第五章

第43話   王妃様への献上品探し

 さてさて、親子ゲンカ真っ最中の王子に案内されて、お城の中を遠回りしながら、だんだんと王様の私室へと近づいていきました。


「王子、お体は大丈夫なんですか? お辛ければ、王妃様からのお願い事は、その……適当にごまかして、機能停止を優先してしまうという荒業が、ございますけど……」


「うん……今のところ、平気だよ。昨日吐いたせいか、今日はよく眠れたんだ」


「え」


「朝ごはんもちゃんと食べたよ。昼も食べられると思う」


 吐いたら体内の瘴気が減るんですかね……。王子の体にエルフ族の血が混じっているせいでしょうか、普通の人間よりも、多少は人外的な無茶が効くようですね。ですが、王子がここにいれば吐いてばかりになってしまって、どっちみち弱ってしまいます。


 やはり、この国をなんとかしませんと。王子がまだ、お元気なうちに……。


「王子、エルフさん達に会ったら、この状況をどう説明しましょう」


「……お城はとても広いから、鉢合わせは避けられると思うけど、長老様あたりは、僕がここに入り込んでいることを良く思わなくて、絶対に帰らせようとしてくるだろうなぁ。僕が何を言っても、厳しくて優しいエルフだから、きっと容赦なく窓から放り出されると思うよ」


「はあ」


「だから、言い訳してる暇はないだろうね。いっそ言い訳なんて考えないでいいまであるや」


 王子って、妖精の私よりも、エルフの長老様に詳しいんですよね。私の記憶から抜けているだけかもしれませんが、もしかしたら王子は、私が思っているよりずっと、長老様と親しい間柄だったのかもしれませんね。


 はい、ここまでのお話の内容を整理しますと、王子と私の目標は、王妃様を機能停止させる前に、王様との思い出の品を持っていってあげる事です。王子の体調を気遣いながら無理のない範囲で、そしてくれぐれもエルフさん達と会わないよう祈りながら。王子曰く、王様はなんだか相当おかしくなっているご様子ですので、王様にも気をつけながら行動することになりました。


「ねえイセラ、思い出の品なんて、その辺の小物をピカピカに磨いて渡せば、満足してくれるよ」


「なんですか! 実のお母様の扱いが適当ですよ! そういうのは良くないです。私も祖父とは全くウマが合わないですけど、それでも適当に扱って良い相手とは思っていませんよ。絶対適当に扱ったって気づかれますもの。ここまで来たら、良い品をお選びしましょう」


「あ、お爺さんがいたんだ。きみの家族構成、よく知らないんだよね」


「はぐらかさないでください! もう、王妃様に物資を献上するのは、この私なんですから、適当な物を持って行ったら私が怒られてしまうでしょ? それに、なにより、王妃様の最期を美しく飾るためにも、誠心誠意、王様の私物をお渡しいたしましょう!」


 王様の私物を探す無難な場所と言えば、やっぱり王様の私室ですよね。


「イセラ、危ないと思ったら、すぐに逃げてね。僕じゃとても庇えないと思うんだ」


「え?」


「読めない動きをするから、僕の魔法も当てられないと思う」


 ……どういう動きをされるのやら。その動きがなかったら、王子は魔法をぶつけていたのでしょうか。



 王子の放つ「嫌だなぁ〜」という雰囲気のせいか、どのようなルートで王様の私室まで移動できたのか、ほとんど覚えていませんでしたね……。


「あれ? ここなんだけど……扉がえらいことになってる」


 なんという事でしょうか、むしろ今までの流れが順調すぎたのですかね……扉がグシャアッて折れ曲がるようにひしゃげていました。


 これまで、窓ガラスが割れて無くなったり、壁が所々欠けているところがありましたけれど、こんなにド派手に破壊されている箇所は、今までありませんでした。


 恐る恐る、部屋の中に視界のピントを合わせていきます。


「……お部屋の中も、ぐちゃぐちゃですね」


 瘴気に染まったお部屋は、王妃様のお部屋と同じくらい、汚れてしまっていました。それに、なんでしょうかコレは、壁に傷が、数えきれません。これは引っ掻き傷でしょうか? でも、人間の指ってこんなに深々と、何かに引っ掛けられるもんなんですかね。それに、指と指の感覚がとても離れているんです。


 手の形が、大きすぎます。


 この散乱している家具類も、斧などの刃物ではなくて、こう、力任せにへし曲げたというか、そのせいで家具の木の繊維の飛び出しっぷりが、元気に上向いててぼさぼさで……つい最近になって、大きなおサルさんっぽい化け物が入ってきて、大暴れしながら王様を連れ去ったんでしょうか? 


「父上、どこ行っちゃったんだろう」


 そうなんですよね、王様が、いらっしゃいません、よね……?


「たしかに父上をぐるぐる巻きにして、部屋に押し込めたのに」


 王子が焦燥したお顔で、立派なお部屋の惨劇を、眉をひそめて眺めていました。王様の私室は執務室も兼ねており、王妃様のお部屋よりも二つ分ほど広かったのですが、めちゃくちゃにひっくり返された家具類のせいか、とても狭く見えましたね。


 舞踏会にも使う広場とか、国の主要人物を呼ぶための大きな会議室など、一応はこのお城にも存在してはいるのですが、王子はそれらが使用されている機会を、見たことがないそうです。


 王子がお産まれになった頃から、王様はあんまり外の世界の人間と交流しなくなってしまったのでしょうか。今となっては、わかりません。


 お部屋の有り様と、なぜかご不在の王様には大変面食らいましたけれど、優先されるのは王妃様への献上品です。お探しいたしましょう。


「王子、花屋のお姉さんみたいに、結婚指輪みたいな、二人だけの共通の思い出の品なんてどうでしょう! ロマンチックです」


「指輪は本人がはめてるだろうから、見つからないと思うよ。他の候補は、う〜ん……僕、あんまり父上のこと、よく知らないんだ」


「そうなんですか? では、一から地道に探しましょう!」


 王妃様の喜ぶ反応が見られるんなら、物騒な光景も不気味な景色も、なんのそのです! でもですよ猫さん、私はしょせん赤の他人、いえ、赤の妖精ですのでね、王様と王妃様に共通する宝物って言ったら、この王子ひとしか見つけられないんですよね。他の宝物は、やっぱり王子のお眼鏡に頼らないと、適当なガラクタをお渡ししてしまう事態になってしまいます。


 気乗りのしなさそうな王子をせっついて、地道に探していると、


「うわぁ、本棚も横転してるよ。散らばった本の中に、母上が好きそうな種類とか、あるかな」


 やる気がないにも程が……。ご両親への思いがすっかり変化してしまった王子の、雑な手つきで本を漁る後ろ姿に、私はただただおろおろしておりました。


「ん? イセラ、こんなの見つけたよ」


「はい? ……王様の、日記みたいですね」


 表紙の革が虫に喰われてぼろぼろになった、分厚い書物でした。付箋ふせんらしき物もたくさん挟んであって、どうにも日常を徒然なるままに書き綴ったようには、見えなかったんですよね。


 私は清廉潔白な光の乙女なので、日記の中身が気になっても、覗き見るなんてことしませんよ? でも王子がなんの躊躇いもなくページを開いて、私にも読みやすいように角度を調整してくれましたので、内容を把握することができました。


 朽ちていて読めないページも多く、また、何かの研究結果を記したらしき、解読不能な文面も多かったですが、王子と二人がかりで、なんとか王様の抱える苦悩を拾い集めることができました。


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