第51話 聞き手の正体
「へえ、そうかい。それでアンタはこんな寂しい場所で独り、待ってるのかい?」
「え?」
腕の中の猫さんがしゃべった!?
「アンタから旅に出ろって言い出しておきながら、アンタ自身は、ここで何してるのさ。王子が過去の何もかもを吹っ切って、今頃別の女と幸せに暮らしてるかもしれないだろ? アンタはそれでいいのかい?」
「それならそうで、いいですよ」
私は猫さんを抱えたまま、ついにお城の正面玄関まで、到着いたしましたよ。玄関の右側に、石材が建てられているでしょう? 王子が旅立った後、エルフさん達と私で、手厚く埋葬いたしました。
お花は私が備えております。皆様のお墓は、お城の裏側で個別に石材を建てておりますよ。
大変でしたね、ぐずぐず言うエルフさん達のお尻を叩くのも、なぜか埋葬にも協力してくれたエインセルさんと、エルフさんがすーぐにケンカするものですから、それをお止めするのも。
「そりゃあ、面倒かけたね」
え?
「あいつらも私も、一度は人間と縁があったんだ、そのせいかね、どうにもほったらかして帰るわけにもいかなかったんだよ。国で働いてた人間どもが、あまりに報われないじゃないのさ」
「エインセル、さん……?」
「それにしても、あのジジイが埋葬に一切手を貸してくれなかったのが困りものだったね。あのジジイは私の五百倍は長く生きてんだ、大量の人形どもを丁寧に土にしまう程度の魔法、造作もなかったろうに。ケチだったねぇ」
「……」
確かに当時の私も、切り株に座っているだけの長老様の姿には、少し不満を抱かないこともありませんでしたけど……。
「長老様も、お辛かったのでしょう。王様があんなことを引き起こしたのは、ひとえに王妃様を愛していたから。そして、お仲間の人間の方々を、これ以上失いたくなかったからですもの。長寿な妖精が抱える難しい問題を、王様はあのような形で解決するのが、正しいと信じてしまったのです。たとえ、長老様から絶縁されようとも……」
猫さんが腕から飛び出して、あのエインセルさんの姿となって着地しました。一瞬で変身魔法を解除するとは……私、この魔法どうしても会得できないんですよね。頭に猫耳だけ生えちゃって。
エインセルさんは私より背が大きいのですが、体重まで本物の猫に寄せられるんですもの、さすがは年上の妖精です。そして、お一人でたくましく生き抜いているだけあり、魔法の実力も抜きん出ています。
「ハ〜ア、四つん這いの動物に化けると、さすがに腰にくるね」
「ずっと私の話を、猫のふりして聞いてたんですか? もう、趣味の悪い」
「アンタが勝手に喋りだしたんだろ? アタシャ頼んでないよ。ついでにアンタの家族になる気もないからね」
「ハイハイ……で、何をしに猫なんかになってたんですか?」
エインセルさんは腰に両手をあてて、ぐい〜っとのけぞって体操していました。
「アンタの様子を見るためじゃないよ」
「わかってますよ」
「依頼人が心配性でねぇ、本当にこの国が安全になったのか、確認して来いってうるさいんだよ。そんなにアタシが信用ならないなら、ご自分で行けばいいのにね」
お仕事で来てたんですか……。ここが安全であったなら、その依頼人さんは、いったいどうする気なんですかね。王子のご両親が眠るお城と、国民の皆さんが眠る裏の墓地だけは、何も手を付けないでほしいのですが……。
「あの城と、裏の墓地だけは、触ると呪われるよ〜って脅してるから、大丈夫だろ。自分じゃここへ来られないような奴が、恐怖のお城を破壊できる度胸があると思うかい?」
「え? なんで私が考えてることがわかったんですか!? ありがとうございます、エインセルさん!!」
「ハハ、アンタの顔見たら、考えてることなんて手に取るようにわかるよ」
エインセルさんはニヤリとお城を見上げます。
「まーだまだここは呪いが凄まじいね~。依頼人には、そう報告させてもらうよ」
「悪い妖精さんですね」
「賢いって言ってほしいね。嘘の報告を繰り返してるだけで、隣国のお偉いさんから大金がもらえるんだから、美味しいカモネギさね。アホな臆病もんが王様だと、税金もかわいそうだ」
詐欺だ……。
公金を詐欺する悪女です。
「そいじゃ、これ以上の長居は無用さね。腐りかけの飯を食わせられるのは、もう勘弁だ」
「って、めちゃくちゃ食べてましたよね」
エインセルさんは片手をヒラヒラ、去っていきました。なんなんでしょうね、あの
ハァ、ずっと独白を聞かれていたのは恥ずかしかったですけど、おかげで寂しさを感じずに済みましたから、よしとしましょう。何事も完璧を求め過ぎると、自分をダメなやつだと即決してしまいますから。
あー、今日は良いお天気です。昨日の雨が、本当に嘘のようですね。
せっかくお城の前に来て、王様夫妻にお会いしましたし、ご挨拶していきましょうか。手ごろなお花も摘んで、お供えしましょう。あんなに瘴気まみれだった土地に、たくさんの可愛い小さな命が、いろんな色の花びらを揺らしています。
ん……? 遠くから、どなたかが歩いてくるのが見えますよ。エインセルさんでしょうか? 何か忘れ物でもしたんですかね。
あの小屋の鍵は開いてますから、勝手に入って取りに行ってもらっても……あれ? 私のほうに向かってきてますね。なにか私に伝え忘れたことでもあったんでしょうか。意外と律儀な妖精さんですね。
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