第41話 王子と仲直りです
カチャッと金属が跳ね上がる音がして、びっくりして振り向くと、廊下とつながるお部屋の扉が、そっと開かれるところでした。控えめに顔をのぞかせたのは、王子でした。まるで誰にも気づかれないように、物事を最小限に抑えて行動しているかのような、ゆっくりした動きでした。
そして私と目が合ってしまいました。
「ん? イセラ?」
王子のびっくり
「何してるの? ここは瘴気がすごく濃いから、長く居ると危ないよ」
……私は王子にひどいことを言ったのに、そんな私を案じるようなセリフをくれるんです……。
すぐそこには、王妃様がいらっしゃいます。だからここで王子と話しこむことはできません。そして私がこの場を仕切る権利なんて、毛頭ありません。
「廊下に出ようか」
王子から誘い出してくれました……。
それにしてもですよ猫さん、王子こそこんな所にいては、ますます具合が悪くなるでしょうに。そして、それを見逃すエルフさん達ではなかったでしょう。いったい、どうやってエルフさんたちの目をかいくぐって、王妃様の部屋まで、それもこんなに早く到着できたんでしょうか。
「王子、ここに来るまでにエルフの方々から止められませんでしたか?」
「え? 誰にも会わなかったけど」
「銀盤の仕掛けは? 王子は突破されたのですか?」
「アレの答えは、製作者である父上しか知らないんだ。だから、どの文献を読んでみても、正解を割り出せる人なんていないんだ」
「では、あれはもはやただの壁なんですね」
って、忘れるところでしたね、猫さん。私はこの後しっかりと王子から聞き出しましたとも。
「いったい、どうやってここまで来たのですか?」
王子はもったいぶることなく、すぐに教えてくださいました。
「王家の人間しか知らないっていう、隠し通路があるんだ。塀の内側のすごくわかりにくい位置に階段があって、そこを上り続けて行くと、この廊下に到着するんだよ」
さすがは、王族を守るためのお城。瘴気にまみれても尚、この国の主要人物を生かすための仕組みが、しっかりと維持されていました。
「……君にも教えてたはずなんだけど、覚えてないみたいだね」
「え……? そ、そんな、王家の人間ではない私にまで? ……申し訳ありません、全く覚えていません」
王家だけに伝わる大事な秘密まで、共有してくださっていたと言うのに、私はどんな不忠者です。
しかもですよ、これから王子のお母様を機能停止させようとしているのですから……せめて、せめて王子に嘘をついて傷つけてしまったことを謝罪せねばと思いました。
「王子、あの……昨日の、私が王子と別れる前に言っていた事なのですが……」
「うん、知ってるよ。イセラには記憶があるところと、抜けてるところがあるんだよね。それで、全部思い出せないって、嘘ついてたんだよね」
王子は苦笑していました。まるで、私の頭の中を、全て覗いたかのような的中ぶりです。
「王子、本当に申し訳ありません!」
勢いよく頭を下げる私に、王子はあっさりと許しの言葉をくれました。
「僕の代わりに、母上に会いに来てくれたんだよね。本当に、きみってやつは……」
……変ですよね、いえ不思議ですよね猫さん。なぜ王子はここまで私の頭の中がわかるのでしょうか。もしや、そういう魔法? ちょっと怖かったですけど、聞いてみました。
「ええ? ほんとにイセラっておもしろいところが抜けてるんだね。今、僕と会話ができてるだろう? これはきみから心を開いてなきゃ、成立しない奇跡なんだ。僕のことをほんとに知らない人だと思ってて、一緒にいるのがほんとに苦痛に感じているなら、そもそも最初から会話はできないはずなんだ」
「……では、最初から私のウソに、気づいていらっしゃったんですか?」
恥ずかしいと同時に、さすがは王子! とばかりに尊敬の念を抱きました。
「今日ここできみを見つけるまでは、あんまり自信がなかったけどね……。きみは、昨夜に来た偵察隊とも話してただろ? もしかして誰とも会話できるようになっちゃったのかなって、そう思ったら、もうきみには会えなくなるのかなって……それでここに来たんだ。やっぱり僕が全てを終わらせる役目を引き受けないと、ってね」
王子は肩をすくめながら、そんなことを言っていました。ここで私は、とある疑問に小首をかしげます。
「昨夜の人たちが、私と普通に会話をしていた……? いいえ、違いますよ王子。彼らは私と話すときは、エルフ語を使っていました。だから妖精の私と会話ができたんですよ」
「え……?」
王子の青白い顔が、ちょっとピンクに染まりました。
「そ、そうだったんだ……。早合点しちゃったな」
もじもじと視線を泳がせるその姿は、王妃様に贈り物を渡す際に、照れ臭そうにしていた小さな王子の姿そっくりでした。
ちなみにですよ、猫さん、これは最近になって知ったことなのですが、なんと妖精と会話ができる変声器が、エルフ製の銀細工を組み込ませて完成したそうなんです。しかし、原材料であるエルフの銀が希少な物で、お値段も高い上に量産もできないので、世界で一つしか作れなかったそうですよ。しかも現在は博物館に寄贈されてるそうで、けっきょく何の役にも立つ機会がないらしいんですよね……。
せっかく妖精と人間がお話しできる機会が得られたと思いましたのに。世界で一個しかできないって聞いたときは、がっかりしましたね。
ちなみに私は、この辺に住み始めた人間さん達と、会話ができるように言葉を会得しましたよ。妖精の言葉は、人間の耳だと、小さいベルのような音に聞こえるそうで、まずは人間ぽくしゃべるための、発声を身に付けるのに苦労しましたね。
はい? あ、そうなんですよ、ここから少し遠いんですが、外の世界から人間さんが、行商と言う名の様子見に来てくれるんですよ。私のことは、空き家に住み込んでる訳アリのかわいそうなお嬢さん、だと思っていらっしゃるようですね。
何かと都合が良かったので、そういう設定で過ごしております。行商人からは、時折お菓子を買うんですよ。私は定期的にお菓子を食べていないと、人間の姿が保てませんからね、いつも一番お買い得なクッキーを買っています。
私はお金を持っていませんから、じつは苦しい物々交換をしております。瘴気だらけの国で拾ったいろんな道具を、勝手ながら拾い集めて、綺麗に洗って、それを生活の糧と交換してもらっているんですよ。
あの国にあったものは、全て国民さん達の形見なんですけど、ありがたく、そして、申し訳なく思いながら、使わせてもらっています。道具だって、地面に半分埋まりながら朽ちていくよりも、価値のわかる誰かの手に渡ったほうが、第二の生を歩めると思うのです。
この国で生活していたお人形さんたちは、自分がどうしてここにいるのかも深く考えないまま、崇高な職人魂を持ち、一人暮らしをしながら国を支えてくれていました。
それは、人として正しい姿ではなかったかもしれませんが、彼らの心意気と信念は、永らく王国の土台を支え、王族を支えてくれていたのです。周辺国も、多少の違和感を感じながらも、この小さくて平和な国を、一つの国として認めてくれていました。今思うと、周辺国が優しすぎたんでしょうね。隣国の王様の顔が何代も同じことに、違和感を抱く御方が一人もいなかったんでしょうかね。
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