第7話   可愛い王子様の名前は?

「嫌だろうけど、僕の寝床ねどこはここだから、同じ部屋で過ごすよ。おやすみ。あ、ランタンはけておくね」


 と言って、青年は寝台に腰掛けると、しばらくぼんやりと床を眺めてから、足をぜんぶ寝台にのせて、寝っ転がりました。


 大きく開いた四角いから、羽虫が舞い込んできます。彼が私のためにランタンを点けっぱなしにしているせいです。


「こうしてるとさ、こっそり家を抜け出して、きみの後ろをついていった日を思い出すよ。きみら妖精は、森に迷い込んできた僕を歓迎してくれたね……。見たこともない花が、いっぱい咲いてて、すごくいい匂いがして……そんな世界の中で、輪になって踊ったね。空も、すっごく晴れていて綺麗で、寝ころんで、お昼寝したまま、夜になっちゃってさ……星座、教えてもらったんだよ、妖精の長老さんから」


 あの人、なにかぶつぶつ言ってる……このときの私は、気味悪がっておりました。微妙に、何を言っているのか、わかるのが、また……。


 森とか花とか、星座とか、青年は自然に関係のある言葉をたくさん口にしていましたけれど、あとは上手く聞き取れなくて、けっきょく何もわかりませんでした。


 ほどなくして、小さな寝息が、聞こえてきました。


 どういう神経をしているんだか、青年は鼻先に大きなを留まらせた状態でも、すやすや寝ております。


 夜の羽虫は、明かりに引き寄せられてしまう性質があるのを、ご存知ですか? 釣られない子もいますけど。

 彼はどうしてランタンを消さないのでしょう。私に、この問題を解いてほしいからでしょうか。


 なんのためにでしょうね? 問題の出題ミスをしているくせにね。


 私は一人、からくりポストの前で、お手紙を片手に、立ちすくんでおりました。



 猫さんは、記憶力は良いほうでしょうか。猫のひたい、なんてひどい言葉もありますけれど、私は、あなたが会話の前後をしっかり記憶しているものとして話を進めますね。


いにしえの契約』という言葉を、覚えていますか?


 そうです、そうです、ああよかった、私はちゃんと順番通りに話せていたのですね。で、契約の内容までは、お話していないんですよね? あなたが頭の良い猫さんで助かります。


 どこまで話したか教えてくださる聴衆さんほど、ありがたいものはありません。


 え? あ、いえいえ、ちゃーんと覚えていましたよ? かたが話の進行具合を忘れるわけないじゃないですかー、ヤダナー。


 ……忘れてましたよ。そんな目で見ないでくださいな。


 えー、コホン、えーと、古の契約の話ですね。


 私たちの一族には、とある妖精の女の子から始まった、ちょっとした契約を人間と交わす遊びがあるのです。そう、遊び。お堅い約束事でがんじがらめにこだわっていたら、誰もやりたくなくなるでしょう?


 妖精は、人に花を贈って励まし、人は、妖精を危険から守る。


 その選ばれた『人』とは、妖精と同じ名前を持っています。


 オリヴァー・エインセル・アップルビー。

 愛称はオリヴァーですが、私だけの愛称はシリル。


 私が愛してやまない、小さな王子様のお名前です。


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