第17話 機能停止の儀式
王子がおじいさんに近づきました。
「すみません、このキャンディを人数分ください」
「あい、二つな。ちょっと待ってな」
私が人数に入ってないですよね。
おじいさんは椅子から立ち上がると、真っ黒な謎の物体が入ったガラスの瓶を片手に持ち、蓋をくるくると開けました。
王子の目線は、おじいさんの首のあたり、正確にはうなじのあたりでしたね、そちらを眺めていました。
「おじいさん、首の後ろに何かついてるよ」
「何って、何だ」
「変な虫がついてる。今取ってあげるから、ちょっとだけ頭を近づけてほしいな」
おじいさんは怪訝そうな顔をして、まずはご自分の手で首の後ろをさすりましたが、虫がついているなんて王子の嘘ですから、何も指に触れません。
「どこだー? わっかんねーな、取ってくれ」
おじいさんはお店のカウンターから前のめりに頭を出すと、王子にうなじを見せました。
王子は指で、うなじの一ヶ所をギュッと強く押しました。
すると首の後ろからカチッと音が。
そして真っ黒な棒状の物が、すーっと出てきて、王子はそれをさっと抜き取ってしまいました。棒は結構な長さがありましたが、おじいさんに痛がっている様子はありません。
あんな長い物が人間の首に刺さっているとあっては、たぶん、呼吸にも食事にも、会話にも悪影響が出るでしょう。ですが、おじいさんに苦しがっている様子はありませんでした。
「取れたか?」
「取れたよ、ほら」
王子が広げた手の平に、ぺたんこになった羽虫の亡骸が乗っていました。
それは多分、王子があらかじめ手の中に忍ばせていたものだと思います。ポケットかどこかに、隠し持っていたのでしょうね。
王子は、さも、おじいさんの首にくっついていたモノを取ったふうに、演技していました。
「うわっ、そんなもんが俺の首に。わざわざありがとよ」
おじいさんはお礼を言いながら、眠たそうにまぶたをこすり始めます。
「なんだ? 目が霞むなぁ……」
「おじいさん、疲れた顔してるよ? 僕が今日お店に寄ったのは、おじいさんの顔色が悪くて心配だったからなんだ」
「そうだったのか。客からそんなに心配されるほどとはなぁ……」
王子はなかなかの演技派でした。そんなに真剣なお顔で、熱心に説得されたら、誰だって「自分そんなに蒼白した顔してるのか!?」と不安になってしまいます。
「おじいさん、今日はもうお店閉めて、横になってたら? そのほうが絶対いいよ。なんか、今にも倒れそうな顔してる」
「あぁ、わかった」
おじいさんは王子からお金を受け取り、王子は瓶から黒い謎の物体を二つ取りました。
「キャンディありがとう。それじゃあ、お大事に」
「ああ、またな」
おじいさんは、私たちがお店から離れてゆくのを眺めた後、お店をガラガラと閉め始めました。
のれんに看板に商品に、おじいさんは一人で、てきぱきと片付けると、最後に店に入って扉の鍵を閉めてしまいました。
私は……一連の流れに、呆然としておりました。
「もうすぐあのおじいさんは、機能が停止して、二度と動かなくなってしまう。ちゃんとベッドに横になってくれるかな。そうじゃないと頭から倒れて、顔が割れてしまうことがあるんだ」
王子は後ろを振り向いて、閉店したお店を、遠くから眺めていました。亜麻色の長い髪が彼の頬を隠し、その表情をわかりにくくさせていました。
「完全に停止するまでには、約四時間かかるんだ。……心配だから、四時間経つまで、この近くにいようかな」
そう言って王子は懐から、銀色の何かを取り出しました。銀の鎖で首から下がった、懐中時計です。
今の私ならわかるのですが、当時の私は、それの名前を王子に尋ねました。
「時計だよ」
「まあ! すごくハイカラなものをお持ちなんですね」
「手作りしたんだけどね。見よう見真似で作った物に、どれぐらいの価値があるかわかんないけど、君の目にハイカラに映ったのなら、嬉しいかな」
王子は謙遜した微笑みを浮かべていましたが、私は度肝を抜かれていましたね。
だって私の知っている王子様は、お母様である王妃様にご飯を作ってもらって、遊ぶ道具は王様が作っていましたもの。私が差し上げたお花も、とても喜んでくださって……小さかった王子は、与えられるだけの存在だったのです。
それが、時計を手作りしてしまったり、私を砲撃して鳥かごに閉じ込めるような大人になってしまうだなんて……あぁ、時の流れとは残酷なものです。王子はいろんな事ができる人になってしまった。私の知らない人になってしまった。そんな感じがして、ちょっと寂しく思いましたね。
「王子、あの老人を見守る役目ならば、儂が引き受けよう」
「え……それは……あの……」
「王子が全てを自分でやろうとしておるのはわかるよ。じゃが、実際問題王子一人では、時間がかかりすぎておる。瘴気が森の深くの根っこにまで届くと、さすがにまずいのじゃ」
ただでさえ明るさの消え失せた王子のお顔が、苦悩のあまり、くしゃり顔に。
私は何か声をかけたほうが良いだろうかと思いましたけれども、黙っていました。
やがて王子は意を決し、口を開きました。
「長老様なら、信用できます。どうか、彼のことをお願いいたします」
「うむ、任された」
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