第47話 王様の最期
きっとエルフの皆様だと、思いたかったですとも……。王子から、言い逃れのできない違和感を告げられるまでは。
「イセラ、足音が一人分だけだよ。かなり重たい体を引きずってるような足取りだ。エルフさん達じゃないよ」
「で、では、あの、どちら様なんでしょうか……」
私の知り合いに、こんな足音の主はいません。恐る恐る振り向いて見ると、廊下の曲がり角から現れたのは、頭部が丸ごとゴロリと取れた巨人でした。首から上のパーツが、瘴気で腐り落ちてしまっていたんです。
そのまま首の後ろの稼働用パーツも取れちゃってたら良かったんですけど、ああして動いているということは、まだ王様の体部分にしっかりと収まっている証拠です……。
王様と判かる服装は、一糸残らず朽ちており、木造ボディは瘴気で真っ黒に。犬の首輪のように王冠が引っかかっていて、稼働パーツがよく見えません。どうしてこんなに体が膨張してしまっているのでしょうか、脇腹や背中の繊維が裂けて穴があいています。
なによりも恐ろしいのは、その手足の爪でした。左右非対称に長く伸びた細い手足から、一本一本が伸びっぱなしの枝葉のように、硬そうな爪が生えているんです。ゴツゴツしていて、引っ掻かれたら無事では済まなそうでした。
ちなみに、私が悲鳴をあげずに済んだのは、王子が私をガシッと鷲掴みして物陰に隠れたからでした。その物陰というのが、よりにもよって不気味な甲冑の飾りという……いえ、贅沢は言っていられません。とっさの判断で選ばれた場所ですもの、丸見えではないかとか、いろいろ心配ですが我々も置物のふりをして動かないでおきましょう。
……ああ、なんというタイミングの悪さでしょう。さんざん迷子になって合流叶わなかったエルフさん達が、よりにもよってこの場に全員集合してしまいました。
甲冑の後ろに隠れていた私と王子とも、無言で目が合います。もちろん、廊下の奥からドッタドッタと歩いてくるバケモノの姿も、しっかりと捉えられていました。
私と王子は甲冑よりも小さいですから、ぎりぎり隠れることが可能でしたが、エルフのお兄さん達は体がとても大きいです。廊下のどこに移動しようが、しっかりとバケモノさんに目撃されてしまい、耳をつんざくような怪音混じりの男声の絶叫が、廊下の空気をビリビリと震わせました。バケモノの重たい足取りが若干早くなり、しかし足のパーツが壊れているらしく、なかなか距離が縮まりません。
「ああ! なんということだ……」
長老様が目を剥いて膝から崩れ落ちかけました。よろけた細い肩を、銀プレートのエルフさんが支えます。
「長老様、あんな化け物ごとき恐るるに足りません。俺たちに任せてください」
「い、いや、ならん! あれは……あれは――」
長老様は肩を支えるエルフを片手で制して、自力で数歩前へ。
「あれは、ここの王だ!」
悲痛な断言に、私はハッと気付いてしまいました。王子と王様は、長老様の遠い子孫なのです。血の繋がりのある、一族の仲間。この国を造ったときから絶縁関係にあったとしても、長老様の中には、未だ身内であるという認識があったのです。
しかし、名前呼びではなく「王」だと言ったのは、身内への情を抑えつけるためだったと、後から私は察したのです。
え? 後からに決まってるじゃないですか。当時は何がなんだかわからなくて、悲鳴を抑えるだけで精一杯だったんですから。
長老様が、誰も連れずにお一人で前へ出ました。頭部のない王様は、どこから前を見ているのでしょうか長老様に気付くと、ヨタヨタした足取りでしたが真っ直ぐに歩いてきます。
長老様は移動用にまたがって使っていた杖を、手に持っていました。それを高く掲げると、眩く細い雷のようなパチパチが、杖の先端に灯りました。
その後の長老様の詠唱は、記憶して良いものではありませんでした。妖精語で、冷たく、激しく、絶縁を意味する言葉を荒々しい魔法の雷に載せて、放ちました。木造の王様の体に直撃し、しかし瘴気でジメッと湿った体はすぐに火の気配を鎮火させました。白い煙が上がり、だんだんと歩みが遅くなってきましたが、王様は止まりませんでした。長過ぎる両手を柳のように振り上げて、その手の先には枝葉のように伸び切った、爪が――
長老様が悲痛を押し殺したような険しいお顔で、杖を掲げ、二発目の魔法を撃ち放とうとした、そのとき、
一陣の風のごとき素早さで、黒い影が一直線に廊下を突っ切り、王様の肥大化して裂けた背中に魔法陣の描かれたお札をべシリと貼り付けると、お札ごと背中を思いっきり蹴り上げて天井近くまで跳躍しました。
お札が破裂し、王様が轟きを上げながら前方に大転倒。その傍らに着地し、うなじの辺りから細い管状のパーツを、ひょいと引き抜いたのは……職業暗殺者の、あのおじさんでした。
そのあまりの仕事の早さに、まるで黒い影が通り過ぎたかのごとく錯覚してしまいましたね。
おじさんは王子に向かってポーイッと投げてよこしました。
「恨むなよ。俺がここに来たのは、仕事だからだ」
「おじさん……」
誰かの依頼で、この町にずっと潜伏していた、それがこの人です。我々の味方でもなければ、助けになる人でもありません。それは私も、わかっています、わかっていますけれど、背中を爆破されて動かなくなってしまった王様が気の毒で、あっさりとその場を去ろうとしている彼に、少々腹が立ちましたね。
でも、王子が抱いた感想は違うようです。目の前をさっさと通り過ぎようとするおじさんに、こんな声をかけました。
「ありがとう。誰の手も、汚させないでくれて」
「俺の初恋を穢してくれた礼だ」
要するに、王様への個人的な仕返しも兼ねていると……ついでに仕事でお金ももらえちゃうんですから、しっかりなさっていますよね。
「王子も早く城から出ろ。ここは人間が長居していい場所じゃないぞ」
苦しげに咳き込みながら、おじさんは最寄りの窓からダイナミックに外へと脱出していきました。一つ勘違いされているのは、王様を破壊しても、この国は清らかにはならないという点ですね。最後の砦は、王妃様なのですから。
おじさんを見送った後で、長老様が腰砕けになっているご様子に気付いて、大慌ていたしました。私の知る長老様は、いつも朗らかでマイペースで、それ故にしっかりしたお爺さんでしたから。
「滅多なモノでは驚かんようになったと、思い込んでおったわ……」
長老様は、床に倒れ伏して動かなくなっている王様の、転がっていってしまった王冠を拾って、割れて焦げた背中に置いてあげました。頭、ありませんものね……。
「数世紀ぶりに、腰が抜けた」
力なく座り込んでしまった長老様を、エルフのお兄さん達が三人掛かりで抱え上げて、一人の背中に乗せました。残りの二人は、長老様の荷物を持っています。
「王子もここから早く出ろよ。さっきから隣りの妖精が、穢れを肩代わりしてるぞ」
エルフさんに指摘され、王子がギョッとして私を見上げました。最後まで黙っていようと思っていましたのに、エルフさんの余計な一言で。やりづらいことです。
「イ、イセラ……暖炉の煤に突っ込んだみたいになってるよ。きみも、窓から外に――」
「まだ私には、役割が残っております。王様は、いろいろと手遅れでしたけど、王妃様にはまだ、意識がおありですよ」
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