第16話 瘴気を売るお菓子屋さん
それにしても、街の人々を少しずつ、機能停止させてしまうなんて……。
大好きだった街に幕を下ろし続ける役割なんて、辛いに決まっていますよね。
この街が、いったいどんなことになっているのか、まだ把握しきれていませんけれど、私の役目は、きっと逃げたり泣いたりせずに、彼のそばで見守っているほか、ないのだと思いました。
ここは王子の故郷であると同時に、私の愛する街でもあるのですから。
エルフの長老様はご長寿ですから、優しい王子は、お年寄りに合わせてゆっくりと歩いていました。そのおかげで、鳥籠に入っている私も、あまり揺れなくてすみましたね。
街はどこもかしこも真っ黒で、見覚えがあるような、ないような、そんな建物の形から、なんとなく今どこを歩いているのかを、頭の中の地図と照らし合わせて、だいたいの当たりを付けていました。
私たちは食べ物屋さんが多く集まる大通りへと、進んでいるのでした。ここはお店屋さん兼住居を構える人たちの集まりで、一階がお店で、二階には洗濯物が揺れているなんて光景も、よく見かけましたね。
さすがにこのような状況で、お店を開いている人はいないようでした。もしかしたら皆様、避難されているのではと思い、変な話ですが、私は皆様の姿を見かけないことにひどく安堵しておりました。
「ほほう、王子よ、この辺の人形たちは全て停止させたのか。よくがんばったのう」
なんということでしょう!
皆様は避難されているわけでも、お店を閉じてじっとしているわけでもなかったのです。
私はエルフの長老様に、苦手意識を持ちましたね。彼は王子の価値観も理解してはおりますが、やはりエルフ寄りの考えというか、森とエルフの味方なのだなぁと思い知らされた気分でした。
ここはやはり、私という力強い味方が、王子に付いておりませんと!
さっきは不安がる私に、優しい声をかけてくださった王子。次は私が、励ます番です!
ふと見上げた視界に、違和感の塊のようなものが入り込みました。素朴な物干しざおに、洗濯物が干されているのですが、瘴気に染まり、真っ黒に。まるで焦げてるみたいです。
まさか、あんな状態になっている服を、着る気なんでしょうか? お肌がどうなっても知りませんよ……。
「イセラさあ、ここの家の洗濯物を借りて、街で買い物してなかった? 見間違いじゃなければ、僕が子供の頃に、普通の女の子の大きさになったきみを、見かけたことがあるんだ」
もしかして、お菓子屋さんで買い物をしたときの。
「ああ〜えっと、そんなときもありましたっけね〜」
このとき初めて、王子と私の共通の思い出話ができました。この人は、面影は少ないですけど、あの小さな王子様なんだと……そんな実感が、じわしわと芽生えてきましたね。
そのお菓子屋さんなんですが、王子たちが歩いている道の先に、あるんですよね。
いつも店番している、あのおじいさんが、店先の椅子に座っているのが見えました。いつもの丸眼鏡越しに、新聞を読んでいらっしゃいますが、手にしている新聞はボロボロで、黒いシミができているんです……。
私たちは、もっと近づいていきました。
すると、おじいさんの肌にも不自然な濃淡の黒いシミが、大きく広がって、たくさん浮いていることに気がつきました。年齢やご病気のせいではありません。こんな真っ黒な街に、住んでいるせいです。
「お客さんか」
おじいさんは人の気配を察知するなり顔を上げて、椅子から立ち上がると、お店の中へ入っていき、いつもの定位置の、お店のレジの前に座りました。
おじいさんの前には、いろいろなお菓子が大きな瓶に詰められています。クッキーに、キャンディに……じつはクッキーはパン屋さんから取り寄せたもので、おじいさん自身は飴細工の職人さんなのです。なので瓶には、いろいろな形のキャンディが、いつもたくさん入っていました。
色とりどりのかわいいキャンディが、日の光を浴びてキラキラしていました。私はキラキラしたものが好きで、甘いものも好きだったので、おじいさんの作るキャンディの大ファンでした。
それがなんと、今ではどの瓶の中身も真っ黒。まるで真っ黒な小石を、詰め込んだかのようです。
私は嫌な予感に、寒気がいたしました。王子に頼み、その瓶の近くに鳥籠を寄せてもらいました。
それはキャンディではありませんでした。クッキーでもありません。
粘度の高い、黒々と輝く不気味な丸い物体……おじいさんはなんと、瘴気を使ってお菓子を作っていたのです!
これを人に売ると言うのですか? その前に、これが食べ物だと言うのでしょうか。花を枯らし、木を腐らせてしまうほどに、生命にとって有害であるというのに。
正気の沙汰ではありません。
おじいさんは、自分の仕事ぶりに何か文句があるのかと言わんばかりの、不機嫌そうな顔をしておりますが、だって、ねえ? 全部のお菓子が、瘴気なんですよ?
「冷やかしなら、帰んな」
もともと職人気質で無愛想なおじいさんが、そんな一言を。
冷やかしでも寄りませんよー、こんなお菓子屋さん……。
以前のおじいさんは、変な材料でお菓子を生み出すような人ではありませんでした。おじいさんとは、客と店員それだけの関係であり、特別に仲が良かったわけでもないですし、何でも知っているわけでもないのですが、人間の皆様が食べられる物を作る人なのは、確かでした。
このおじいさんが人間ではなく、同じ毎日を繰り返す人形であると言われましたら、この状況に、ちょっと納得してしまうところがありますね。
お菓子を作るのが毎日の仕事だったおじいさんにとって、近くにある材料を使っておやつを作るのは、別に不自然なことではなかったのでしょう。
人形は同じような毎日を繰り返して生活するようなことを、長老様が言っていましたね。まさしくそれを体現したかのような、かなり衝撃的な光景でした……。
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