第39話   お城に仕組まれた仕掛け

 目指すは王妃様の私室です。私室にいらっしゃらなかったら、えーと、お城をくまなく捜すしか、ありませんね。今にも私の輝きが霞みそうなほど濃厚な瘴気の中で、時間も猶予もないのに、お捜しするなんて骨が折れます……なんて心配をしながら廊下を飛んでいると、エルフ三人組の、少々騒がしい声が聞こえてきました。どうやら、また何か言い争っているようです。私は彼らに内緒でここに来ている身ですから、見つからないように遠回りしようかとも思いましたが、血の気の荒い若造三人が、苛立ち半分にお城に危害を加えるかもという杞憂がよぎり、私はかなり離れた位置から、彼らの言動をうかがうことにしました。


 壁にかかった古ぼけた額縁に、静かに腰掛け、耳を傾けます。


 長老様とエルフ三人組の背中が、廊下に集まっているのが見えました。彼らの前には、壁が、そしてその壁には取っ手も蝶番もない大きな扉がありまして、扉の表面には銀製のプレートがネジで固定され、そのプレートには魔力が込められた筆記体の羅列が彫られています。

 どうやら皆様は、廊下の途中に唐突に設置されている仕掛け扉に、立ち往生しているご様子。このお城は複雑な造りこそ少ないのですが、仕掛け扉を解除できないと、かなり遠回りしなければ辿りつけない部屋が多々あります。その手間暇たるや、城の内部に不慣れな者にとっては、もう迷路と変わりませんね。


 白銀色の甲冑を着込んだエルフのアデニスさんが、プレートの文字を読んでいました。情緒もなにもない棒読みで、しかも読み間違い多々。私の偏見かもしれませんが、彼っぽいなと思いましたね。


「これは、うた……? 読んでも、意味がわからないぞ。なんのことを謡ってるんだ?」


 甲冑のエルフ、アデニスさんはおろおろ。


 すると旅人風のエルフ、ヴェラネリオンさんが片手を挙げました。


「俺この謡、知ってる〜。妖精騎士フェアリーナイトと人間の娘の、悲恋の謡だ。双方が恋人になる条件に、最初から叶うはずもない条件ばかりを挙げてるんだ」


「いや、違うぞ」


 今度はローブを着たエルフ、ウェルデンさんが異を唱えます。


「これは妖精騎士が人間の娘をまじないで翻弄し、連れ去る間際に作った、即席の余興だ」


 なんで解釈が二つに割れるんですかね。今は一刻を争う時だっていうのに、論争まで始まりましたよ。


 血っ気盛んな若いエルフ(約百歳)たちを尻目に、年長者の長老様が長い白髭を片手で撫でつけながら、じっくりと扉の文字を眺めていました。


「これは……あの娘らしい、古いまじないじゃな」


 あの娘というのは、エインセルさんのことだと思いました。だって古いって言ってましたから、確実に年上の女性だと思いますよ。


「長老様、この扉の先が、地図に描かれた道順です。どうしたら開くのでしょうか」


「記されている歌詞を、気持ちを込めて歌い上げれば良い。我々は男性パートを担当すればよいな。良い声で謡わねば、扉は開かぬ」


「え? この意味不明な歌詞を、いったいどんな気持ちをこめて謡えば。歌詞の解釈も、いろいろあるみたいですし」


「作者になりきって謡えば良い。どのような気持ちでこの歌詞を作ったのか、誰に向けて送ったのであろうか、じっくりと謡と対峙し、己が胸の内から導き出せばよい」


 白銀の甲冑アデニスさんが、ぬいぐるみのように硬直していました。彼、いかにも歌とか苦手そうですもんね。


 まさか謡うのが正攻法とは、私も気が付きませんでした。幼い王子と一緒に、何度か読み上げた経験はあるのですが、扉に変化はありませんでしたね。銀盤に刻まれた詩は意味不明な内容ですし、幼い王子では取っ手のない扉を力づくで開閉することはできません。遠回りしながら廊下を走るのも、それはそれで楽しかったですけどね。


「儂が謡おうか」


 なんと、長老様自らが歌声を披露してくださるそうです。長い時を生きている長老様の、なぞの歌詞への解釈とは、いったい。妖精と人の子の悲恋か、それとも狡猾な騎士による拐かしの謡なのか、はたまた新しい解釈なのでしょうか。私は胸の前で手を組み、楽しみに待ちました。


 長老様は少し高い声を発しただけで、激しく咳きこんでしまいました。


「んん……ゴホンッ! やれやれ、歳は取りたくないのう。儂の喉じゃ謡えんわい」


「あ、じゃあ俺がやりまーす」


 そう言って片手で挙手したのは、旅人風のエルフ、ヴェラネリオンさんです。彼の解釈は前者、ちなみに私も前者派ですから、彼が謡うのは楽しみでした。


 彼の立候補に、長老様が白い眉毛を跳ね上げました。


「そういえば、お前は吟遊詩人だったのう」


「はい。歌と演奏には自信があります!」


 え? ああ、そうですね猫さん、時は一刻を争うのでしたね、もちろんこの時の私も、忘れてはいませんでしたよ? ただねぇ、気の滅入るような出来事ばかり起きている中で、偶然にも遭遇した娯楽に心が引き寄せられてしまうのも、仕方がないというか、ここで気力を回復させておかなければ、後々保たないと思ったんですよ。ええ本当に。



 彼は歌い慣れているのか、躊躇なく大きく息を吸い込み……はたと、凍りついた顔で皆さんを見回しました。


「忘れてた……俺、このままじゃ歌えないんだった」


「あ?」


「楽器がないと、恥ずかしくて」


 え〜……。


「どうしよ~、竪琴を取りに戻らなきゃ。部屋のベッドの下に落としちゃってから、捜すの面倒くさくなって長い間そのままにしてたの忘れてたや」


 あの、吟遊詩人にとって大事な商売道具ですよね。それを忘れてたって……その間のお手入れとか、絶対やってないですよね。


 白銀の甲冑アデニスさんが、すっかり呆れていました。


「お前、魔法使えないだろう。飛ぶこともできないのに、まさか徒歩で森の奥のエルフの里の実家の部屋まで取りに戻るつもりか?」


「そこはー、長老様に運んでもらうけど……」


 あ、皆様そうやって移動してたんですね。毎日わざわざ、ここまで通ってくださってたとは。無愛想なエルフさん達だと思っていましたけど、ここで少し補正が入りましたね。


「竪琴なら、俺が預かっている」


 そう言ったのは、白いローブのウェルデンさん。なんと彼は、ローブの下に銀の竪琴を背負っていました。


「あれ? なんでお前が〜?」


「お前は目に付いた楽器を全て弾きたがるだろ。だからみんなで里中の楽器を隠してたんだよ」


「え〜? なんでそんなことするんだよ〜、ハァ〜萎えるわ〜」


「そのまま一生、萎えてろ……」


 旅人風のエルフさんは、さっそく竪琴を受け取って、非常に嫌な予感がする手つきで、ボロンベロンと怪奇音を掻き鳴らしました。周りの黒ずんだ景色と相まって、そら恐ろしいことになっていましたね。


「儂が演奏しようか。お前は、演奏はもうよいから、その自慢の歌声で謡っておくれ」


「え? あ、はい」


 年を取るのが遅い種族は、若々しい青少年独特の張りのある歌声を永く披露できるという強味があります。それが自他ともに認める歌声ならば、なおのこと素晴らしい奇跡です。竪琴は二度と演奏しないでもらいたいところですが、下手っぴな自覚が無いようでしたので、今もどこかで掻き鳴らしてるかもしれませんね。



 さて、このような不思議な仕掛けは、何もここだけではありません。この歌は三曲ありまして、扉も三つあるんです。その扉を経由せずに王妃様の部屋へ向かうには、それはそれは遠い回り道をしなければなりません。


 つまり、彼らはこの先でも逐一足止めを食らうことになります。


 そしてお城の窓という窓は、ひび割れておりまして……この小さな体の私であるならば、どこからでも出入りが可能です。


 彼らを先回りすることなど、容易いこと。王妃様のお部屋には、裸足を泥で汚した殿方が大勢で押し掛けるものではありません。


 永く、誰も降ろせなかった幕を、私が。

 たとえ王子から永遠に呪われる存在となったとしても。

 私には、王子がその手で全てを終わらせる道を選んでほしくないんです。


 だって、ゴーレムになってしまったと言えど大切な身内でしょう? 王子とお母様は、仲良く手をつないで歩いていた、あの日の思い出のままでいて欲しかったんです。


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