3章 5話 俺に必要な物

 「《覇王 スカーレットキング》でプレイヤーに攻撃します」


 「……《星詠み人》でブロック」


 「攻撃勝利したのでドロー。さらに《ファストソルジャー》を出して『速攻』で攻撃します」


 ここで『速攻』持ちを出されたら、もうブロックできない。


 「……ありがとうございました」


 東雲さんに負けた後、レンさんとも対戦したが、またしても負けてしまった。

 彼の場合は、他の2人とは違い、変わったデッキを使っているわけでは無い。世間でも使われている、一般的な赤デッキだ。

 途中まではいい勝負ができていたが、攻撃を捌いても、捌いても、二の矢三の矢が飛んできた。一度盤面を更地にすることにも成功したが、それでも粘られて、いつの間にかこちらが不利になっていて、こちらの気持ちが先に切れてしまった。


 「まぁ、今のはおしかったな。じゃあ、俺と……」


 「……すみません、今日はこれぐらいで……」


 ヒナタさんも対戦に誘ってくれたが、3人に連続で完敗した俺には、そんな気力は残っていなかった。本当は前からヒナタさんと対戦してみたいとは思っていたのだが、残念ながら今はそんな気にはなれなかった。デッキを片づけて、帰り支度を始めた。


 「そ、そうか。わかった。きーつけてな」 


 ヒナタさんは心底残念そうにしていて、正直申し訳ないと思った。


 「ジェット君。この場所にはいつでも来ていいよ。だいたい誰かはいると思うから」


 帰り際にレンさんが、そう優しく声をかけてくれたが、今の俺には、気を使ってくれているだけにしか聞こえなかった。


 「……ありがとうございます……」


 「ジェット君またねーん。……しののめ~その変な3色デッキとやるわよー」


 「…………いいけど」


 ナギサさんと東雲さんは、もう俺への興味を失ったのか、二人で対戦を始めていた。

 スッと頭を下げて、俺は逃げるように部屋を出て、バタン、と扉を閉めた。


 「……はぁ」


 そのまま、扉の傍の廊下によりかかり、そのまま座り込んでしまう。

 ……勝てると思ってたんだけどな。いや、勝つまではいかなくても、もう少しいい勝負ができると思っていた。

 幸か不幸か、俺は今まで大会でもプロプレイヤー達と対戦したことがなかった。

 いくらプロとは言え、同じ人間だ。運の要素も絡むカードゲームで、まったく歯が立たないなんて事はあり得ないと思っていた。

 だから、彼ら相手に、手も足も出なかったのが本当にショックだった。

 ……だが、せっかく彼らと練習できる機会ができたんだ。もっと頑張らないといけないな。

 ……いつまでもこうしているわけにはいかない。そろそろ行こう。

 そう思って、立ち上がった時。


 「あの子、あのままじゃダメね。あのままじゃ一生プロになんか、なれっこないわ」


 扉越しに、ナギサさんの声が聞こえてきた。

 思わず、足を止める。


 「……オレも、そう思う」


 東雲さんも、ナギサさんに同意する。そしてレンさんも。


 「そうだね。筋は悪くないんだが……勝負に勝つには、そしてプロになるためには、どうしても必要な物がある。……彼には、それが足りないようだ」


 「……せやなー」


 ヒナタさんも、3人に同意していた。

 ……ショックだった。なんとなく、彼だけは庇ってくれると思ったのに。俺の事を将来有望だと言っていたのに……なんだか、裏切られた気分だ。

 ……プロになるために、必要な物?

 やはり、実力だろうか。

 プロ相手とは言え、あんなにボロ負けした俺は、弱いからプロになれないという事だろうか。

 でも、一言に実力と言っても、一体何が足りないんだ。


 プレイング? デッキ構築?

 状況判断力? リスクマネジメント? 情報? やりこみ? 運?


 それとも、その全てが足りないのか? 

 俺は、そんなに弱いのか……?


 「そもそも、何であの子を連れてきたのよ。まさか、1回も戦った事無いのに、本当に将来有望だと思っていたわけじゃないでしょ?」


 「……俺は、正直わからへん」


 もう嫌だ。もうたくさんだ。これ以上聞きたくない。

 フラフラとした足取りで、扉から離れていく。

 現実から、逃げるように。目を背けるように。


 「でも、本気であの子と戦った奴が、そう言っとってん」


 ………。

 ……………。

 …………………。  


 「あ、翔太さん。おかえりなさいでございま……」


 リビングの巨大な4kテレビで男子高校アイドルのアニメを見ていた絢子さんに挨拶を返す気力も無く、フラフラと螺旋階段を登ってあてがわれた自分の部屋に入り、ベッドに倒れ込んだ。

 どうやって帰って来たか、道中の記憶はまったく無い。

 体が石のように重い。これ以上、1ミリも動ける気がしなかった。


 「翔太君翔太君! 面白いコンボ思いついたんだけど……」


 そんな時に、きずなさんが突然バタッと勢いよくドアを開けて入って来た。

 最近はノックする事を忘れて入ってくる事が多くなってきた。

 普段なら気にしないのだが、今日はそんな彼女に若干のいら立ちを覚えてしまう。


 「すみません、今日はちょっと対戦する気になれないので……」


 ベッドに横になったまま、ちょっとだけ顔を上げて返事をする。


 「えええ!? 翔太君が!? 対戦したくない!? どうしたの? 熱でもあるの?」


 大きな声を上げて、大げさに驚いていた。

 なぜか、普段ならば可愛いと思えるはずのそんな態度にも俺はイライラしてしまう。


 「……俺だって、そういう気分の時ぐらいありますよ。放っておいてください」


 そう、冷たく突き放した。

 彼女は困惑したように、しばらく黙っていたが、


 「……うん。わかった。……ごめんね。でも、ほんとに体調悪かったら言ってね?」


 そう言って、彼女は申し訳なさそうな顔をして、ゆっくりと扉を閉めて出て行った。

 ちくっと俺の心にトゲが刺さったような痛みが走る。

 だが、今はきずなさんの相手をしている場合じゃないんだ。

 このままじゃ、だめだ。

 このままじゃ、一生プロになんてなれない。

 強く、ならないと。


 「……強く、ならないと……俺は、強くならないといけないんだ……」

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