第28話   王子が信頼なさるなら……

「終わったのか?」


 エルフの長老様が、様子を見に来てくださいました。ちょうど、花屋さんから、お兄さんが歩いて戻ってきた頃です。


 王子が、はいと返事をしました。


 そして、こうも言いました。


「僕は今まで、国民一人一人を、本当に機能が停止するまでずっと見守ってきました。ですが、その作業を省略することにします」


「ふーん、それはまた、どうしてじゃ」


「あなた方を、信じていますので。これまでのどの作業でも、丁寧に国民を扱ってくださったことと思われます。今までの僕は、全員が僕の監視のもとしっかりと眠ってくれるまで、心配で気がかりで、気に病んでいましたが、それも今日で終わりです」


 王子は、そう言ってお兄さんを見上げました。


 お兄さんは、気まずげに視線を逸らします。


 この二人のやりとりだけで、エルフの長老様は、だいたいをお察しになったようです。にっこりと、破顔なさいました。



 王子には、私よりも人を見る目があるのかもしれません……そう思い始めた時、何やらエルフ三人組のもめている声が聞こえてきました。


 本当に、人騒がせな人たちですね、いや、エルフ達ですね。せっかく、朗らかで優しい空気に包まれていたと言うのに、結構本気で言い合いになっていて、また空気がピリピリし始めます。


「これこれ、今度は何を揉めておるのじゃ」


 エルフの長老様が、喧嘩の仲裁に入りました。王子と私と、ついでにお兄さんも同行しました。


 言い訳の口火を切ったのは、白銀のローヴのエルフでした。彼は、呪文の詠唱は省略せずにしっかり唱えるべきだと訴えてきました。物事には手順と言うものがあり、例えば強力な精霊と契約をして魔法を使うことができるようになった場合は、呪文の詠唱が契約成立の証立てになります。どなたかの魔法を受け継いだ場合は、魔法を開発した先代の研究者に敬意を込めて、先代の人柄や功績を表した文句を唱えたり、またあるいは、どのような魔法を使うかを大声で宣言することがマナーとなっている場合もあります。


 なので、省略すると言うのは、じつは色々と失礼であり、怠け者だったり、堕落することにあまり抵抗がない者に見られる傾向なのです。


 え? なんですか猫さん、その目は。


 ……はい、かく言う私も、省略しております。ですがね、猫さん! 私は魔法を使うために精霊と契約をする、というやり方はしておりません。私自身が元から魔法が使えるので。それに、私の使う魔法は、私自身が生み出したものなので、先代と言う存在にあまり敬意は込めておりません。祖父の事は、それなりに尊敬はしておりましたが、彼は私のそそっかしい性格を心配して、あまり魔法を教えてくれませんでした。ですから私が使う魔法は、ほとんどが独学なのです。


 妖精の中で、独自の魔法を生み出せる者は、めったにいませんよ。こう見えて私は、歴代に並ぶ才女なのです。


 ……話が脱線しましたね。エルフの三人組がもめている理由が、大体は把握できたと思います。手順を踏むべきだと訴える一人と、必ずしもそうせねばならないと決めるのはおかしいと訴える武装したエルフと、そもそも魔法が不得意だから使わない、と言う旅人風のエルフが、結論の出ない言い合いをしておりました。


 私が驚いたのは、旅人風の格好をしたエルフが、魔法の不得意なことです。珍しいことですよ、エルフと言えば魔法、と言われても過言ではないぐらい、魔力の高い種族なのに。


 ともあれ、今はそんなことを話している場合ではありませんよね。エルフの長老様からも、作業は終わったのかと念を入れられ、三人はしぶしぶ散り散りになりました。


 さすがの王子も、彼らの事は信用できないのでは……そう思いながら、私は鳥籠の中から王子を見上げました。


 あ、花屋のお姉さんには申し訳なかったのですが、さすがに瘴気にまみれて枯れ果てた花を、鳥籠にくっつけているわけにはいかなかったので、ここまで来る間に、王子が引き抜いて捨ててしまいました。本当に申し訳ないことです、しかし、瘴気に弱い妖精の私に、あの花に囲まれて長時間過ごす事は、命に関わりました。やむを得なかったのです……。


 鳥籠の中から見上げた彼の顔は、不思議と険しいものではありませんでした。私はさりげなく、エルフのお兄さんたちは信用ならないのでは、と小声で尋ねると、


「そんな事はないよ。彼らは人間の友達がいたそうだし、その友達を見送ることに疲れて、この森に逃げてきたエルフだから、人の生死を、とても繊細に思ってくれてるはずだよ」


 ……どう思いますか、猫さん。


 そうなのです、あの三人組が、嫌がらずに手伝ってくれていること自体が、信用に値するに充分だったのです。


 私はあらゆる魔法を発明する才女かもしれませんが、王子には敵いません。


 そして、王子にならば負けても構いません。



 さてさて、信用たる仲間も増えて、王子がこの国をきれいに折りたたむ速度も上がったわけです。私的には、王子には一刻も早く豊かで健康的で、朗らかな土地に引っ越してもらいたいと思っていましたから、この傾向は良いものとして捉えていました。


 王子のお気持ちまでは、正確に推し量ることはできませんが、私はまた明るく元気な王子に再会したいと願っていました。そしてそれは、この土地でずっと辛い作業に勤しむ限りは、叶わないのだと思いました。


 私にはもう、王子しかいません。彼の健康が、私の願いであり、全てです。


 今こうして、ヘルシーかつ、人間にも食べられそうなお料理を練習しているのは、いつかお戻りになる王子に、振る舞って差し上げたいからです。


 そして、贅沢を言うならば、喜んでもらいたいです。貴方の笑顔が、私の一番なんですから。


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