第48話   王子のお母様

 王様のご遺体は、誰にも、どうにもしてあげられませんでしたので、大変心苦しかったですが、そのままに……え? いいえ、今はきちんと埋葬していますよ。全てが解決した後、一週間後くらいにエルフさん達が戻ってきてくださいまして、皆様総出でお外へ運び出して、お城の近くに建てた王妃様と同じお墓に、埋葬いたしました。


 そこにも、後で一緒に行きましょうか、猫さん。



 さて、当時の話に戻りましょう。当時の我々は、まだどなたも埋葬できていませんでした。機能停止したまま、ベッドや平らな所に横たわらせているだけでしたので……。


「王子、残りは王妃様ただお一人です。王様の分まで、いっぱいお話しなさってくださいね」


「母上は、息子の僕が大きくなったことに、気づいてないと思うよ。ある日にさ、母上が椅子から立たなくなって、それからずっと髪を櫛で梳いてたんだ。小さかった僕は、すっかり怖くなって、今日まで母上には会えなかった。だから今の僕を見ても、きっとわからないよ」


「わかりますよ、王子。王妃様は、妖精の私の存在をすんなりとお信じになりましたもの。だから大丈夫です。私に任せてください」


 気乗りのしない王子を励まし続けて、静寂に包まれた二人きりのお城を、歩き続けました。


 王妃様のお部屋は、気のせいもあるでしょうが、とても遠く感じました。いろんな辛いモノを見てきたせいもあるのでしょう、心身ともに疲れていたのだと思います。


「着きましたよ。では、私と一緒に入りましょう」


「ええ? 大丈夫かな……」


「はい、あなたならきっと。もしも困ってしまったときは、私に丸投げしてください」


「どうして、そんなに自信まんまんなのかな……。わかったよ、きみを信じてみるね」


「はい、ぜひ。それでは、私の代わりに扉を開けてください。私の小ささでは難しいので」


 王子は無言でうんうんとうなずいて、扉をノックしました。


「はぁイ

「ああ、妖精サン。どうぞ、入ッテ」


 王妃様の許可が下りました。しかし私一人で人間サイズの扉を開けるためには、魔法で破壊するしかありませんので、王子と一緒に入室いたしました。


「あら……? その男の人ハ、誰ナノ?」


 イスに座ったままで、王妃様が不安そうに小首を傾げています。誰かと対談する時だけ、髪をすく作業が止まるようですね。一日のルーティーンを制御する機能が、ほとんど壊れているのでしょう。そして、そのことに違和感を抱く感覚もなくなっているご様子です。


 私は王子の肩付近へと上昇しました。


「王妃様、じつは先ほど私は王子とぶつかってしまいまして、私の魔法がボンッと暴発! あんなに小さくて可愛らしかった王子様が、大人になってしまいました」


「ええ? ど、どういうコトなの?」


「一日経てば元に戻りますので、ご安心ください。本当に申し訳ありませんでした」


 私は深々と一礼し、お詫びいたしました。隣の王子は、少々狼狽しておりますが、頭の回転は速い人です、必ず私の話に合わせてくれます。


 王妃様もおろおろしていらっしゃいますね。無理もありません。申し訳ございません。


「え、えっと、あなた、オリヴァーなの? そう言ワレタラ、ちょっと面影が、あるような気もスルケレド……」


 ええ〜!? すっかり成長した王子から、すぐに面影を見い出せるだなんて、さすがは親子。五歳くらいだったお子さんが、ちょっと陰気な雰囲気のヒョロッとした男性になって、亜麻色の髪は長く、輝く黄金の双眸は……そうですね、私も成長された王子に初めてお会いした時に、気付けていたら良かったですよね。あの時はわけがわからず、銀の鳥籠の中で大暴れしてましたもんね。もうそんな、はしたない真似はいたしませんけど。


 王子がギクシャクしながら王妃様に一礼しました。


「あの、えっと……オリヴァーです。信じてもらえないかも、しれないけど」


 王妃様は困ったお顔で「はあ……」と、お返事を。まあ、そんな反応になりますよね〜……。


 王子は、なんとか信じてもらおうと、王妃様と彼だけの思い出を、どんどん並べていきました。バイオリンの先生が王妃様で、王妃様のお好きな曲ばかり練習したがっていたこと、一緒にクッキーを作って、危うく王子が全部食べてしまいそうだったこと、猫を飼いたいと駄々をこねたこと、夜は寂しくて必ず王妃様の寝室で寝ていたこと。五歳ですもんね、お一人で広いお部屋で寝るのは、甘えん坊だった王子にはお辛かったのでしょう。


 あ、クッキーは私もつまみ食いしましたね。美味しかったです。


「ふふふ」


 必死な王子の様子に、微笑む王妃様。


「本当にあなたナノネ」


「あ、はい……僕です」


 あんなに必死に説明していた王子が、急にもじもじ。その様子に、王妃様が安堵したように、にっこり。


「よかった、あの人に何かされたんじゃないかって、心配シタワ」


「え?」


「ふふ、なんでもないの。気ニシナイデ」


 王妃様……。王子にだけは手を出さないようにと、王様とお約束していたのでしょうか。


「母上、あの……この妖精から聞いたんですけど、父上は、もう少しだけ作業に時間がかかるみたいで、でも終わったら必ず、必ず母上のもとに顔を見せると、言っていました」


「あの人は、あなたのソノ姿ヲ見たの?」


「あ、いいえ、なんと言われるか、わからなかったので……」


「ふふ、こっちにいらっしゃい、怖カッタワネ」


 王妃様が小さな王子をあやすように、両腕を伸ばしました。


 王子はギョッとして、しどろもどろ。今の王子のご年齢では、不安をママの腕で慰めてもらうのには抵抗があるでしょう。


 でも行きましょうね、王子。だって王妃様にとっては、まだまだ小さな子供なんですもの。


 何かのリハビリみたいに、ギクシャクしながら王子が近付くと、王妃様は座ったままで抱きしめました。


 王子も、おそるおそる王妃様の背中へ腕を回します。


 ……きっと、王子のことですから、最期のお別れの言葉を、胸に用意していたんだと思います。しかし、それが口を突いて出ることはありませんでした。


 王子が、王妃様の首の後ろから、そっとパーツを引き抜いたのが見えました。そして、なんの違和感もなく、自然な動きで王妃様から離れました。


 王妃様はにこにこしていらっしゃいます。お子さんを見守るときの、優しい眼差しでした。


「こんなに不思議なイタズラされちゃっても、まだ妖精さんと一緒にいるナンテ。二人とも、とっても仲良しナノネ」


「あ、はは……」


「よかったわ。この国は大人ばかりダカラ、あなたと対等に遊んでくれるお友達はデキナイのかしらって、心配していたのよ」


 王妃様は、次に私を見つめました。


「妖精さんも、次からは気ヲツケテちょうだいね」


「はい」


「ずっとこの子と、仲良くしてアゲテネ」


「はい、もちろんです」


 私は晴れて王妃様公認の、王子のお友達となりました。なんだか嬉しくてにこにこしていると、王妃様がおもむろに片手を口に添えて、大あくびを。


 お別れの時間が、近づいてまいりました……。最後に王妃様とお話しできて、本当に嬉しかったです。


「母上、お疲れのように見えます。少し寝台で休まれては?」


「アラ、今日は予定がいっぱいナノニ」


「立てないくらい疲れているなら、なおさら休まないと。一日くらいお仕事を休んでも、大丈夫ですよ。みんな普通に働いています」


 眠そうに目をこする王妃様の体を、有無を言わさず、そっと抱え上げる王子。瘴気に腐ってしまった両足が、ボキッと二本とも膝から折れてしまいましたが、王妃様に気にしている様子は全く見られませんでした。


 嬉しそうに、王子の胸に頭を預けています。


「ふふ、好きな妖精さんの前だからって、呼び方マデ変えるナンテ」


「え?」


「イツモハ『お母さん』って呼ぶでしょ? 今日は『母上』だなんて、気取っちゃって」


 王子は一瞬凍りつきましたが、やがて苦笑しながら、天蓋付きのボロボロの寝台へと、歩いていきました。


 王妃様には、誰も敵いません。


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