第3章   目が覚めると鳥籠の中でした

 王子は、スズランやスミレなどの、小さな花を付ける植物がお好きでしたね。鈴に見立てて振り回すという、一見すると乱暴な遊び方もされましたけど、王子には綺麗な音が聞こえていたのでしょう。


 もしかしたら、小さな私たちでも集めやすいような花を、あえて選んで好きになってくれたのかも、なんて思うのは、自惚うぬぼれが過ぎますでしょうか。


 王子の苦手なお勉強、たとえばバイオリンの授業のとき、音楽室のバイオリンケースにスズランを挟んだことがありました。

 もちろん喜んでほしくて。


「音楽室に入っちゃったの? かってに入ったら先生にしかられちゃうよ?」


 人間と比べたら、はるかに小さな我々を――私を、心配してくれる王子の顔が、とっても可愛らしかったです。でも、不安がらせたいわけではありませんから、その日以来、目立つ場所にスズランを挟むのはやめました。


 苦手な授業の前だからこそ、励まそうと思ったのですけどね。


 王子のヴァイオリンの先生は、王妃様なんですよ。さすが、人間の貴族は楽器がお上手です。楽器もお花も、よいものですよね。たとえ言葉が通じなくても、素晴らしいと感じる心は皆一緒、そんな一体感に浸れるところも、音楽の魅力なのだと思います。


 あ、私は楽器は弾けませんよ。なんでか、上手く鳴ってくれないんですよね~、不良品と縁があるんでしょうか。でも他の妖精に渡すと、うまく鳴るもんですから、あげちゃいましたよ。まったく。


 ……コホン。

 話が盛大に脱線いたしましたね。私は芸術品を作る派ではなく、愛でる派ってだけの話です。


 ええ、私はこのとき、楽しい夢を見ておりましたとも。恐怖のあまりに意識が飛んで、気絶していたとも言いますけれど、わずかな間だけ、楽しい空間に浸っていたのは事実です。


 砲撃で打ちのめされ、恐怖のあまり気絶してしまった、かわいそうつ世界一可愛い妖精は、儚く幸せな夢から、目覚めました。


 涙でぼやけた、薄暗い視界、そして背中をはじめ全身にひんやりと伝わる、金属製の固い床……私は、跳び起きました。


「え? え? え!? ここどこ!?」


 と叫んでしまったのを、今でも覚えています。私が寝ていたのは、美と過酷さが絶妙に絡み合った、恐ろしい場所でした。


 かどがなく、円錐状えんすいじょうに丸みを帯びた壁は、繊細な針金細工をぎっしりと編みこんで表現された、抽象画でできていました。空の雲と太陽、三日月に星座、そして我々妖精たち、背景には花畑と、民家の屋根屋根が並んでいます。


 それらを見上げた私は、これはなんという名前の傑作だろうかと、頬がゆるみました。が、すぐに我に返りましたね。


 私がいたのは、鳥籠の中だったのです! 外が満足に見えないほど、濃密な針金細工でぐちゃぐちゃに美を表現された、高価そうな鳥籠の中!


 吊るすの、重かったでしょうね~、なんて思っている場合ではございません。


 私は、囚われの身となっていたのです。可愛い過ぎるのも、時として考え物ですよね。あ、ちょっと、寝たフリはしないでくださいよ猫さん、私だって美を愛するはしくれなのですから、自らを美しく整えることにも余念がないのですよ。ちょうど良い寝ぐせが付いたら、一日保てるように、あんまり激しい動きはしないように気を遣う繊細さも併せ持っているのです。


 ほら、今だって、どこからどう見ても美少女じゃないですか。今日も寝ぐせが、良い感じに風に揺れてます。



 さて、外が満足に見えないほど密度の高い鳥籠だと、説明はいたしましたよね。それでも、隙間はあったんです。私はおそるおそる立ち上がって、いったい自分はどこに運ばれたのかを、確かめようといたしました。


 針金細工の隙間から、片目をのぞかせて、外を見ると……薄暗いお部屋に、質素な寝台が一つ。そこに横たわる、なぞの青年が一人……。


 そうです、この私をハンカチにくるんで捕まえた、あの青年だったのです。白い枕に、顔半分をうめて、背中を覆い隠すほど長ーい亜麻色の髪の毛を、重力にまかせるままにして。


 しかも彼は、起きていました。真っ暗な寝室の中で、金色の両目が、私を捉えておりました。


 彼は蛇のように、ゆぅらりとした動きで膝立ちし、不健康そうな眼差しで、私を見つめていました。亜麻色の長ーい髪の毛が、窓から吹いてくる夜風になびいて、まるでやなぎのようです。



 え? 怖い話をするのなら先に言えって?


 ふふふ〜、もう逃がしませんよ。あなたはこの私の腕の中で、身の毛もよだつ恐ろしいお話を聞きながらお昼寝するのです。



 というのは冗談ですが、このときの私は不躾ぶしつけながら、鋭い悲鳴をあげてしまいましたね。だって暗い部屋で両眼が輝く、上半身の引き締まった半裸のお兄さんが膝立ちしてちゃあ、誰だって叫びます。


 体が引き締まってるのに、雰囲気が不健康そうという、なんとも近寄りがたい男性。それが、ずるずると這うように寝台からおりてきて、床に手をついて立ち上がると、私の目の前にぬっと顔を近づけてきました。


「目が覚めた……?」


 かすれた声の原因は、うつ伏せで枕に顔をうずめていたせいでしょうか。


「おはよう、妖精さん。夜だけど。よかった、このまま目覚めないんじゃないかって、ずっと心配してたんだ」


 彼は可愛い小鳥を愛でるように、籠のわずかな隙間に、指の先を差し入れました。


 私が針でも持っていたら、ぷすっとしてやりましたのに。当時は手ぶらでしたから、ぷいっとそっぽを向いておりました。


 彼の落胆したため息に、ほんの少し罪悪感が募りましたけれど、合意の上で監禁されているわけではありませんし。私はここを脱出して、この怪しい青年と永遠にお別れをしなければならないのです。


 王子の誕生日に間に合うように、花束を贈る予定があるのですから。


「やっぱり、僕が誰だか、わからないのか」


 このときの私には、まだ彼の言葉はわかりませんでした。『うーむ、どこなら高く買い取ってくれるかな〜』とか言ってるんだと思いましたね。


 ふふ、今の彼には、聞かせられません。


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