第6話   私の現在地

「わあ、大丈夫? 相変わらず、すごいお転婆だね」


 彼は鳥籠を、片手でひょいとつまみ上げました。中身の私が無事かを確認し、ふてくされた顔で膝を抱えている私の姿を見て「よかった」なんて安堵して、壁に設置された丈夫なくいを、見つめました。


「きみが鳥籠の中で暴れたにしてもさ、こんなに大きな杭に引っかけたのに、落とせるもんなんだね」


 私には、彼の言葉がわかりません。


 私の種族は、とっても厄介な種類の妖精語を使っておりまして、他種族の方々と会話をする際、我々がその御仁に心を許している場合のみ、互いに同じ言語として聞こえるようになります。


 だから猫さんには、私のしゃべっている言葉が、わかるんですよ。しゃべるときに魔力を使うので、疲れているときは、お話できないのですが。



 青年は、鳥籠を杭に戻す際に、うつむいている私の顔を、下からのぞきこもうとしました。スカートを押さえて、ふくれっつらになる私の意図することを察し、彼はすぐに顔を離しました。


「ごめんね、きみが怒る気持ちはわかるよ。ほんとにごめんね。でも、大事なことなんだ。鳥籠の問題を、全て正解してほしい。そして無事に、ここから脱出してほしい」


 このときも私は、彼が何を言っているのか、わかりませんでした。先ほどご説明しました通り、私は心を許した人間としか会話ができないのです。鳥籠に幽閉され、スカートの中をのぞきこまれた私が、彼に心を開くでしょうか。


 ……じつは、ほんの少しですが、揺らいでおりました。


 彼の髪の色が、王子と同じだったからです。え? それだけの理由ですって? 私の知っている亜麻色あまいろの髪の人間は、王子と王様だけでしたので、ほんのちょっとですが、この青年の家系図が気になったんです。


 彼のことを気にし始めたとたん、若干ですが、彼の声が私の耳に、言葉として入ってきました。


 遠くから聞こえる、山びこみたいに。


 ろくに聞き取れませんでした。


 これを機に、私はだんだんと、彼の言葉の解析に成功していくのですが……あらら、猫さん、完全に眠っちゃってますね。よーし、抱っこして家の中に運び入れちゃいましょうか。イヒヒ。


 私お気に入りのクッションが、あなたを待っていますよ。


 続きは、あなたが目覚めたときにでも……そうですね、きっとごはんの時間でしょうか。


 なにもない質素な小屋ですけれど、どうぞ、ごゆっくり。今日からあなたの家でもあるんですから。



 あら。丁寧にクッションに寝かせたつもりだったのですが、起こしてしまいましたか?


 繊細なんですね。それとも、私がついさっき盛大にクシャミしたせいで起きてしまったんでしょうか? って、そんなわけないですよね、小さくて可愛いクシャミでしたし。


 あらら、窓枠に飛び乗ってしまって、危ないですよ猫さん。


 ん? この大きな窓枠に、ピンときましたか? なかなか鋭いですね。ちなみに、窓の下の寝台には、髪の長ーい誰かさんが、うつ伏せで寝ていたんですよ。


 そして今、あなたの目線の先にある、あの鳥籠。ふふ、まだあそこの杭に掛けてあるんですよ。


 猫さんも目が覚めてしまったようですし、毛繕けづくろいのかたわら、もう少し私の物語に、お付き合いくださいませ。


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