第24話   町外れのお花屋さん

 何やら物騒な展開になってきましたね。でも安心してください猫さん。これは奇妙で不思議なフェアリーテイル。私と王子がたどった、一夜の夢のような物語ですから。


 大きな戦争も、血みどろ大事件も、起きはしませんよ。



 さて、珍しく激昂する王子の腕の中で、私は心配になり、ひとまずエルフの皆様と合流してはどうかと提案しましたが……王子は聞く耳を持ってくださいませんでした。


 なぜなら、この時、王子の視界に、あの盗賊のお兄さんが入ってしまったからなんです。


 狭い範囲で、何度も姿を現すなんて、いったい何をしているんでしょうね。あのお兄さんを放置していると、良くないことが続くような気がする……それが王子の抱いていた懸念だったそうです。


 例えば、ここら一帯を爆破されてしまい、黒い木片が散らばる空き地にされてしまう、とかです。


 王子が丁寧に活動を終わらせていく、この大切な国を、あのお兄さんは手っ取り早く粉々にしようとしているのかもしれません。それはあまりにも、ひどすぎます。


 ですが、王子一人で向かうなんて。私は心配で心配で、もしも王子に万が一のことが起きたら、この両手を血で染める覚悟でおりましたとも。けれども、とても恐ろしくて、震えておりました。


 王子はこの辺りで盗賊のお兄さんを見かけたと言い張るのですが、そこは町外れのお花屋さんが一軒建っているだけでした。付近の花畑から、具合の良さそうな花たちを摘んできては、様々な小物類に作り替えて、お手頃なお値段で売っている女性が住んでいます。


 この女性は、花を愛する私もよく知っている人物でした。簡単に髪飾りやコサージュを作るやり方を伝授してもらい、けれどもどういうわけか私が一から作ろうとすると、ちっともうまくいかなくて、やはりお店を構えるほどの腕前を持つ人間にはかなわないのだなぁと、しみじみ思いましたね。


 決して私が不器用とか、この程度の作品も作れない、などと言う不本意な評価は却下いたします。花の茎とは繊細なのです、生き物なのです、環境や天候の具合によっては、やたら細くてへなへなしていて、扱いづらい茎も多いのですから。


 さて、いつものごとく話が脱線いたしましたね。話を戻しましょう。


 王子は迷うことなく、その花屋に向かいました。次に爆破されるのは、このお店だと思ったからです。


 私も、顔なじみの女性が被害に遭うのは恐ろしかったです。一刻も早く避難してもらえるように、頭の中で言葉を考えましたが、ふと、一抹の不安がよぎりました。私が彼女に会ったのは、人間と変わらぬ大きさに変身していたときのことです。


 はたして彼女は、鳥籠の中の私の姿に、何を思うでしょうか。王子は受け入れてくださいましたが、彼女は悲鳴をあげて、かわいいお人形が喋ってると驚き、腰を抜かしてしまうかもしれません。そうなってしまうと、もはや話し合いに持ち込せる空気ではなくなってしまいます。


「王子、私がいると店員さんとの会話の妨げになるかもしれません。私の事は、お店のどこかにでも隠して、王子だけが交渉に臨んだほうが、彼女も従いやすいと思います」


 他ならぬ自国の王子様の言葉ですもの、彼女はきっと受け入れてくださいます。


 ところが王子は、私がいるほうが都合が良いとおっしゃるのです。どういう意味でしょうか? 


「きみはお人形のふりをしていて。絶対にしゃべっちゃダメだからね」


 私はとりあえず王子に従ってみることにしました。




 以前は、みずみずしく可憐な花たちが店先を飾り、店奥の女性はいつも、次はどのようなアレンジをしようかと思案にふけっていました。


 人間大の姿になった私が声をかけると、女性はハッとし、そして私の姿を視界に捉えるなり、にっこりと笑ってくれます。


「こんにちは、エインセルちゃん。今日はどうしたの?」


 彼女と私は、花に従事する者同士、共通点がありました。しょっちゅう顔を出していたわけではありませんが、私の中では彼女は友人でした。


 そんな彼女が、今は瘴気に蝕まれた黒い花たちに囲まれ、会計台の上に肘をつき、鼻歌を歌いながら物思いにふけっている姿を見た時は、とてつもなく悲しい気持ちになりましたね……。


 彼女は波打つ豊かな黒髪を耳にかけながら、閉じた目を薄く開き、ふと、人の気配にその手を止めて、アーモンド形の綺麗な目で、にっこりと笑ってくれました。


「いらっしゃいませ、シリル王子」


「お知り合いだったんですか?」


 私がそう聞くと、彼はちょっと目を泳がせました。


「きみからもらったたくさんの花を、彼女に持って行ってアレンジしてもらってたんだ。そのままだと花瓶が破裂しかねない量だったから。壁に掛ける花飾りにしてもらったり、乾燥させてドライフラワーにしてもらったりね」


「ふーん」


 その時の私が、そっけない返事のように思ったのでしょうね、私はそんなつもりはなかったのですが、王子がちょっと慌てたのが面白かったです。


「浮気とか、思ってないよね。僕は、そんな器用なことは、できないからね……」


「ええ? 花屋に行くだけで、なぜ王子が浮気者と言われるのですか? まだご結婚されていないでしょう?」


「……そ、そうだけど……」


「店員さんと喋るだけで浮気者ならば、王子が数多の侍女としゃべるだけで、離婚届けが出せちゃいます。そんな器の小さい人を、お妃に選ばないでください」


 私は王子の持っている常識が、ずいぶんいびつだと指摘しました。だって、私だって男の店員さんや、男の妖精と話す機会はたくさんありましたもの、それを踏まえたら私だって浮気者になってしまいます。しかも、私がおもに話している相手は、王子と、祖父ですもの。祖父と浮気してるなんて思われるのはゾッとします。


 以上のことを、こんこんと王子に説明いたしました。すると王子は、気まずげにほっぺたを掻きながら苦笑していました。


「そうじゃ、ないんだけどな……」


 さて猫さん、この後王子は、私に一言もしゃべらないように、さらには微動だにしないように指示しました。


 それはどうしてでしょうか。答えは簡単です。なんと王子は、私の入った鳥籠を彼女に渡してしまいました。


「このお人形が入った鳥籠を、花できれいに飾ってほしいんです。母に贈りたくて」


「まあ! 可愛いお人形さん。お任せください」


 彼女は本当にステキな女性でした。


 王子は彼女に私を預けて、その隙に、彼女の首から芯を抜き取る作戦だったそうです。


 あの盗賊のお兄さんに侵入され、家屋に魔法陣を描かれて爆破されないうちに……。


 はたして、王子は間に合うのでしょうか。もしも間に合わなかったら、最悪の場合、王子も私も彼女も含めて、木っ端微塵です。当時の私の不安は、この胸が押しつぶされそうな程でした。


 さらに王子の立てた作戦は、一つではありませんでした。このあたりの建物は、この一軒だけ、つまり王子は、あの盗賊のお兄さんをここまで誘き寄せるつもりだったのです。


 誘き寄せた後はもちろん、戦闘が待っている事でしょう。王子がそこまで強い覚悟を決めていただなんて、当時の私は知りませんでした。


 不安でいっぱいになりながらも、健気にお人形さんのふりをして、行儀良く鳥籠の床に座っておりましたとも。


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