第46話   銀盤が障害物になってますよ

 おはようございます、猫さん。


 屋根の上での星座観察、できなくて残念でしたね。昨日はお昼過ぎまで雨が降っていたせいで、屋根がベタベタで座れませんでしたね。


 その代わりに、クラッカーの上にいろいろ載せたお夜食を、食べ比べましたね。以前エルフさんから頂いた、あのパンのようなクラッカーのような食べ物に、ちょっと賞味期限に自信がなくなってきた保存食を載せまして、一気に食べて処理……いえ、おいしかったですよね、ね? 猫さん。


 それでは、昨日に食べきれなかった残り物……ではなくて、朝ごはんも食べたことですし、今日はよく晴れていますから、さっそく出発しましょう。朝から肌寒いので、抱っこして行きますよ〜。


 あら、真夜中にも雨が降ったんでしょうかねぇ、玄関が雨粒でキラキラしていて、朝日に輝いていて綺麗ですね。


 ここから見えるあの城下町が、活気に満ちていた頃を猫さんに見せてあげることができたら、いいんですけどね。本当にきれいな街だったんですよ。今もたまに、夢に見てしまうくらいに。


 今は、若草色の小さな草花が街を覆い尽くしていますね。この緑も、瘴気まみれだったあの日々を思えば、なんと美しくかわいらしい光景でしょうか。もう土台しか残っていないので、どこにどんなお店や建物があったのか、その名残すら見当たらないんですが、この辺には、パン屋さんがあったんですよ。国の周辺地域にある畑には、何でも実ってて、今思えば、それも魔法だったんでしょうね……。王様の魔力量、底無しです。


 今日はあのお城の前まで、お散歩しましょうか。中まで入るのはやめておきましょう。足場が悪いですし、もしかしたら今日が倒壊してしまう当日なのかもしれませんから。


 お城に着くまで、昨日のお話の続きでも聞いていってくださいね。



 さてさて、物語も終わりに近づいてきましたよ。謎のドゴーンッという怪音は、その後も頻発。その都度、お城が揺れました。


 今思えば、あの時の振動こそが、頑丈だったお城が崩れ始めた原因となったんでしょう。


 私は、ある異変を思い出して、王子を見上げました。


「王子、お城を仕切っている銀盤の数が、以前よりもとても多くなっていたんです。間違いありません、私は頻繁にお城を出入りしていましたから覚えているんです。瘴気をまとう前と今では、銀盤の数が三倍ほど増えているように感じました」


「あれは、エルフの里で採れる銀を使ってるんだよ。あの銀盤の仕掛けを製作できるのは、エルフ族の職人か、父上だけだと思う」


「職人さんが作るような作品、ならばやはり、王様がこの部屋を脱出したのは最近のことではないようです。工作する時間が要りますから」


 王子も、私が硝子の棺に入って以降は、王様の部屋どころか、お城にも立ち寄っていなかったと、おっしゃいました。いったい何年前から、王子はあの小屋でお過ごしになっていたのでしょう……人形の皆さんが怖くて、お城に戻れなかったのかもしれません。


「王子、さっきからずっと聞こえるこのドッカンドッカンいう音は、エルフさん達かもしれません。製作者の王様なら、こんなに大きな音を立てて破壊しながら通らなくても、すんなりと仕掛けを解除していきそうですから」


「ああ、そうかもしれないね、エルフさん達かも」


 鍵を破壊するエルフさんがいますもんね。


「あ、そうですよ王子! 王様は愛するモノ全てを末永く手元に置いておきたいお方です。大事な王妃様がいるお城で、ドッカンドッカンやっている音を聞いてしまったら、王様はそちらに向かわれるかもしれません。エルフさん達が王様と鉢合わせして、戦ってしまうのも時間の問題かと」


「わ、それは大変だ、急ごう。今度こそ父上を機能停止させないと。誰かが怪我する前に」


 さあ、大変です! エルフの中にはめちゃくちゃガサツなヤツがいるのです。人間さんに対して特に思いやりも足りてませんし、瘴気のせいで故郷の森が汚染された件で、恨みつらみもたっぷりでしょう。王様に罵詈雑言と魔法をぶつけて、破壊してしまうかもしれません。


 ただでさえ王妃様も恐ろしい外見になってしまったのです、この上、王様が粉々の木片になってしまったら、この国の最期があまりにもひどくないですか!?


 私は王族に仕える光の乙女、エインセル!! 王子のご両親には敬意を表し、御崩御されるとあれば、その最期を山のような花で飾って、国民一同、皆様でお見送りせねばならないのです、それが、それが……絶対にエルフ族にめちゃくちゃに破壊されて良いご遺体ではないのです!


 それなのに王子ときたら、


「ああそうだ、長老様がいるじゃないか。僕ときみじゃ父上を完全には停止できなかったし、この際、長老様に代わりに破壊してもらおう」


「なんてことおっしゃるんですか! あなたはこの土地を去るその日まで王族らしく、きっちりと務めを果たしてください! ご両親を極力丁寧に、送りましょう」


「……ハハ、妖精のきみの方が、僕より心構えができてるんだね」


 王子は力なく笑いました。


「きみの言う通りだ。最後まで全力で、両親と向き合うよ。このまま人形扱いして雑に扱ってたら、それはそれできっと後悔しそうだ」


「きっとではありません、絶対にです!!」


 え? なんですか、猫さん。私の両親ですか? 生きてますよ。かなり大きな国の王族に仕えております。今どこにいるのか、見当ぐらいしか付きませんけど、私は身内の妖精全員から縁を切られていますし、王子は天涯孤独の身となってしまいましたから、互いに覚悟が固まっていたんだと思います。


 エルフの皆様がとんでもない行動に移る前に、彼らと合流いたしませんと!!


 私と王子は、絶え間なく聞こえるドゴーンッという音を頼りに、エルフさん達との合流を目指しました。


 え? 妖精の私に瘴気は平気だったのかって?


 羽も手足も、輝くような金色の髪も、真っ黒に染まっていました。王子が何度も、大丈夫なのかと案じてくれましたが、私もここで引き下がるわけにもいかないので、


「全然平気です!」


 と、無理して笑ってみせるしかありませんでした。


 この決断が、今日まで後遺症が残る原因になってしまうのですが、それでも、今でも後悔は抱いていません。



 はい、お城は銀盤だらけで、スムーズに進めませんでした。


「ぬおおおー!!」


「イ、イセラ! まどろっこしく思うのはわかるけど体当たりしちゃ危ないよ!」


 ぶつかる寸前のところで王子に鷲掴みされて阻止されましたが、私を大砲で撃ち落とした張本人が、危ないからと止めるのは少しおかしな話ですよね。


「あ、イセライセラ、こっちの廊下の銀盤の壁が、壊れて倒れてるよ。きっと長老様たちだよ。行ってみよう」


 そう言われましたので、私は従いましたとも。破壊された銀盤をいくつもたどって進んでいくと……また元の位置に戻ってしまいました。


「あ……長老様たち、同じ道を一周しちゃったのか」


 お城は、わざと迷路のような造りになっているそうですよ。ですから、猫さんも暇だからとお城に入った途端、二度と外に出られなくなったりして……ふふふ、猫さんくらい小柄だったら、どこからでも出入りできますよ。窓も多いですから、いつでも外に飛び出せるでしょう。


 エルフさん達はめったにお城に参上しませんでしたから、お城内部を全て把握できるわけがありませんよね。またまた破壊された銀盤をいくつか発見して、たどってみましたが、どうやら彼らも迷子になっているようです。これは別の意味でも早急に合流しませんと、お城内部の仕切りという仕切りを、魔法で取っ払われてしまうかもしれません。そうなっては、柱も壁も壊されてしまっているでしょうから、お城が倒壊して我々はぺっちゃんこになるでしょう。


 恐ろしい想像に私がゾゾ〜ッとなっていると、後方からドッタドッタと引きずるような足音が、聞こえてきました。


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