第25話   信じてもいいんでしょうか?

 それから本当に間もなくして、おそらくはエルフの皆様がいるであろう方角から、炎魔法に風魔法、氷魔法が乱発される轟音が、こだまして聞こえました。


 花屋のお姉さんも、王子も私も、そのあまりにも非日常な騒ぎに、目を点にしておりました。


 はっと我に返ったお姉さんが、自分が様子を見てくると言うので、これはまずいと思ったのでしょう王子が引き止めて、代わりに自分が様子を見てくると立候補。しかしお姉さんの立場では、お客さんに様子を見てもらうわけにはいかないのでしょうね、二人とも自分が自分がと言って引き下がらず、それは外から聞こえる音が止むまで続きました。


 つまりお二人とも、外の様子を見に行くことはできなかったんですね。


 花屋の扉の上部に付いたドアベルが可愛らしい音を鳴らし、来客を告げます。もしや、盗賊のお兄さんがこのお店を吹き飛ばしに来たのでは!


 鳥籠の中で、何も言えず不安になっている私に、王子がやたら大きな独り言を漏らしました。曰く、建物を吹き飛ばすほどの強い魔力の波動は、普通ならば肌で感じ取ることができるのだと。


 ちなみに妖精である私ならば、他者の魔力の波動は、この薄い羽で感じ取ることができます。そして当時の私と王子は、この店付近では恐ろしい魔力を感じませんでした。


 え? 今の私には、羽が生えてないじゃないかって?


 猫さんを抱っこしている、この人間大の姿の私には、背中に妖精サイズの羽が生えています。つまり今は、服の中で見えないんです。


 残念でしたね。私の羽はそれはそれは透き通っていてキラキラしていて、宝石のように美しいのですが、いざ小さな姿になってしまうと、猫さんにじゃれつかれて、ひき肉にされてしまう予感がしますので、猫さんには妖精の姿を見せる事はないでしょうね。お見せできなくて本当に残念です。


 話は脱線しましたが、花屋さんの扉が開かれ、現れたのは、箒に乗って空を飛んでいるエルフの長老様でした。


 そのずーーーーーっと後ろには、植物のつるで首から下をぐるぐる巻きに拘束されている、あの盗賊のお兄さんが、立っていました。予備の靴なのか裸足ではありませんでした。


 王子は呆然としておりましたが、やがて苦笑をこぼしました。私もこみ上げる笑いを抑えるのが大変でしたね。


「お手数をおかけいたしました」


「王子は何もかも一人でやろうとし過ぎだ。今日昨日の間柄ではないのだから、儂には相談して欲しかったな」


 長老様が朗らかに笑います。


 私も長老様に大賛成でした。いくら王子に名案があるとは言え、私、怖かったです。


「また何か気づいたことがあったら、遠慮せず儂に話しなさい。儂がここに来たのは、そのためなのだから」


「……はい」


 王子の声には、反省の色と、喜びが混じっていました。

 私も嬉しかったです。味方になってくれる存在が、王子の側にいると言う事は、孤軍奮闘していた王子にとっては、とても心強いことだと思ったからです。


 ちなみに、とエルフの長老様が付け足しました。


「戦闘には、あの三人も参加したぞ。ただの正当防衛だったかもしれんが、見直してやってはくれんかな? なんてな、ハハハ」


 エルフの長老様は、あの三人組と王子が仲良くなってほしいみたいでした。


 でもそれって、あの三人組の気分次第ですよね。当時の私は、絶対にそんな日は来ないだろうなぁと思いました。


 ネタバラシすると、私の予想は半分合ってるんですよね。王子と彼らの仲は、今でも知り合い程度な感じです。そしてエルフと人では、それぐらい距離がある方が一番居心地が良いのだと、最近知りました。


 ある意味、お友達になったと言えるのかもしれませんね。



 はい猫さん、あなたも疑問に思ってることでしょう。王子は盗賊のお兄さんをこの辺で見かけたはずなのに、なぜ離れた場所でエルフと戦っていたのでしょうか。


 そのことについては、王子も不思議に思ったのか、エルフの長老様にお尋ねしました。


「この人間は、王子と儂らが協力して作業に当たっているとは思わなかったようじゃの。この人間のほうから、儂らに交渉を企ててきた」


 その交渉とは。


 盗賊のお兄さんは、エルフの方々がこの瘴気にまみれた街並みを嘆き、森への影響を防ぐために、この街を破壊しているのだと勘違いしたそうです。どうやら、王子とエルフ三人組が私をめぐって言い争った姿を、遠くから見ていたようなのです。盗賊のお兄さんの狙いも、この街の破壊。ここは対立するよりも、共に同じ目的を果たさないかと、長老様に交渉してきたそうなのです。


 しかし、長老様たちの目的は、この街を静かに活動停止させること。ド派手に爆破する事ではありません。


 盗賊のお兄さんからしてみれば、驚きの理由ですよね。さっきまでケンカしていたエルフが、人間の王子様のお願いを、無条件で叶えているのですから。


 おまけに、交渉を企てに近づいた途端に、攻撃され、さらに魔法の熟練者であるエルフの長老様とも対峙してしまい……これはもう気の毒だったとしか言えませんね。


 まだ若手の人間が、はるかに年上の長老様と戦うなんて、しかもエルフが得意とする魔法で、そりゃ敵いませんよ。


 盗賊のお兄さんは長老の操る植物の蔓でぐるぐる巻きに拘束され、今に至ると言うわけです。


「若い者たちから聞いたよ。この男と会話がしたいそうだの?」


 長老様は、王子のお願いを聞きに、ここまで盗賊のお兄さんを連れて来てくださったのでした。


 王子は面食らった顔をしていましたが、やがて、しっかりと頷きました。


「ありがとうございます。彼とじっくり話し合いたいと思います」


 貴重な機会を授けてくれた長老様に、感謝しました。


 はたして、盗賊のお兄さんは事情を話してくれるでしょうか。話さないんじゃないかと思った私は、王子の意見を求めました。


「話してくれないなら、仕方ないけど諦めるよ。でも僕の目的が終わるまでは、気の毒だけどこのまま縛っておく。解放すると、また建物を壊して回るかもしれないからね」


 捕まった盗賊のお兄さんは、ジタバタするどころか、びっくりするほどおとなしかったです。


 おそらく、逃げてもまた捕まるのだと、長年の経験から察したんでしょう。


 私はこの時、盗賊のお兄さんの顔を、初めてじっくりと観察しました。


 どこかでお会いしたことがあるような気がします。と言っても、お顔立ちに見覚えがあるわけではありません。お兄さんは目の部分だけを除いて、頭部をすっぽりと黒い布で覆っていますから、判断できる情報は、とても少なかったです。


 にもかかわらず、この私がぴんときたのは、お兄さんのまとう独特の雰囲気に、覚えがあるからでした。まるでここにいないかのような、気配の溶かし方、溶け込み方、これは、私が人間大の姿になって城下町でお買い物を楽しんでいた時に、偶然発見した、謎のお兄さんの気配と瓜二つでした。


 もしもここが雑踏の中ならば、目の前にいるのに見失うという奇妙な事態に陥っていたことでしょうね。


 影に生きる者としての素質が、充分におありになる人でした。私のような光の乙女とは、真逆の存在だと思いましたね。



 王子は花屋の女性から一旦私を引き取ってから、遠くでぐるぐる巻きになったまま微動だにしない盗賊のお兄さんへと、歩み寄って行きました。


 距離が近くなった王子に、盗賊のお兄さんが口を開きました。


「……どうせ俺の目的が知りたいんだろ、教えてやる。俺はこのあたり一帯の、瘴気にまみれた有害な街を破壊するために来た」


 王子は、やっぱりかと、小さく呟きました。


「それなら、僕たちの目的はあまり変わらないね。僕たちはこの街の活動を、停止させようとしているんだ。ここで動いている住民たちは、僕らを除いて全部人形だ。でも僕にとっては大事な国民だから、丁寧に活動を止めているんだ。瘴気の発生源は人形たちだから、僕らが手を止めなければ、いずれ瘴気は止まるよ」


 時間はかかるけどね、と王子が付け足しました。


「そうだったのか。お前が王子なのは知っていたが、てっきりこの国を永らえさせるために、魔力を注入して回っているのかと思っていた」


 王子がほっとしました。


「わかってもらえてよかったよ。もしよかったら、きみも爆破なんて危ないことはせず、僕の愛する国民を、丁寧に停止させてくれないかな。やり方を教えるから」


「……」


 一つ教えてほしい、と盗賊のお兄さんが言いました。


「この国は、お前が作ったわけではないんだよな。俺が初めてこの国に来た時、王子はまだ子供だった」


 王子はうなずきました。


「この国を作ったのは、僕のお父さんだよ。僕とお母さんは全く関与してない」


「……そうか。なら、もう何も壊さない。色々と目障りなことをして、悪かったな」


 盗賊のお兄さんは、あっさりと謝罪しました。もっと口論になるかと思っていた私は、別の意味で心配になってきました。


「王子王子、この人をこんなに簡単に信用して良いのですか? ついさっきまで、私たちに刃を向けてきた人ですよ? また国民にひどいことをするかもしれません」


「そうなったら、また僕たちでお仕置きするよ。それじゃあ盗賊のお兄さん、あの店の女性の機能停止が終わり次第、あなたにやり方を教えるね」


 すると、盗賊のお兄さんが目をかっぴらきました。


「待て。その女性の機能停止は、俺に、やらせてくれ……」


 急に必死な態度になる盗賊のお兄さんに、私と王子は顔を見合わせました。


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