第31話   さよなら、王子様

 そんなこんなで、私の作戦は失敗しました。王子と手をつないで、いいえ違いますね、王子に手を繋がれて、引っ張っていってもらいました。二人して小屋の中に戻った時、王子がほっと息をいていたのを思い出します。


 王子が本当に心配そうに私を振り向いた時、彼が私を守ろうとしてくれた事実が、今更になって私の胸に深く染み渡りました。


 そして、優しいその眼差しを、私は直視できませんでした。


「ごめんなさい……」


 うつむく私を、王子は責めたりしませんでした。


「イセラ、外で何をしようとしていたの?」


「……えっと……」


 この時の私は、とても正直に話せませんでした。王子の代わりに、街の人々を機能停止させようとしていたんですもの。王子にとっての大切な人たちばかりです……弱い私は、また保身に走ってしまいました。


「ただ外に、出たくて……」


 ようやっと絞り出した嘘に、王子が無言になってしまいました。

 私は、震える体に力が入らなくて、それが王子にばれるのが怖くて、目が合わせられませんでした。


「そうか……。現にこうして、鳥籠から出てるもんね」


「……はい」


「自由に、なりたかったよね。僕の勝手でずっと閉じ込めちゃってて……ほんとに、ごめん……」


 王子が肩をすくめてしまいました。王子のほうがたくさん傷付いているのに、謝らせてしまって……私は、これではダメなんだと、思いました……。



 心を鬼にするという言葉は、ご存知ですか。相手の笑顔や、相手の望むことと相反してでも相手のためを思い、行動に移すことを示す言葉です。もちろん相手のやりたいことや価値観を否定する行動を取るわけですから、嫌われる可能性は否めません。と言うか、ものすごく嫌われます。


 それでも……それでも、これではいけないと思うとき、選ばなければなりません。


 私は、一人で生きてゆく覚悟を固めました。陰でたくさん泣く覚悟もしました。そして、王子と永遠に心が離れ離れになる覚悟も、本当は嫌だったけれど、覚悟しました。


「王子……じつは私、今までずっとあなたに話を合わせていました」


「……そう」


「鳥籠が開いたのは、適当にボタンを押していたら勝手に開いたから、逃げただけです。あなたを王子呼びしていたのは、そうしないとあなたが不機嫌になって、私に危害を加えるかもしれないと思ったからです」


「そんなこと、絶対しないよ」


 ええ、わかっています。でも私は、ここでうなずくわけには、いきませんでした。


「本当は、知らない男の人といるのはイヤでしたし、瘴気だらけの街を連れ回されているのも苦しかったですし……思い出してほしがっているあなたの言葉も、ずっと重荷でした」


「……」


「私にとって、あなたは知らない人です。知らない人がどうして私を巻き込んでまで、一緒に責任を取らせようとしてくるのか、ずっと疑問だったし、気持ち悪かったです」


「……きみからしたら、そうかもしれないね」


 お声もお顔も、曇っていらっしゃる……私は、そんな彼に背を向けて、外につながる扉へと歩きます。


「さようなら、知らない人間。ご自身の健康を考えるなら、あなたも、空気の綺麗な場所へ移り住むべきですよ」


 そんなことできたら、王子はとっくに行動していたでしょう。


 私は扉を開けて、独り、外に出ました。もしも王子が追いかけてきたら、またひどい言葉を使って遠ざけなければなりません。どうか、どうか、追いかけてきませんように。このまま「ひどい女」にして、見捨ててください。


 当時の私は、願うように振り切って、走りだしました。


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