終章

第52話   フェアリーテイルの終わり

 近付いてくる人物をそのままに、集めた花束をお墓にお供えしていると、


「イセラー!!」


 大手を振って駆け出す彼の声が、懐かしく胸に響きました。


「王子……なのですか?」


 どんどん近くなってゆくその御方は、長かった金色の髪をバッサリと短く刈り上げ、筋肉の付いた健康美な青年でした。明るい色彩の革の鎧に、こすれる着衣を鳴らしながら、分厚い革靴の底で土を蹴り上げ走って、あっという間に私の目の前に到着してしまいました。


 その年相応の美しさと言ったら、しばらく見上げたまま魅入ってしまうほどでした。思わず、そのお顔を手で包んでしまいます。


「まあ! すっかり雄々しくなられて! どなたかと思いました」


「イセラ、待たせてごめん! ただいま!!」


 力いっぱい抱きしめられました……逞しくなられたのに、再会した瞬間、甘えん坊に? どういうことでしょうか。


 王子はゆっくりと、私の体を離しました。そのまま私を観察され、みるみる笑顔が曇っていきます。


「髪の色も目の色も、戻らなかったんだね……」


「はい。でもまあ、特に困ってはいませんよ」


 体も未だに光りませんし、なんなら羽も抜け落ちてしまいましたが、他はこれと言って変化はないですね。飛べなくなったのは痛いですけど……体を浮かせる魔法をどこかで習うことができれば、また飛べる気がいたします。


 王子(すっかり垢抜けて逞しくなった姿)は、私の背中越しに、何かに目を留めました。


「両親のお墓、大切にしてくれたんだね」


「あ、はい……掃除とお花だけ、ですけど」


 しばらく二人並んで、お墓の前に立ってました。王様ご夫妻に、王子の今のご立派な姿をご覧になっていただけて、本当によかったです。


「お城の裏に、国民全員を手厚く埋葬いたしました。エルフの皆様も、エインセルさんもお手伝いしてくださったんですよ」


「僕は、埋葬に参加せずに、途中で抜けたけど……イセラ、きみを信じて、本当に良かった」


「私が旅立てって進言したんですもの、王子に杞憂は残しません」


 風が亡国を一撫でしてゆきました。いい風ですね。寂しかった景色に、王子が戻ってきただけで明るさが一匙加わったかのような……不思議なんです、王子が物理的に輝いているわけではないのに。


「もうきみが、この国に責任なんて感じなくていいんだ。次はきみが、自由に羽ばたく番だよ」


「え? 私は、もう二年はここにいるつもりなのですが」


「僕らがここに戻るのは、年に数回のお墓参りのときだ。きみも、僕の旅に連れて行きたい」


 黄金色の力強い眼差しが、私を暖かく射抜きます。


「あれから、いろんな場所を旅したんだ。山に登って、高いところからこの国を見下ろしてみたり、もう少し遠くまで歩いて、初めて海を見たり……最近だと隣国に捕まって、つい一月前にようやく脱獄できたんだ」


「あの、今、脱獄って」


「だけど、どこにいたってきみを一日も忘れたことはなかった。どうして自分だけここにいるんだろうって、どうしてきみを置いて行ったんだろうって、ずっとずっと後悔してきた」


「で、ですが、お一人でゆっくり旅ができて、心も体もすっきりしたように見えますよ? 私がそばに付いていたら、きっと気を遣われていたと思いますから、やっぱりお一人で気分転換できて、良かったんですよ。なんか捕まってたみたいですけど」


 今の王子は、太陽のように輝いて見えます。健康的にお育ちになられたら、こんなに爽やかで逞しい体格の青年になるのですね。ちょっと王様の面影も見えます。


「今日きみと再会できて、本当によかった。いなくなってたら、どうしようって思ってたんだ」


「なにか私に、ご用事でしたか?」


 王子が突然背中を向けて、何度も深呼吸し始めました。どうしたんでしょうか。


 しばらく待っていると、王子が勢い良く振り向きました。


「イセラ……僕と結婚してほしい!」


「ええ!?」


「羽が抜けて飛べなくなったり、髪も目の色も黒くなってしまった、そうまでして僕の罪を肩代わりしたきみを、僕は一生賭けて幸せにしたいんだ」


「そのような義務感に駆られる必要は、ありませんよ。私がしたくてやったことですもの」


「義務なんかじゃないよ。僕はずっと……きみを見つけたときから、ずっと、きみが大好きだったんだ!」


 じっと見つめられるだけでも恥ずかしいのに、両手を優しく取られて、さらに顔を覗き込まれました。


 少々強引ともとれる王子の行動は、女性を力で威圧するものではなく。私の反応を、不安になりながらも片時も見逃すまいとして、向き合っている姿勢でした。


「王子が、私を見つけたときから……? それって、王子が四歳ほどの時期ですよね」


「うん」


 うん、って……。


 そんなに一所懸命に私の反応を、お顔が近いですよ、王子。


「ふふふ」


 おかしな話ですね、出会ったときからずっと、両想いだったなんて!


「王子、ほんとに私でよろしいんですか? 私、おやつ代のかかる女ですよ?」


 王子の二つの黄金色が、ぱっと輝きを増しました。また勢いよく抱き潰されて、苦しいです〜。


「二人分の路銀くらいあるよ! 僕の銀細工が、とある国の博物館に保管されるくらい評価されてさ」


「え? そ、そうなんですか。王子は昔から、物作りが得意でしたものね」


 あの妖精と会話できるエルフの銀細工が、王子の作品だったとは驚きです。ですが、腑に落ちるところもあります。王子なら、妖精のために手掛けてしまいそうですから。


 ようやく腕から解放されて、ほっとしました。王子は私の五百倍は再会を喜んでいらっしゃるようです。


「すぐに行こうよ。僕と一緒に、ここから出よう」


「ふふ、王子からそんなこと言うんですか」


「ここはたくさんの過去と思い出が詰まってる、大事な場所だ。でも、きみがそんな顔してまで、墓守しなくてもいい場所だよ」


 どんな顔してるんでしょう、私。当時の王子のように、疲れきっていて寂しい顔をしているのでしょうか。求婚を受けとるなら、もっと輝いた愛くるしい顔を用意したかったですね。


「僕たちはたくさん間違ったけど、それでも、いろんな人の力を借りながら、精一杯やった。あのときは後悔ばっかりだったけど、ようやく、やり切ったんだと断言できるようになったんだ。そしてこれからも、前に進みたい、きみと一緒に!」


「王子、貴方と一緒に行くには条件があります」


 条件? と眉毛を寄せるお顔に、私は真剣に頷いてみせました。


「この国のような楽園は、絶対にお創りにならないでくださいね」


「もちろんだよ。互いの違いや寿命の差異さえも、尊重すると約束する」


 背の高い王子が片膝を着いて、私の片手を取りました。


「一分一秒、きみの全部を、胸に刻んで生きてゆくと誓う。どちらかの命の灯火が消えても、最後まできみの考えを尊重する」


 下から真剣な眼差しに見上げられて、本格的に求婚されてしまったんだという恥ずかしさが、じわじわと胸に……私は小さく咳払いして、王子の手を引いて、立ち上がってもらいました。


 王様も王妃様も、恐ろしい怪事件を起こしました。お二人の価値観が合っていたからこそ、成し得た狂気だったのだと思います。


 ならば、おんなじ価値観を確認し合った私たちも、いろいろな差異を超えて末永く添い遂げられるかもしれません。


 なぜでしょう、とても嬉しいのと同時に、胸がギュッと苦しくなって、温かい涙が溢れます。


 もう彼無しでは、きっと私は微笑むこともできない。花にも風にも星座にも、心動くことがなくなってしまう。


 喜びの源泉。私の太陽。私が照らし照らされながら、共に道を歩む人は、この人しかいないのだと全身で感じました。


「私も。永い時を生き抜くためには、貴方との一分一秒が、絶対必要です!」


 生まれて初めて、誰かを自分から抱きしめました。大きな背中に腕を回して、涙もこすりつけてやります。王子は怒ったりしませんでした。一緒に笑って、抱きしめ返してくれました。



 ひとしきり泣き笑った後、王子もお花を集めて、お墓に供えました。


「お父さん、お母さん、たくさん苦悩しながらも、僕を産んでくれてありがとう。イセラに出会わせてくれて、ありがとう」


「私も、シリル王子と出会わせてくれて、大変感謝しております。永遠とわに敬愛しております、王妃様」


 風に花びらが揺れています。王国が活気づいていた頃よりは、花の数は減ってしまいましたけど、掻き集めたらこんなにたくさんの花束になるんです。


「それじゃあ、行こうか」


「はい」


 王子が歩きだしたので、私も、後ろをついていきました。軽装ですが背負った鞄は大きいですね。


「もう、王子じゃないし、その……呼び捨てで構わないよ」


「ええ? シ、シリル、って?」


「うん。もう一度呼んでよ」


 振り向いて歩みを遅らせる王子のとなりに、私も並びました。


 主従関係から、いきなり夫婦に……。上手く、切り替えられませんね。ちゃんと変わっていけるでしょうか。焦らず、ゆっくりと……王子なら待っていてくれるでしょう。


「え〜……なんか、落ち着きませんね」


「敬語とかも、いらないから」


「私は誰にでも、この口調なんですよ」


「え!? そ、それは、初めて知ったな。まだまだきみの知らないところ、いっぱいありそうだ」


 背にしたお城が、愛した国が、遠くなっていきます。でも、寂しくありません。微笑むあなたの横顔が、すぐそばにありますもの。



 これにて、私のFairy taleフェアリーテイルは終わりを迎えられそうです。独りぼっちで待ちぼうける、寂しい寂しいFairy tale。ここからは、また新しい物語を紡いでいきましょう。語るも楽しい温かな話を、いつか誰かにお聞かせできるように。



                          おわり

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溺愛妖精は鳥籠から脱出したい 小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中) @kohana-sugar

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