第34話   もう一人のエインセル②

 おかしいとは思っていたんです。私が使う魔法のほとんどは、私が編み出したものですが、ガラスの棺を使って、さらに生きた妖精を使用して、周囲を浄化するなんて恐ろしい荒業、いくら王子の為とは言え、私が思いつくわけがありません。もっとキラキラしたり、ふわふわしたり、そんな感じの魔法ばっかり編み出していたような気がしますから。


 そりゃあ妖精界では天才である私なら、もしかしたら自力で禁忌を編み出せるかもしれませんが、そのような可愛くない私の姿を、王子に見せるわけがありません。他人から教えてもらった魔法だと知って、ほっとしている自分がいました。


 閉じていた木戸を、彼女が押し開けて、街の中へと入っていきます。その際、私は彼女の足取りが不規則なことに気が付きました。すらりと露出した白く長い足の、左のふくらはぎだけ、ピンクに腫れている箇所があるのです。どこかにぶつけたのでしょうか、どこかに擦ったのでしょうか、私の知っているどの傷とも違うように感じました。


「これは、ガキの頃に負った火傷の痕だよ」


 びっくりしました。彼女は背中に目がついているのでしょうか。後ろを歩いていた私の視線に気がついていました。


「記憶を失う前のあんたも、あたしの足の傷を気にしていた。だから今回も気にするだろうと思ったのさ」


「すみません……」


「別にいいさ。この傷も今となっちゃ、なんてことない思い出だよ。あの日から、母親には絶対に人間の住処には近づくなって、口酸っぱく言われたんだけど、どういうわけだかエインセルって名前の妖精は、お転婆で人懐っこくて、そして自ら傷付くことに首を突っ込む……」


 彼女が振り向いた勢いで、長く艶やかな黒髪が大きく揺れました。


「だってしょうがないじゃないか、人間の世界の物事の方が、ずっと楽しそうなんだから」


 そういう彼女の顔は、意地悪げでしたけど楽しそうでもありましたね。


「その結果、人間の恋人もできちまったし、そいつに降りかかる災厄も、肩代わりしちまったよ。おかげであいつの子孫は今も代々生き延びてるけど、肝心のあたしは、このザマさ。だけど後悔しちゃいないよ、自分でもなんでか知らないけどね」


 光の乙女、選ばれし存在、私と同じであるはずの彼女が、カラスのように黒いのは、そういった事情があるからでした。


 ですが猫さん、彼女は「イセラなんて愛称を付けてくれた人間は、いなかったけどね」とも言ってたんですよね。それってつまり、彼女の片思いで終わったのではないでしょうか。「あんたも、人間と結ばれなかった妖精のうちの一匹だった」とか、「人間とあたしらが共存できないのは、当たり前のことなんだよ」とか、彼女のしゃべる言葉は、悲恋を匂わす台詞ばかりでしたね。


 つまりは、そういうことなのでしょう。



 ……ねぇ、猫さん。私の髪の色、どう思われますか? 物語の中の私の髪色は、とても綺麗な金色なのです。それはもう、暗闇の中だろうと、瘴気の中だろうと、どこにいたって、私は輝く乙女。


 いつだって光り輝き、王子様を導く、光の乙女エインセルなのです。


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