第8話   朝を迎えた妖精と青年

 なぞの青年は、朝日とともに目覚めました。そんなに大きく窓を開けていれば、二度寝したいほど寝不足でも、眩しくて起きてしまいますよね。


 私は、膝を抱えて、うずくまっていました。無論、鳥籠の中でです。


 青年が寝台をおりて、鳥籠へと歩み寄ってくる気配を感じました。私が絶望的な面持ちで青年を見上げると、彼はちょうど、鳥籠の出入り口が閉ざされている様子に、ため息をついているところでした。


「出られなかったのか……」


 亜麻色の前髪を掻き上げて、小さく「そうか」と、悲痛そうなお顔。


 うわあ、だからその顔やめてください、って思いましたね。彼は私に失望を覚えるたびに、希望まで失ったような顔をするのです。


 口角だけは上がってますから、皮肉めいていて、でも顔は悲しそうですから、心底傷ついているかのような。


 私、悪くありませんよね。そもそも監禁されてる時点で、被害者なんですし。


 ……でも、鳥籠から脱せなかったことを、こんなに悲しむ人がいるなんて、思いもしませんでした。


 もしかして、私をここへ閉じ込めたのは、この人ではないのかも……そう思ったとたん、


「じゃあ、開けるよ。すごく残念だし、できれば思い出してほしかったって、未練もあるけど」


 と言って、ズボンのお尻ポケットから、銀の鍵を一本、取り出しました。


 やっぱり私を閉じ込めたのは、お前やないかい!! って思いましたね。あ、実際に叫んだ気もします。


 しかも、彼は鍵を使って扉を開けたとたんに「やっぱりダメだ!」と言って、バタンと閉めてしまったのです。危うく羽を挟めてしまうところでしたよ。


「やっぱり、きみに思い出してほしい。僕には、きみしか残されていないから」


 彼は扉を押さえていた手に気がついて、ハッとした顔で、手を離しました。そして私を、見つめます。


「ご、ごめん、驚かせたよね……」


 驚きましたとも。



 ……えー、しばらく気まずい沈黙が流れました。


 え? ここまで再現しなくてもいいですか? すみません、つい、あの頃を懐かしく感じて……。


「そうだ、散歩に出ようか。僕が住んでた街を見れば、思い出してくれるかも」


 彼は鳥籠をくいから下ろすと、大事そうに両手に抱え持ちました。


 彼の住んでいた街とは、どこのことでしょうか。見知らぬ青年の故郷なんて、もちろん私にはわかりません。


 この青年はひょっとして、誰かと私を勘違いなさっているのでは?


 私は早く誤解が解けないものかと、天に祈りましたとも。昨日と今日に渡って、私は欠かさず続けていた王子への花の献上を、サボってしまったのですから。


 王子は心配しているでしょうか。今日もどこかに花が隠されているはずと、お城を走りまわっておいででしょうか。


 ああ、なんと健気で、痛ましい……きっと可愛い妖精さんに会えなくて、大変寂しがっておいでです。


 もしかしたら、私に不信感などを抱き、失望していらっしゃるかもしれません。


 それは大変に、悲しいこと。私と王子は生きる希望と理由を失ってしまいます。つまり死活問題です。


 なぞの青年は、私を外に連れ出す気のようです。あわよくば、通行人のどなたかに助けを求めて、鳥籠から出してもらいましょう。


 私は作戦を立てました。狙うは、親切そうな人間です。絶対に成功させなければ。


 私も出かける覚悟を決めました。


 シャツ一枚だけ着た、だらしがない青年が戻ってまいりました。もう少しオシャレというものを意識したら、もっと華やかになりますのに。地味な色のズボンと合わせて、まるで部屋着です。


 そう言えば、王子のお父様も、たまにパンツ一枚で台所をうろつかれるときがありましたね。たいがい飲み物をお探しになっておりましたけど、そういった状況に遭遇したときは、黙って静かに撤退するのです。


 さあ出かけましょう、自由を勝ち取るために!



 ああ、ちょっと、猫さんまで、どこへ行くんですか? なぜ外に。

 ああ、行ってしまいました……もう、続きは明日にしますね。


 またお会いしましょうね、猫さん。あなたが来てくれなかったら、いよいよ私は孤独の身ですから……。


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