第44話 王様の日記
王様の日記の内容を、まとめてみました。
初めは、この街を作ってよかった、とか、国を作ってみた、とか。近隣の森のエルフと揉めに揉め、身内贔屓を使ってなんとか許してもらった、とか。
そうなのです、王子のお父様は、長老様の遠ーい子孫だったのです。エルフと人間のハーフで、寿命が人よりもかなり長いお人だったようです。二百歳の誕生日を迎えた、との記事がありました。
初めは、生身の人間の同士も多く、王様の国に理解を示して、支えてくれていたそうですが、やはり、寿命という別れが……王様はとても寂しがりやな御方でした。同士と別れるたびに、何ページにも渡ってお嘆きになっているのです。
日記には、他にもいろいろな理由で別れてしまった人間たちの詳細が、ありました。いつの間にか王様の日記帳は、今日の思い出を綴る物ではなく、過ぎ去った日々を懐かしみ、心を蝕む悪夢の記載へと、変貌していたのです。
王様は絶対に自分を捨てない、去らない、不死身の国民を求めました。そのページ以降から、怪しい実験の記録が格段に増えていきましたね。各地から、亡くなって時間の浅いご遺体をお金でゆずってもらい、ときには盗みだし、ゴーレムに変えて、自らの国民へと生まれ変わらせました。いえ……改造したんです。人でもなく、記憶もなく、ただ与えられた仕事を休まず真面目に取り組む、人形にしたんです。
全ては、自分が置いていかれないために。大切にするから、大切にしてほしいという、見返りを追い求めるあまりの狂気です。
これに幻滅しないのが、王妃様のすごいところです。おそらく、以前から王様は少々おかしかったんでしょうね。どんな事をしでかそうとも、王妃様はいつでもにこにこ、どんどん狂気に染まってゆく王様の背中を、心を、支え続けました。
もしも私だったら……王子がどこかのご遺体を改造して使役したいと言い出したら、大ゲンカの末、別れますね、さすがに。瘴気まみれの今ですら倒れそうなのに、これ以上おぞましい事を自発的にやらかさないでほしいです。
王様は、いつか王妃様とも別れてしまうのではないかと、とてつもなく心配していました。ほんの些細な言い争いにも、彼女に捨てられる原因になるのではないかと心配して、夜も眠れなくなる始末。
王様にとって、ここは誰も自分を置いていかない国、そして、最愛の女性も息子すらも、自分を捨てていかない、永遠の愛の国に……いつしか王様の孤独は、ますますの狂気を帯びていきました。
最後のほうには、王子と王妃様を、殺害するための企みを……。
「この日記、初めて見たよ。父上の部屋には、僕もあんまり入れてもらったことがなくて。入れてもらっても、部屋の物を眺めているだけなのに『絶対触るなよ!!』って、何度も怒られるから、そのうち全く行かなくなったんだ。最後に入ったのは、それこそ父上を縛って部屋に閉じ込めた時だよ」
「王子は、王様相手だと容赦ないですよね」
「手加減なんて、できる相手じゃなかったんだよ」
……。王様は、王子もゴーレムにしたかったんですものね……とても理解し難い感情です。
「ねえイセラ」
「あ、はい」
王子は日記帳をボンッと燃やしてしまいました。びっくりしましたね。焦げた紙片が、ひらひらと王子の足元に落ちてゆきます。王子の、輝く黄金の双眸が、氷のように鋭く険しくなって、足元の紙片をグリグリと踏みつけました。
「記憶を失う前のきみは、僕といろんな悩みや状況を共有してくれてたんだけど、それは僕が幼かったから、不安なあまりにきみにばかり相談していたせいだった」
「それは自然なことじゃないですか? だって、王子以外で唯一の人間であるのが、王様なんですもの、その王様を除けば、生身の妖精である私にしか話せないことは多かったと思います」
「その……今のきみにも、説明していいものやら……かなり怖い内容だから、言わないほうがいいかな」
「何でも話してください。私は以前の自分に、負けたくないですから」
まるで私自身のためのように言いましたけれど、本当は少しでも話して王子の気が軽くなればと、そう思っていたんです。
「人間の心では、不相応に長く生きた証に、精神が耐えられない……そういうふうにできてるんだって、エルフの長老様から聞いたことがある」
倒れた豪華な椅子の、足が一本折れているのを、王子がまたいで歩きます。
「僕は父上が崩壊していく姿を、ずっと傍らで見てきた……いや、ちがう、幼すぎて、見ていることしかできなかったんだ」
割れた窓から、湿った冷風が入ってきました。王子は金色の髪を耳にかけ、剥がされた壁紙を、ぼんやりと一瞥しました。
「母上が殺されて、ゴーレムにされてゆくのを」
私は黙って、追従しておりました。
「あれは幼少期に見た、悪い夢だと思いたかったよ。母上はいつも通りに振る舞ってたし……でも、その体はとても堅くて、僕は母上に抱きつくのが怖くなったんだ……」
簡単には持ち上がらなさそうな、装飾の立派な机が足を天井に向けていました。おびただしい量の書類だった残骸が、湿って黒ずみ、同じく黒ずんだ絨毯と一体化していました。
「でも、いつしか、それは当たり前に。母上は、僕が生まれたときからずっと堅い。そう思い込んで過ごしてた」
王子は靴先で紙の束をめくり上げて、読めそうにない状況を確認、すぐに足を引っ込めました。
「人間は、僕と父上だけだった」
書類を踏みつけて、さらに奥へ。重要な書類も多かったことでしょうに、王様は、今どこでどのような状態にあるのでしょうか。
「父上は僕を愛してくれた……けど、やっぱり本物の母上と一緒じゃなきゃ、父上は耐えられなかったんだと思う」
壁際に、飾り棚が。これは無事のようですが、よく見たら開閉できるガラス扉が、絨毯の上をキラキラに散らかしていました……。
「ある日、包丁持った父上に、追いかけられた……」
王子が飾り棚の前へ。棚に置いてある小さな額縁に両手を伸ばして、ゆっくりと目の前に。
「そして、我に返った父上に謝られた……それが二年くらい、続いたんだ」
「そ、そんな記憶、私にはありませんが」
「無くてよかったよ。きみだって、いつも僕といたわけじゃないから、いつも一緒に追いかけられてたわけじゃない」
「追いかけられてたんですね、私も……」
額縁の中には、どなたかが描かれていたのでしょう。黒ずみ、色褪せ、性別すらわかりません。紙もぶよぶよに湿気ってます。
「私が硝子の棺の中に入ったのは……あなたと苦しい日々を共にしたからなんですね。このままじゃあなたと、あなたの大事な世界を、守れないと悟ったから」
「きみはいつだって、自分にできることを最大限にやってくれてたね……弱い僕はいつも、きみの後ろに隠れてるだけで……」
「そんなことありません! 王子はお強いです。今ここで、悲劇に向き合っているじゃないですか。もういいんですよ、私にもご両親にも、これ以上償わなくていいんです! ここを離れましょう、みんなの大事なあなたが、人として、健康に生きていくために! 今ここはその足枷となっています!」
他の額縁も、王子は手に取り、確認していきますが、残念ながら王妃様が喜ばれそうな状態ではありませんでした。王様の肖像画とか、ご夫婦が並んで描かれていたり、親子三人で描いてもらったりとか……全部瘴気に侵されていて、そもそも家族を描いていた物かもわかりませんでした。
「王子、王様の向かった先に、心当たりはありませんか? 王様の機能停止も、私が請け負います」
「心当たりは、特にないけど。やっぱり、会わないほうがいいよ。父上を縛っていた銀の鎖が、部屋中に散らばっているんだ。父上の腕力に負けて、弾け飛んだんだと思う」
なんと、王子は王妃様へのプレゼントを探す傍ら、部屋の様子を観察していたのです。私も言われるまで、部屋に点在する鎖の輪に気づきませんでした。以前、王子が国を封鎖するために使っていた、あの銀のごつい鎖と同じに見えました。
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