第2話   花束を作りに

 あれは、たぶん、そう、一年前の、王子の誕生日。城の玄関ホールに飾られた、大きな花瓶に溢れんばかりに盛られた花を見て、王子が目を輝かせていたことを思い出しました。


 どんな贈り物よりも、我々が集めてきたたくさんの花たちに、嬉しそうな顔をしてくれたのは、誇らしかったですね。


 去年と同じ物を贈るのは、どうかという意見もありましたけれど、私はやっぱり花が良いと思ったので、仲間の妖精たちを説得して、その結果、去年と贈る花の種類を変えて花束を作ることに決まりました。


 反対派を説得し、彼らの協力を仰ぐことに成功したのです。


 各地で拾ったキラキラした小物や、小さなお皿に盛り付けたご馳走など、仲間の出した意見も大変魅力的だったのは認めます。けれど、妖精の私たちと王子とでは、大きさも価値観も違いますよね。私たちが美しく感じるキラキラは、王子から見たらキラキラした塵のように思われたり、価値を見出されないのが私にはイヤでした。


 花ならば、王子もお好きだし、我々にとっても価値があります。


 花束に使う予定の花を少し、髪の中に編み込んで、ふふ、王子は気づいてくださるかしら。なーんて浮かれきって花畑を往復しておりますと、いつのにか肩にどっさりかついでしまって、うまく飛べなくなるほど材料を集めておりました。


 意外かもしれませんが、私は花を引き立てるグラス系を多めに摘みます。それらの葉先に、カールをつけて、おもしろい形にした後で花と併せるのが好きなんです。ほら、くるっとしたモノって、見ているだけで楽しくなるでしょう? なりませんか?


 猫じゃらしだって、ぴんとしたものより、くるっとした長めのもののほうが、楽しいんじゃありませんか?


 さて、話を戻しましょう。大量の草花を担いで、背筋はいきんの限りをつくして羽ばたいていた私は、少し量を減らそうかと悩みましたが、どうしてもたくさんクルッとさせたくて、必死に飛び続けました。


 ええ、軌道は安定しませんし、あまりによろけるため、自分の羽で飛んでいるくせに酔いました。


「目標、二時の方角、砲撃よーい!」


 たった一人の、とんでもない魔法使いが、私に砲台の標準を合わせていただなんて、いったい誰が想像できましょう。


 仲間たちと合流するため、羽ばたいていた矢先、背中に恐ろしいほどの衝撃が!


「のわああああ!!!」


 わらのつまった、固い布袋による砲撃をまともに喰らって、私は布袋にぺっちゃりくっつく羽虫のようになりながら、はるか彼方まで吹き飛ばされてゆきました。


 耳に入る風のうなり声で、何も聞こえませんでした。そして、すさまじい勢いで眼下を過ぎてゆく、見知った草原と花畑に、悲鳴を上げようにも乾いてゆくのど。同じく風で乾いてゆく両目が涙を垂れ流すせいで、何も見えなくなりました。


 私を受け止めてくれたのは、お腹の部分にクッションを縫い付けられた、哀れなカカシさん。私はクッションを突き破り、中の綿に絡まっていました。


 ふわふわの綿は、私を恐ろしい衝撃から守ってはくれましたが、それでも身に余る衝撃に、錯乱した私は声を上げて泣きました。


 この状況で、泣くなって言うほうがおかしいですよ。わけがわからず、頭がパニックでしたし、なんだかんだで痛かったんですもん……。


 綿は私をいつまでも抱きしめてはくれませんでした。どれほど泣いていたでしょう、時間の感覚も麻痺し、頭から真っ逆さまに、へろへろと私は落下していきました。


「わっと!」


 私を両手で受け止めてくれたのは、藍色のローブに身を包んだ年若い男性、十代後半から二十代前半に見えました。あわや地面に頭部を強打し、儚く命を散らす定めにあった私を、そっと両手で救い上げてくれました。


 彼はポケットから白いハンカチを取り出すと、両手に広げて、私を包み直しました。


「ごめんね……罠の調整が、甘かったよ。大丈夫だった? 痛かったね」


 この時の彼の言葉は、私にはわかりませんでしたから、これは後から彼に聞いて知った台詞せりふです。


 当時の私は、「よっしゃー! 今日の晩飯は妖精の丸焼きだぜ!」という感じのことをしゃべっているのだと思っておりましたから、それはもう、この世の終わりのように泣き叫んでおりました。


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