第37話   もう一度、撃ち上げてほしいのです

 そうです、まだ私にもできることが残っていたんですよ。


 猫さん、私が王子に大砲で吹き飛ばされた話は、覚えていらっしゃいますか? あのような衝撃的な話、すぐに忘れられるわけありませんよね……って、ちょっと、どうして膝から降りるんですか、待ってください、逃がしませんよ。


 もう……ようやく捕まえましたよ。あなたがいないと、私が何も無い空間に向かって独り言をつぶやいてるみたいじゃないですか。はたから見たら、完全に危ない妖精ですよ、まったく。


 えー、ゴホンッ。私はエインセルさんを連れて、王子の砲撃を食らって叩きつけられたときに、受け止めてくれたカカシさんの立っている丘へとやってきました。そうなんですよ、カカシさんは近所にいるんです、正確な位置を言うと、私が今日エインセルさんと出会った、あの木の後ろ側から丘に登れます。


「なんだい、ここは。腹の部分がボロボロのカカシが一本、立ってるだけじゃないか」


「ここは以前、トウモロコシなどが植えられていた場所なんです。よく一粒もらって、かじっていましたね。今は、一本も生えていませんけど」


 そうなんです。砲撃を食らった直後の私は、あまりのショックで泣き叫んでおりましたから、周囲を見回す余裕なんてありませんでしたけど、以前のこの場所は農作業が盛んな土地でした。今思えば、王子のお父様がエルフの魔法を駆使して、植物の成長を操作していたんだと思います。いろいろと実り過ぎなくらい、たわわに実っていましたからね……。


「私は何かに撃ち落とされて、このカカシさんに受け止められました。あの時に見えた景色とは逆の方角を計算しまして、えーっと……南側の方角に、大砲がある気がします、たぶん」


 私は南側の空に向かって、ビシッと指を差しました。空が、すっかり明るくなっていました。そろそろ王子が目覚めてしまう頃だとも思い、少しひやりとしましたね。


「大砲〜? そんなたいそうなモンが、こんな辺鄙な土地にあるのかい? しかも、ずいぶんといい加減な見当をつけるもんだね」


「ほぼ正確な位置を示してると思います、たぶんですが」


「……ちょっと待ってな、望遠鏡を出すから」


 彼女は腰ポシェットから、ほっそい木の筒をすっと取り出して、引き出して長さを調整しました。なんでも入ってるんですね〜。彼女は片目をつむって、もう片方の目に小さな望遠鏡を当てがい、遠くを確認しました。その顔が、みるみる引きつっていきます。


「……まさか、アレを使って城の中に入ろうって魂胆じゃないだろうね」


「その、まさかですよ。大砲に使用された玉は、草の詰まった布袋でした。私がもう一度あの布袋を作りますから、それを私ごと撃ってお城まで吹き飛ばしてください! お願いします!」


 彼女の、正気を疑うような顔としばし見つめ合いました。私は両手を胸の前に組んで、再度「お願いします!」と頼みました。


 人が歯を見せて大笑いする瞬間を見たのは、初めてでしたね。


「あー、笑った笑った! はいはい、赤の他人のためにそこまでするなんて、本当に愛ってのはおもしろいねぇ。いいよ、あんたがケガしようが、あたしは痛くないんだし、上手いこと撃ち出してやろうじゃないか」


「ありがとうございます!」


 これで私にも、足が手に入りましたよ!


「と言っても、大砲まではずいぶん遠いね。さすがに歩いてじゃ厳しいよ。あたしもあんたも元の姿に戻って、羽使って飛んでいくよ」


「あ、それがいいですね」


 私と彼女は、みるみる縮んで小さな妖精の姿に戻りました。意外だったのは、彼女の姿が私よりもずいぶんとお若い外見年齢になったことでした。さっきまであんなに怪しいお姉さんでしたのに、可愛い女の子になったんですよ。ものすごいギャップに、大変驚かされましたね。


「そのシャツは男物のようだけど、王子のかい?」


 彼女は、私が着ていたシャツが唯一小さくならなかったのを見て、尋ねました。


「はい、勝手に拝借してしまいました。あ、そうです、これに草木を詰めて、布袋にしてしまいましょう」


「後から王子に何か言われないかい?」


「平気だと思います……これから、合わせる顔も無くなることを、するのですから」


 ……と言うわけで、彼女と一緒にシャツの端と端を持って、運んでいくことにしました。


「さあ行くよ、あんたを撃ち落としたブツのもとに」


「はい!」


 彼女の姿が子供のままでいる理由、それは尋ねないことにしました。今でもほんのちょっと、気にはなっていますけどね。



 私たちは速度をつけて飛行すると、羽から光の粉が舞って、軌跡が美しく映えます。え? フケじゃないですよ! なんてこと言うんですか猫さん。羽は大変繊細なんです、飛行中に少しずつ剥がれてしまうくらいに。飛んでいる間、羽の強度がどんどん薄くなってしまいますから、国と国を渡るような長時間の飛行は無理なんですが、羽は一日で生まれ変わりますから、あんまり気にしなくても平気なんですよ。


「なんだい、これは? ずいぶんご立派なシロモノじゃないか」


 お城まで見渡せる高さの、やたら丈夫な造りをした物見やぐらに、どどんと鎮座していたのは、純銀製のキラッキラの砲台でした。もう観賞用として展示される領域でしたね。王子は才能の使い方がおかしいんですよ……まあ、そこも魅力の一つとして許容するしかありませんけどね。


「これはー、どっかからの中古の大砲と、エルフの技術である銀細工を、これでもかと駆使して造られたんだね。戦でも使えそうだね」


 彼女は小さな体では大砲の全体像を観察しづらいからと、大きな姿になりました。私はそのまま小さい体でいることにしました。これから、お城まで撃ち上げてもらう身ですからね。


 エインセルさんの服は、全て彼女自身の魔力を織り込んだ特注品で、腰ポシェットどころか道具類すら、一緒になって縮んだり元に戻ったり。さすが光の乙女です、魔法の扱いが抜きんでています。


 え? 私はー、こういう物作り系の魔法は、少し不得手ですね。誰しも苦手はあるものです。猫さんだって、大きな音や不味いご飯は苦手でしょう? それとほぼ一緒です。


「こんな立派なもん、あんたを撃ち落とすためだけに完成させたってんなら、ちょっとヤバイ頭の子だね」


「やばいとは?」


「王子の才能はいろんなことに使えるよ。それこそ、さっき言った戦争とかにね」


「王子はそんなことしませんよ。ものすごーいお人好しなんですから」


 私は王子の人柄と強さを、信じていました。それは今にして思えば、残酷なことだったかもしれません。私は無意識に王子を試していたのですから……。


「変なんですよねぇ、私はお花を運びに空を飛んでいたと思ったら、いきなり砲撃を食らって、気づいたら、すっかり大きく成長なされた王子に回収されたのです。さっきまで五歳だったのに」


「……ああ、あんた覚えてないのか。硝子の棺桶でたっぷり眠ってたあんたは、目が覚めると外に出ることがあったんだよ。全身真っ黒のすすのようになってね。そうやって街を一周し、疲れたらまた棺に戻ってた。どうしたのもかと、王子から相談の手紙を何通かもらったけど、どうにもならないからあきらめな、って返事を書いてやるしかできなかったね」


 私は王子を視覚的にも、苦しめていたのでしょうね。それでも王子はここに留まって、砲台まで作って私を救おうとしたんですよ。


「では王子は、私をあきらめなかったんですね」


 私も王子と、己の罪からは逃げませんよ。こんなことになるだなんて思いもしていませんでしたし、ここで私がどこかへ逃げたって、王子はきっと責めないでしょう。あの人は、そう言う人でしたから。


 でも、そんな私を私は生涯かけて許すことができないでしょう。だからここで、王子と自分のために、戦いに赴くのです。


 風が強くなってきました。


 朝の日差しが強くなり、黒ずんだお城を逆光で照らしています。とても恐ろしい光景でした。王子は一人、この景色を何度眺めたのでしょう。見上げるたびに元気を吸い取られるような、この光景を。


 ……最後のとばりは、この私が降ろして差し上げます。きっと、そうするべきなのです。これ以上、王子の心に負担をかけては、いけませんから。


「さて、布袋を作ろうか。使い方はよくわからないけど、なんとかなるだろ。戦争の道具は、旅の途中で見たことがあるからね」


「そうなんですか? 経験豊富なんですねぇ……」


 私はこの辺りから出たことがありませんから、外の世界がどうなっているのか、今でも詳しくないんです。


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