エピローグ 再び、戦いの舞台へ
「お前ら、俺の事すっかり忘れてただろ?」
「そもそも誰だっけ、お前?」
「ひっでぇ!」
あれから数日後、突然家にやってきたよっぴーが何やら喚いていた。
ゴールドクラスの裏で行われたシルバークラスだが、優勝したのはなんとよっぴーだった。そのため、コイツもランク7に上がり、次からは同じゴールドクラスだ。
「次からはまた翔太とマッチできるかもなー。いっつも先に行っちゃうんだもんなー」
「お前なんて待ってられっかよ。気合で追いついてこい」
そう言うと、よっぴーはしげしげと俺の顔を見てきた。何だよ気持ち悪いな。
「……あんまり落ち込んで無いなー? プロになれるって話が無くなったのに」
「なんだ、聞いたのか」
「きずなさんがな。わざわざ俺に連絡してきてくれたんだよー」
あの後、真田さんときずなさんの婚約は正式に解消された。というか、きずなさん本人に最初からはその気は無かったので、事実上婚約も何も無かったのだけれど。
その意趣返しのつもりかは知らないが、彼はプロチーム『真田丸』のオーナーから外れて、関連企業の別の人がオーナーになった。裏でどういった経緯があったかは詳しく聞いていないが。
おかげで、俺が『真田丸』にスカウトされるという話も無くなった。元々ただの口約束で、何の契約も交わしていないと、しらばっくれられてしまったのだ。
それを聞いたきずなさんはカンカンに怒って、『SANAGAMES』に怒鳴り込みに行ったが、元婚約者の彼女にすら会ってもくれなかったそうだ。
その時の事を思い出して、苦笑して肩をすくめる。
「最初はしばらく落ち込んだけどな。……でもさ、あの大会で、きずなさんと俺が優勝したって事実には変わらないだろ? それが、やっぱり嬉しかったからさ」
「俺もだぞー?」
「はいはい。……ともかく、今はそれで十分だよ」
時間は限られている。でも、タイムリミットはすぐに来るわけでは無い。チャンスも、無くなったわけじゃない。ならば、また挑戦すればいいだけだ。
「ふーん?」
「なんだよ」
意味ありげな笑みを浮かべるよっぴーにむかついて、小突こうとしたが、ひょいっと避けられる。
「前は、すげー焦ってたじゃん。時間が無い、強くならないと、プロにならないと、って。それなのに、そんなどっしりと構えちゃってさ。優勝者の余裕ってやつかー?」
「……かもな」
言われてみるとそうかもしれない。一度優勝を経験したことで、心の余裕ができたのは事実だ。
「俺は、強くなった。だから、諦めなければきっとプロになれる。……そう思うようになったんだよ」
そこに、絢子さんがメイドらしく紅茶を入れてもってきてくれた。料理は禁止されているがお茶を淹れるのは得意なのだ。
「あ、絢子ちゃん今日も可愛いねー。そろそろ俺と付き合わない?」
いつもならこいつの事を、毛虫を見るような目で見ている絢子さんだが、今日は真面目な目をして、きっぱりと断った。
「残念ですが、絢子には、もう心に決めた人がいるのでございますので」
え、いつの間にそんな人が? 驚いて彼女の顔を見たが、なぜか顔を赤くしてチラチラとこちらを見て来た。一体どうしたんだろう。
「……クソがっ」
よっぴーもなぜか悪態をついている。
そこに、どこかに電話をかけているらしいきずなさんが、スマホを持ったままリビングに現れた。
「あ、よっぴー君いらっしゃい。ねぇ翔太君。両親に会ってもらう件なんだけど、明後日でいいかしら?」
「ええ、いいですよ」
「はーい。……うん、じゃあ婚約者を連れていくから、よろしくね」
どうやら両親と会話していたらしい。そう言って電話を切った。きずなさんの話を聞いたよっぴーは、恐ろしく訝し気な目でこちらをじっとりと睨みつけて来た。
「……何、婚約者って」
「……なんか、そういう事になったみたい」
ふり、だけどな。なぜか絢子さんが不機嫌そうな目をしているのが気にかかるなぁ。
よっぴーはしばらく下を向いてプルプル震えていたが、バッと急に立ち上がった。
「ちっくしょー! なんで翔太ばっかりー!!」
そして、叫びながら猛ダッシュで部屋から出て行った。
一体なんなんだ、あいつは。情緒不安定かよ。
「あ、ねぇねぇ翔太君。来月に新弾が出るんでしょ? どれくらいパック買えばいい? 100万円分ぐらい?」
「そんなにいりません」
部屋がカードで埋まるわ。
……。
…………。
………………。
「おっす、ジェット君おひさ~」
「ヒナタさん。お久しぶりです」
しばらくして、ヒナタさんに呼び出された。
プロリーグの新シーズンが始まった事もあり、今は実家ではなく東京に住んでいるそうだ。おかげで『プロの溜り場』で頻繁に会っているのだが、今日はなぜか待ち合わせ場所がとある繁華街の喫茶店だった。
「今日はどうしたんですか?」
「ちょっと会わせたい人がおってな……お、いたいた」
喫茶店の奥の方で手を振っている人がいた。よく見てみると。
「えっ……笹倉さん!?」
「久しぶりやな。ジェット君」
恰幅のいい50代ぐらいの男性が座っていた。プロチーム『氷華』のオーナー、笹倉さんだった。
「好きなもん頼んでええで」
「えっと……じゃあ、ホットコーヒーを」
「ナポリタン大盛りで! ええですよねオーナー?」
「ヒナタは自腹やで」
「ケチ―!」
二人とも笑っていた。どうやら冗談らしい。ひょっとしたら俺が緊張しないように、場を和ませてくれたのかもしれないな。
俺と笹倉さんのコーヒーが届くと、彼は改まった顔になって
、
「単刀直入に言うで。君、うちのチームに入らん?」
「……え?」
思わずカップを落としそうになった。驚いた俺に構わず、彼は話を続ける。
「咲良っておったやろ。君が準決勝で戦った。あの子が、今年でプロを引退する事になってな」
「ええ!?」
まさか、クビとか? プロの世界は厳しい。結果が出ないとすぐにクビを切られる事もあると聞いている。俺の不安そうな顔を見て、ヒナタさんは笑って否定する。
「いや、寿引退や。結婚して主婦になるんやて」
そっちかい! めでたいな! 今度会う事があったらお祝いを言おう。
だが、そうだとすると気になる事がある。俺は首を傾げて、
「……じゃあ、準決勝で俺に絶対に勝ちたいって言っていたのは何だったんだ?」
「ああ、結婚式費用に賞金が欲しかったんやて。ベスト4と優勝じゃ額が全然ちゃうからなー」
そっちかーい!! ちなみに優勝した俺は100万ほどの賞金を貰った。ただし、これは全部あの家を出ていく時にきずなさんに渡すつもりだ。生活費なら何やら、全て彼女の世話になっているからな。
「そんなわけで、来年の春からうちのチームに一人分の穴が開いてまうんやけど……そこで、君に白羽の矢が立ったわけなんうやけど……どうや?」
「お、俺は……」
「……ただし、条件はあるで?」
俺の返事を待たずに、彼は続ける。
「今後もしっかり大会に出て、ある程度いい成績を残し続けることや。もしくは、プロ昇格試験大会でベスト4とかでもええわ」
そんなの、俺にとっては条件でも何でもない。
「ベスト4なんて、ぬるいです。プロのいない大会なら、優勝してみせますよ」
元々そのつもりだったからな。今さら、他の人に負けるつもりは無い。また、マッキー達と、今度はプロリーグで本気の戦いをしたい。それならば、こんな話、受けるに決まってる!
俺の言葉を聞いて、笹倉さんはがはがはと豪快に笑った。
「ははは! さすがやな! ヒナタの言うた通りや!」
ヒナタさんも、嬉しそうに笑っていた。
「だから言うたやろ。今の君ならプロになれるって。前とちごて、何があっても諦めずに食らいついて来おったからな。そういう負けん気が無いと、カードゲームで食うてくなんて無理やと思ったんや」
それを聞いて、俺は納得する。そうか、俺に足りない物って……。本当に全部、彼女のおかげだったんだな。
「ほな、期待しとるで」
そう言って、笹倉さんは、ちゃんとヒナタさんの分も会計して去って行った。
……。
…………。
………………。
ついに、この日が来たか。控室が緊張感がありすぎて落ち着かないので、外の空気を吸いに出てきてしまった。
あんなに多くの放送機材に囲まれていると、本当に落ち着かないな。今までの大会のステージとはまた少し違った雰囲気だ。それに、これまでの試合とは違う所もある。今までは趣味で、好きだから戦っていたが、これからは仕事で対戦するんだ。
そう思うと、余計に緊張してきた。
「翔太君!」
そこに、OTONOの社員としてバリバリ働くスーツ姿のきずなさんと、その彼女をサポートする、相も変わらずメイド姿の絢子さんが現れた。
「きずなさん。絢子さん。来てくれたんですか」
もう俺は、彼女達の家を出た。あっという間の一年だった。プロ契約をして、1年間のニートでヒモの生活に終止符を打った俺は、家を借りて一人暮らしを始めた。長年一人暮らしをしていたが、急に一人になって、物凄く寂しく感じたものだ。
彼女達も、きずなさんの大学卒業とOTONOへの就職を機にあの家を引き払って彼女の実家に戻っていった。
とはいえ、なぜか彼女の婚約者ごっこはまだ続いている。
家を出るまでだったはずが、何度か彼女の両親に偽の婚約者として会った際に妙に気に入られてしまい、きずなさんも嘘だと言い出しづらくなってしまったのだ。
あの二人、最初は真田さんを選んだりした事もあるし、男を見る目が無いんじゃないだろうか? 心配だ。
それはともかく。今日は俺のデビュー戦。相手は、マッキーをリーダーに、新しい強豪メンバーを集めた『真田丸』。プロ初めての試合にふさわしい相手だ。
「きまってます?」
「うん、きまってる!」
「馬子にも衣装でございますね」
プロチーム『氷華』のブルーのユニフォームを着て、ポーズを決める俺を見て、二人とも一応褒めてくれた。
「かっこいいよ。翔太君」
「まぁ、悪くないでございます。……おまじない、欲しいでございますか?」
「……お願いします」
さすがにお互い恥ずかしいので、ほっぺにだが、ちゅっとキスをして貰う。
この1年間、なぜか、彼女におまじないをしてもらった日はいつも負け無しだった。一度おまじないを貰えずに大会に出た時は、引き運が最悪でボロボロに負けてしまったので、それ以降は毎回して貰う事になったのだ。
きずなさんは、そんな俺達をじーっと微妙そうな目で見ていた。
こほん、っと恥ずかしさを誤魔化すように咳ばらいをする。
「そういえばきずなさん、仕事の方はどうですか?」
「んー。まぁ、一応、音楽に携わる仕事だしね。そんなに悪くは無いよ。いずれ社長を継がないといけないから、大変だけど」
いい機会だ。俺は、最近ずっと思っていた事を言う。
「きずなさんも、夢、もう一度目指してもいいんじゃないですか?」
「え?」
彼女の顔が驚きに染まる。思ってもみなかった、という様子だ。
「楽器メーカーの女社長で、ピアニスト。……かっこいいと思いますよ」
しばらく黙って考えていたが、
「そっかな……うん、そうかも」
彼女はうんうん頷く。
「今からだって、全然、遅くないよね」
「ええ」
絢子さんも、横で頷いている。俺達は、あれから何度も彼女のピアノを聞いた。音楽の事は詳しくないけど、とても上手だと思った。きっと、彼女の力ならどうにかできるんじゃないだろうか。
「じゃあ、翔太君。その分私の事ちゃんとサポートしてよね。最近忙しくて、カードゲームあんまりできてないから、腕が訛っちゃってるのよ」
「ええ!?」
「だって、次勝てばゴールドクラスに行けるんだよ? そしたら、翔太君と大会で戦えるかもしれないじゃない!」
彼女は、子供みたいにいたずらっぽく笑う。
「翔太君にカードゲームを教えてもらったおかげで、前よりもっと負けず嫌いになったから。仕事も、ピアノも、カードゲームも、全部負けたくないよ」
やれやれ。強力なライバルを育てちゃったなぁ。いずれ、彼女と大会で戦う日が来るのかと思うと、楽しみで仕方ない。ならば、協力しない理由は無い。また朝まで特訓しよう。
……さて、そろそろ時間だ。
「じゃあ、行ってきます」
二人に見送られて、二人に貰った力と共に、俺は赴く。
ライバルが待つ場所へ。俺達の、戦いの舞台へ。
俺たちの「きずな」は破壊されず、除外されない ~俺とお嬢様とメイドのTCG生活~ ゼニ平 @zenihei5
ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?
ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます