのは、ほぼ同時でした。瓦礫を突き破って現れたのは、さっき逃げたはずの盗賊のお兄さんでした。片手には、住民のものでしょうか、人間の頭部のようなものが鷲掴みにされ、盗賊のお兄さんは明後日の方向へポイッと投げました。
「あぁ……」
王子の小さな声が。このときの王子の視線は、きっと投げられた頭部に向いていたのでしょう。
そんなことだろうと思い、私の視線は、しっかりと目の前の盗賊のお兄さんを捉えていました。
お兄さんは自由になった両手で、再び腰のベルトに提げた革製の鞘から、二本の短剣を取り出すと、両手に構えました。身を守りつつも、いつでも危険な一手を繰り出せるような感じで、胸の前で力強く短剣を構えています。
盗賊のお兄さんと会話がしたいという、王子の望みは、叶いそうでした。最悪な形で……。
「僕は、この国の代表として、あなたと話がしたいと思っていた」
王子の視線は、投げ捨てられた人形の頭部に向いていました。
「……でも、国民に手を出したあなたに友好的な態度は取れそうにない。どんな用事か知らないが、これ以上暴れるんだったら、僕は全力で迎え撃つよ」
王子の声は低く、とても怒っているふうに感じられましたが、同時にひどく悲しんでいるようにも聞こえました。それもそのはず、さっきまで王子は、盗賊のお兄さんの話を聞いてみたいと、本気で思っていたのですから。そこにはきっと、分かり合えるはずだという淡い期待が、こもっていたのです。
ですが、盗賊のお兄さんに応えた様子はありませんでした。予備の靴でしょうか、革のブーツを履いており、走った勢いで瓦礫を吹き飛ばしながら逃げていってしまいました。
王子は……彼を追いかけませんでした。代わりに、疲れきったような大きなため息。この鳥籠、重いんですよね……これを持ったまま走ったり戦ったりは、難しいです。
「以前も、建物が倒れる事はあったんだ。きみを鳥籠に入れる前の話だよ。その時は、あぁ古い建物だからな〜って、不自然には思わなかったんだけど、今にして思えば、倒壊するときの音と、その響き方が、さらには建物の崩れ方まで、ほとんど一緒だった。あの盗賊の彼は、かなり前からこの街に身を潜めていたみたいだな」
「倒れてしまった建物の、下敷きになってしまった人々は……どうするのですか?」
「……。あきらめるしか、ないんだ。粉々に割れてしまってる、から」
今までは、自然災害だと思ってあきらめてきた王子でしたが、盗賊のお兄さんが引き起こしていた人為的なものだったと知ってしまっては、とても後には引けないでしょう。王子は、国民を愛しておいでですから。
「彼を、見つけ出す。そして、どんな理由があれ、こんなことをするのはやめてもらう」
王子は、盗賊のお兄さんが逃げていった方角を眺めていました。その瞳には、魔法を使ってでも相手の体の自由を奪うと、強く自分に言い聞かせているような、無理をして強がっている輝きが宿っていました。
王子には、きっとできない……いいえ、たとえ可能だったとしても、王子にそんな真似をさせてはいけないと、私の直感が告げていました。
私も人に向けて魔法を撃った事はありません。ですが、王子がためらい、魔法を放つことができなかったら、その時は、この私が、両の手を血に染めなくてはならないかもしれません。
従者とは、そういうものです。しかし私も、上手くできるかはわかりませんでした。本音を言えば、そんな事はしたくもありません。
「王子、どうか恐ろしい事はなさらないでください。あなたも私も、そんなことのために魔法を学んだわけでは無いはずです」
「わかってるよ。きみと一緒にいろんなものを作り出すために、勉強したんだ。そして、ともに問題を解決するためにも、魔法を学んだ事は覚えてる。僕が
私はその答えに、失望は致しませんでした。この国を守っていく立場の人間が、綺麗事だけで生きていけるわけがないと、心のどこかで覚悟していたからです。
王子に魔法を教えた私も、きっと同じことを思っていたでしょう。幼く可愛らしかった王子が、何かを求めて必死で勉強する姿は、当時の私にはどのように映ったでしょうね。
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