第15話   百歳は難しいお年頃?

 王子は私の入った銀の鳥籠を大事に両手に抱えて、歩きだしました。


 私はというと、人形っぽくなった皆様が、建物の影から出てくるのではないかとビクビクしておりましたとも。関節が不自然に曲がってたり、お顔にヒビが入っていたり……?


 きゃあああ! 考えただけで、夜空を飛べなくなってしまいます! 猫さんの肉球をぷにぷにしていなければ、私はこれ以上を語れなくなっていたかもしれません。


 勇敢で大人っぽく見える私ですけども、やっぱりおぞましい見た目の何かは、苦手なのです。か弱い女の子ですからね。


「怖がらなくても、大丈夫だよ」


 王子は私を安心させようとしてくれたのか、慰めるように優しく、声をかけてくださいました。


「街のみんなの見た目は、昔とあんまり変わってないよ。性格も、毎日送ってる生活もね。ただ今は、それが問題になってるんだ。街がこんな状態なのに、みんな特に気にせず、避難することもなく、いつも通りに住み続けてる」


「それは、かなり不自然ですね……」


 人形っぽい見た目の皆様も恐ろしいですが、こんなにも黒く染まった街で洗濯物を干しながら「やあ! いい天気だね。空気も美味しいし」なんて声をかけられたら、私なら「ええ!?」と語尾を跳ね上げてしまいます。洗濯物など放置して、避難してくださいって言いますね。


「でも僕にとっては、優しかったみんなは今も昔も変わらない。ただの人形だからと粉々にしてしまうのは、絶対に反対なんだ。だから僕は丁寧に、彼らを眠らせている。本当に静かに眠っているように、機能を停止させてるんだよ」


 機能停止……それはまるで、時計仕掛けのようだと思いました。私は時計なんてハイカラなもの、見たことないんですけども。


「一人一人を、丁寧に停止させているから、それで、すごく時間がかかってるんだ。早く、この瘴気を除去しなきゃいけないのに、僕の作業が遅いばかりに……エルフたちには、申し訳ないことをしてしまってる」


「うーむ、まぁのう、王子の価値観も理解できるのじゃが、どうかエルフの若い者たちのことを、嫌いにならないでやっとくれ。彼らはまだ百歳を超えたばかりの、難しい年頃なんじゃ」


 聞きましたか猫さん、まだ百歳を超えたばかりなんですって。猫さんの周りには、百歳を超えている方々はいらっしゃいますか?


 じつは私たち妖精には、非常に短命な仲間もいれば、この星が誕生した時からずっとその成り行きを見守っている、大変長寿な仲間もいます。


 エルフ族はご長寿な方ですね。長老様もひょっとしたら、この森が細い苗木だった頃から、住んでいるお方かもしれませんね。あまり年齢のことを根掘り葉掘り聞くのは、よくありません。ご本人もここまで生きるのに、いろいろとお辛いことがあったでしょうから。


 しかしですよ猫さん、いくら見聞の狭い若々しい私であっても、さすがに三桁も生きている妖精は、達観して大人びた性格になると知っていますよ。


 先のエルフ三人組は、そんなふうには見えませんでした。もっと若々しい感じの、悪く言えば落ち着きはあまりないような、何でも言いたい放題言っちゃうような性格に感じましたね。


 そう思った私は、彼らの態度に腹を立てていたこともあって、口をツーンと尖らせました。


「エルフに気難しい方々が多いのは知っていましたが、三桁も生きていれば、そろそろ落ち着いてくださる頃なんじゃないですか? まーだいろいろと悩むお年頃なんですかね」


「そうだ、まさしくそうなのだ」


 村長様の目に、深い色が降りてきました。


「この星にはな、イセラ、我々よりも長く生きる種族が少ない。生まれた時から一緒にいた存在が、百年後には、星空を見上げることすら辛くさせる……その事に気づいたとき、仕方がないと受け入れられるようになるまでには、長い時間がかかるのじゃ」


 星空……私の祖父が、王子に星座を教えていたそうです。長老様のお話で、それを思い出しました。


「エルフはな、百歳程度では見た目がさほど変わらん。心もまだまだ少年だ。では、人間や植物、その辺で出会う動物たちは、どうだろうか。世話していた花は枯れ、友となった動物は土に還り、文化も種族の垣根も乗り越えて、共に素晴らしい時間を過ごした人間は、たとえ生きていたとしても、若かった頃とは見た目も性格も変わってしまう。儂らのことを、忘れてしまう者もおるな」


 見た目も性格も……。


 私は王子を見上げてしまいました。

 王子は前だけ見て歩いていますが、私は彼のことを、いまだに王子なのだろうかと疑う気持ちが、消せませんでした。出会った頃とは見た目も性格も変わってしまっています。一緒に楽しい思い出を作ってきた小さな王子様は、もうどこにもいないのでしょうか。


「……そのような別れや戸惑いを、何度も経験しているとなぁ、若いエルフたちは百歳を超えたあたりから、森に閉じこもるようになるのだ」


 ご自分が、これ以上辛い思いをしないために――森の木々と共にあろうとするのでしょうか。私はまだ、そこまで深く傷付いたことがないので、わかりません。


「若い彼らは、短命な者たちを嫌うようになる。その他の種族とともに思い出を作ることを、無意味なことだと拒絶するようになってしまう。これが難しい年頃というものじゃな。百五十歳あたりから吹っ切れて、また森から出てくるようになるのじゃが、ちょうどあの三人組は難しい時期なんじゃよ。人間の友人も、多くいたようじゃしな」


 あのエルフの方々に、人間の、ご友人が?


 なんだか信じられませんよね。いつも三人だけでしゃべっているような感じがしますもの。あまり社交的な方々には思えませんでした。


「しかしですよ、長老様。どんな理由があれ、彼らが王子に八つ当たりするのは許せません!」


「ハハハ。そうじゃな。瘴気さえどうにかしてくれたら、彼らも森から出てくることはなかったかものう」


 う……、この方、どっちの味方なんでしょう。


「彼らとケンカになったら、また儂を呼びなさい。イセラ、記憶喪失になっとるらしいが、それでも王子を独りきりにせず、支えてやるのじゃぞ」


「もちろんです!」


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