第45話   小屋の窓から見える景色

 ドドンッと部屋全体が揺れるほどの振動が……私は王子と、顔を見合わせてしまいました。


「……父上、かな。どうやってこの部屋を抜け出したのかわからないけど、僕ときみを見かけたら、襲ってくるかもしれない」


「王様は私のこともゴーレムにしたいんでしょうか」


「それはわからないけど、絶対に見つからないほうがいい。だって、父上は……」


 王子が言うには、そもそも私が王様から追いかけられていた理由が、この国の異変に、王子と共に気がついたからでした。記憶を失う前の私は、王子以外の全てが人形であり、そして多くの人形から瘴気が漏れ出ているから修理が必要であると、王子に話したそうです。


 王子も薄々気づいており、迷った末に王様に相談したそうです。その際、一人では怖いので、私に同伴を頼んだのだそうです。


 はじめのうちは、王様は相手にしてくれなかったそうですが、王子は募る不安から、折を見ては話し合いを持ちかけました。私も必ず同伴しておりました。だんだん王様の態度が荒々しいものに変わり、やがて王子と口論するように……。


 瘴気がいよいよ目立ってくるようになると、王子は覚悟を決めました。


『この話し合いを最後にするよ。今度こそ、この国に何が起きたのかを聞き出さないと。僕はこの国を継ぐ王子なんだからね』


 しかし、その日が親子最後の口論の日となりました。私は王子とともに、刃物を持った王様に追いかけられて、王子と私で反撃し、何とか王様をお部屋へ閉じ込めることに成功したそうです。


「え? 私も王様と戦ったんですか?」


「僕は今日まで一度も、人間に向けて魔法を撃った事はないよ」


「私が撃ったんですか!?」


「うん。びっくりしたけど、おかげで僕もきみもゴーレムにされずに済んだよ。父上を部屋に閉じ込めちゃったけれど、だからってきみに対して嫌な思いは抱いてないからね。むしろ感謝してるよ」


 私は今も、王様を部屋へ閉じ込めた時の記憶がありません。いったい何発撃ち込んだのか覚えていません。銀の鎖でぐるぐる巻きにしたことも覚えていません。しかし当時の私は、王子を殺害されそうになって頭に血が上ったんでしょうね、容赦なく戦ったんだと思います。


 ……気がつきましたか? 猫さん。そうなんです、王様はあの日からずっと、この部屋に軟禁されていたことになりますが……何年間ここにいたのかはわからないんです。


 しかし、部屋を抜け出した後で、城中の銀盤の仕掛けを増やせる時間が確保できたという事は、王様は結構前から脱走していたことになりませんか? あの銀盤を作るために、どれほどの年月がかかるのか私は詳しくないんですが、ぱぱっと作ることができないのは確かです。



 ともかく、お部屋に王様がいないという事実は、我々にとって朗報とは言えませんでした。王妃様の見た目が恐ろしいほど朽ちてしまっているのでしたら、たぶん王様も……。


 王子は、王妃様のあのお姿を、目撃されたのでしょうか? ならば、きっとショックを受けたはずです。それなのに、しっかりとした足取りなのは、かなり不思議でした。


「ねえイセラ」


「あ、はい」


 王子が、傍らを飛行する私を見つめました。


「きみが今ここにいてくれて、本当によかったよ」


「そ、そうですか。それは、よかったです」


「うん。本当にありがとう」


 王子は優しく笑っていましたが、私は、気づいてしまいました。王子はショックを受けていたのです。当然ですよね、私だって王子や知人があのような姿になっていたら、気絶します。しませんでしたけど。


 肉親である王子にとっては、大変な衝撃だったはず、でも、部屋には他に、私がいたんです。私を驚かせないために、王子は叫ぶことも泣くことも我慢して、私の隣を歩き続けていたのです。従者である私に、格好悪い姿を見せないために……。


 私は今度こそ、王子のそばを離れまいと、固く固く、固く決意いたしました。


 え? なんですか、猫さん……はい、そうですね、現在の私は、ここに独りです……。



 ……今日は、どうしますか猫さん。


 少し、話しすぎてしまいましたね、お外はもう夕焼けです。いつの間にか雨も止んでますけど、まだ少し寒いですね。


 今日も泊まっていきますか? そうしたら、続きを一気にお話できますよ。


 ……ありがとうございます。ああ、お腹減りましたよね。お夕飯にしましょうか。


 あ、そうだ、夕飯の前に。


 はーい、抱っこしまーす。


 見えますか? 猫さん。日は傾きましたけど、この窓から見える景色は格別でしょう。家々は骨組みや土台を残して崩れてしまいましたし、夕日を背にそそり建つ古ぼけたお城が、とっても幽玄で……物悲しい気持ちになりますね。


 ならば、引っ越せばいいとお思いでしょう。


 あと数年、もう二年ほどだけでいいんです、もう少しだけ王子を持ち続けていたいんです。


 王子は私が硝子の棺の中から起きなくても、大事な記憶がところどころ戻らなくても、私を許し、待っていてくれていたのですから。それと比べたら、私のこの数年間なんて短いものです。待ってる間に、色々と人間の生活の勉強もして、有意義でした。この時間は決して無駄ではありません。


 私は毎朝、この大きな窓から「おはようございます」って、皆さんに挨拶するんですよ。すでに皆さんの魂は、空へと解き放たれているんですが、私はここから見えるあの国を、皆さんの魂を偲ぶ聖なる墓地だと思って、大切にしています。


 え? 今から猫さんも城下町を歩きたい、ですって?? あの、もうすぐ空が真っ暗になりますけど……それでもいいなら、少し歩いてみましょうか。私とは別のエインセルさんが浄化してくれましたので、瘴気はもう無いんですけど、あなたの肉球で割れたガラスなどを踏むと本当に危ないですから、私が抱っこして歩きましょう。


 ……なんだか、思ったより日が落ちるのが早かったですね。やっぱり、明るくなってから向かいましょうか。


 その方が、もっときれいにお城が見えますよ。


 今夜は屋根に登って、星座をたくさん眺めましょう。瘴気がひどかったときは、空はいつも曇っていて、星座なんて見えなかったんですよね〜。


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