第27話   花屋のお姉さんの最後の作品

 花屋のお姉さんはとても優しくて、そして繊細そうな見かけによらず、豪胆な人でした。だって、お客さんが店に戻ってきたと思ったら、黒ずくめの怪しい男の人を連れてきて、そしてそれが花屋に寄るような感じの人ではないとしたら、私だったらギョッとした感情が顔に出てしまいますね。


 王子がお姉さんに依頼したのは、お妃様への贈り物とするために、妖精入りの鳥籠を花で装飾してもらうこと、でしたね。


「少し時間を要しますわ。お茶でも飲んで、ゆっくりなさってて」


 お姉さんは王子が戻ってくるまでにお茶の支度を済ませたかったのでしょうか、茶器と茶葉の入った缶が、作業台に散乱していました。いくらなんでも、不器用すぎますよね、本来の彼女はお店を開けるほどに器用ですのに。お姉さんはその後も茶器を落し続けてしまい、カタンとかガタン、さらにはパリーンという、けたたましい音がしました。お姉さん自身は気にせず拾っていましたが、私はその手に違和感を覚えました。


 お姉さんの手には、人差し指と中指がなかったのです。しかも、その……指の消えた断面図が、陶器のポットの取っ手が取れたかのような、硬さと不自然さを感じさせる形状をしていました。


 人間の体は柔らかいですので、このようにかどがある傷口には、ならないと思うのですが、バキッと割れてポロッと取れてしまったかのような、そんな硬さを感じる見た目なのです。


 カタンと音がして、お姉さんはまたお茶の缶を床に落としてしまいました。


「あら私ったら、また。最近多いのよね」


 お姉さんは笑っていますが、多分お姉さんの指の本数が、昔と違うからだと思うのです。人差し指と中指という、大事な部分がこのお姉さんの両手に無いのです。残りの指も、先が失われて短くなっている箇所があります。


 王子の言う老朽化の影響でしょうか。手を使うお仕事なのに、これではままなりません。


 あら、指輪が……。薬指にはまった指輪が、作業台の上に、金属音を立てながら転がりました。お姉さんは慌てて指輪を拾い上げ、左手の薬指にはめ直しましたが、朽ちて短くなってしまった指には、指輪を留めおく力は残されていませんでした。


 またまた指輪を落としてしまうお姉さんに、盗賊のお兄さんが、立ち上がって声をかけました。私はお兄さんのことを未だに信用しておりませんでしたから、てっきり、他愛のない話題を振りながら、隙を見て指輪を盗んでしまうものだと思いました。


 声をあげようにも、今の私は人形のふり。とてつもない板挟みに遭い、心が悲鳴をあげましたとも。


 お兄さんは女性に近づくと、ズボンにたくさんあるポケットのうちの一つから、革でできた紐の束を取り出して、適当な長さにぶっちぎりました。


「どうしてか指輪の機嫌が悪い時もありますよ。そんな時は外しておくか、ネックレスにするといいですよ」


 お兄さんにしてはびっくりするほど優しい声で、そして擬人化した言い回しが、なかなかにオシャレだと思いました。指輪さんの機嫌が悪い時は、ですって。


「それと、お茶はけっこうですよ。王子と俺は、外で何か飲んできたもので、お腹ががぼがぼなんです」


「あら、そうでしたのね。では、このまま作業に入らせていただきますわ。何かあれば、おっしゃってくださいね」


 お姉さんが、私の入った銀の鳥籠の編み目に、器用に花たちを挿したり、巻いたり、ステキに飾り付けてくださいます。これが、瘴気に黒ずんで枯れてしまった花でなければ、中身の私の存在も相まって、世に二つとない芸術品となって輝いたことでしょう。本当に残念でなりません。


 彼女の体越しに、私は王子たちの様子をうかがっておりました。王子は盗賊のお兄さんに、とても丁寧に、機能停止のやり方を教えていました。それと同時に、お兄さんの事情も、丁寧に訊き出していました。


 盗賊のお兄さんは、お金さえ高く積めば暗殺も請け負う、闇商人でした。自分からそうなったわけではなく、子供の頃からそういう家系だったのだそうです。


 そんなお兄さんが街の破壊の依頼を受けたのは、十年以上前のことでした。しかしお兄さんは、その依頼内容の信ぴょう性の低さに、一度は断ったのだそうです。


 けれど、お兄さんはこの街へ何度も足を運んだそうです。それは、依頼人からのとある情報の真意を、確かめるためでした。


「あの女性は、俺がガキだった頃の初恋の人なんだ」


 お兄さんの声が聞こえました。もうすっかり王子とは友達みたいに話していましたね。元々、こういう性格の人なのだと思いました。


「家出した俺を、一日だけ店に泊めてくれたんだ。俺が店にいる間も、ずっと新作を考えてる人で、どの部屋の壁にも、花籠の絵が貼ってあった。綺麗だったな」


 お兄さんが初めて触れた、芸術作品だったそうです。


「その後も、何度か店の前を通りはしたが、恥ずかしいから中には入らなかった。彼女には恋人もいたしな」


「そうだったんですか」


「ある日、店が閉まっていた。それから数年後、店が売却された。この街の破壊を持ちかけた依頼人は、彼女の恋人だった」


 王子の眉毛が、若干ですが真ん中に寄りました。


「なぜ、破壊なんてことを……」


「この街に、彼女がいる。大病で亡くなる前の、元気な姿で。それが答えだ」


 お姉さんはすでに亡くなっていると言うのです。では、私の入っている鳥籠を飾り付けているこの女性は、どなたなのでしょうか。


「恋人の遺体が怪しい医者の手に渡り、人形にされたと、依頼人の男は言っていた。あれは医者を騙った魔術師だったとか、彼女が生前の姿のままで花屋を営んでいるだとか、当時の俺には、おかしくなった男が必死に世迷言を喚いているふうにしか見えなかった」


「それで依頼を、一度はお断りしたんですね」


「この街を捜して、彼女を見つけたとき、俺はこの街を破壊しなければならないと強く自負した。こんな仕事してる俺が言うのもおかしな話だが、彼女が楽しく生活している姿を見たとき、死者と生者への冒涜のようなものを、感じたんだ。本当に、背筋がゾッとしたのを今でも覚えている」


 王子はお兄さんの横顔に、うなずきました。


「僕も、皆さんが人形だと気づいたときは、しばらく自室から出られないほど怖くなりました。皆さんが故障していき、言動がおかしくなり、ここには僕しか生きている人間がいないと実感してゆく日々が、悲しくて、そして自負しました、お世話になった皆さんを安らかに休ませてあげられるのは、この僕しかいないのだと……。でも今は、エルフの皆さんが手伝ってくれています。僕の意思を尊重し、時間はかかりますが丁寧に作業してくれています」


 次はお兄さんがうなずく番でした。


「俺が、彼女を停止させる。その後は、しばらく二人きりにしてくれないか。何も手荒なことはしない。ただ、あのとき家出した少年のことを、覚えているかどうか、それだけが、知りたいんだ」


「わかりました。あなたを、信じます」


 ええ~……?


 当時の王子には共感できませんでしたが、武器を豊富に扱うお兄さんの古傷を逆撫でする利もありませんし、私はしぶしぶ、人形のふりを続けましたとも……。



「大丈夫でしょうか、あの男の人。店員さんに危害を加えないでしょうか」


「彼なら、大丈夫だよ」


 扉にはまった硝子窓から、お二人が笑顔で談笑しているのが見えました。どうやら彼女は、あの時の家出少年のことを覚えていたみたいですね。目の前のおじさんが、その彼だとは思いもしないでしょうけれど。


 盗賊のお兄さんが、お店から出てきました。彼女は疲れたから休むそうです。


 本当に、今まで……お世話になりました。貴女から購入した花飾りは、今でも私の記憶の中の宝物です。私が王子に捧げた花たちも、綺麗に加工してくださったと聞きまして、とても嬉しかったです。


 ……ふふ、私はお人形のふりをしていましたから、彼女にお別れの言葉を贈ることは、できませんでした。だから猫さんが、彼女の代わりです。猫さん、いつもありがとうございます。


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