3章 6話 現実逃避

 「えっと……《ストライダーシユウ》の効果で、《リュウジン》に2000ダメージ。さらに《フレイムシュート》で2000ダメージを与えます」


 「あー……もうブロッカーがいないですね。投了します」


 ……ふぅ。なんとか緑にも勝つ事ができたか。

 1週間ほど前、俺はきずなさんにお願いしてパソコンを買ってもらった。その時にウェブカメラとヘッドセットを一緒に買って、通話アプリを使ってネット対戦ができるようになった。

 今時、チャットグループや掲示板に行けば、自分のランクにあった対戦相手を簡単に見つける事ができる。便利な世の中になったものだと思う。


 「すごい固さで全然攻撃できなかったですよ。さすがジェットさんですね」 


 「あ、いや……」


 俺が使っているデッキは、ナギサさんが作った青のデッキを真似して作ったものだ。

 もちろんデッキレシピを教えてもらったわけではないので、詳細な枚数は知らないが、入っていたカードはなんとなく覚えている。

 プロになるには、色々なデッキを使わないといけない。ヒナタさんも言っていた事だ。

 それに、使ってみて初めて分かった事もある。

 このデッキは、序盤は盤面を優先しないといけないから、盤面が整いきる前に崩されると弱い。それに、かなり繊細なプレイングが求められるから後半も一つのミスも許されない。

弱点の無いデッキなんて物は無い。対戦している側からでは分からない事も、使ってみて初めて分かる事もあるのだ。


 「じゃあ、今日はこの辺で。ありがとうございました」


 「はい。ありがとうございました。またお願いします」


 そう挨拶をして通話を切り、ぐっとノビをする

 カメラの映る位置を調整した結果、カメラをベッドの端に設置し、床にプレイマットを敷いてそこを映すのが一番良かったのだが、猫背になって体勢が良くないので何時間も続けていると体がしんどいのが難点だ。


「よいしょっと……青を使ってみてよかったな。他にも色々使ってみないとなー……でも、きずなさんと絢子さんにカード貸してるからな」


 二人も大会に出ることだし、返してくれとは言いづらい。いや、きずなさんはお金をいくらでも持っているんだから、改めて買ってもらえばいいだろうか?

 あとでよっぴーにでも相談してみようか……。まぁ、とりあえずはこの青デッキをもう少し試してみるか。次の対戦相手を探すとしよう。


 「翔太君」


 その時、きずなさんが突然ガチャッとドアを開けて部屋に入って来た。


 「きずなさんすみません。今ちょっと忙しいので……」


 振り返らずに言う。どうせ対戦して欲しくて来ただけだろう。

 今、初心者のきずなさんと対戦している余裕なんて無い。

 ナギサさんも『弱い人と対戦しても意味ない』なんて言っていたし。強い人と対戦しないと……。


 「違うの。翔太君に話があって」


 「話?」


 仕方なく、振り返る。対戦じゃないとしたら、一体何の用なんだろう。

 きずなさんは、俺の目の前に座ると、じっとこちらの目を見つめてきた。


 「きずなさん?」


 「何か、あったんでしょ?」


 「な、何かって……」


 「この前、プロの人と出かけて帰って来てから様子がおかしいもの。そこで何かあったんじゃないの?」


 「……!」


 核心を突かれて言葉に詰まり、慌てて目を逸らす。

 ふと、ドアの向こうを見ると絢子さんが掃除をしながらチラチラこちらの様子を伺っていた。あのメイド、何か吹き込んだな。

 首を横に振って、答える。


 「きずなさんには、関係ないですよ」


 心配していくれるのはありがたいが、これは俺の問題だ。きずなさんに相談したところで、解決するとは思えない。

 だが、彼女はしつこく食い下がってきた。


 「関係無くなんか、ないでしょ? 私は、翔太君が夢を叶えるためのサポートをするって約束したんだもの」


 「サポートって……そんなのいらないですよ。ここに住ませてもらってるだけでも、十分ありがたいんですから」


 そう。それだけで十分なのだ。むしろ、今は放っておいて欲しい。

 だが、彼女はそれでは納得しなかった。


 「悩み事があるなら、言って欲しいな。せっかく私もカードゲームできるようになったんだし、翔太君の力になりたいのよ」


 ああ、もう、うるさい。


 「きずなさんみたいな、弱い人じゃダメなんですよ!」


 イライラしすぎて、思わず叫んでいた。 


 「そんなに言うなら、教えてあげますよ! 俺は、プロの人たちと対戦して、手も足もでなかった! 俺は、勉強もできないしスポーツもできない……カードゲームしかないのに! だから、プロになりたかったのに! でも、プロは俺よりもっと強い人ばかりだった! それに、彼らに俺は『今のままじゃプロになんかなれない』って言われたんだ! だから、もっと練習して、もっと強くならないといけないんですよ! きずなさんみたいな、初心者じゃなくて、もっと……強い人と対戦して!」


 叫びながら、自分の言っている事とやっている事が矛盾していると感じていた。

 強い人、上手い人と戦いたいなら、あの部屋に行けばいい。あの、プロが大勢いる部屋に。

 わざわざ、ネットで対戦相手を探す必要なんか無い。

 じゃあ、なんで俺はそうしないんだ。

 きずなさんは、とても悲しそうな顔をしていたが、納得はしてくれたようだ。


 「そう……わかったわ。私じゃ、力になれないって事。……でも翔太君、もう何時間もずっと対戦しているでしょ? ちょっと休憩したら? ご飯もあんまり食べてないし……」 


 きずなさんは、俺の事を気遣ってくれている。

 そんな事はわかっているのだが、俺ももうここまで来たら意地になってしまっていた。


「俺は今、休憩なんかしている人は無いんです! 時間が無いんです! 1分でも、1秒でも練習しないと、彼らには勝てないんだ! きずなさんみたいな、苦労も挫折もしたことの無いお嬢様には、分からないと思いますけど!」


 きずなさんは、今にも泣きそうな顔をしていた。その顔を見て、罪悪感があふれ出る。

本気でそんな酷いことを言いたいと思ったわけじゃない。きずなさんを傷つけようなんて思ったわけじゃない。

 慌てて、謝ろうとしたその瞬間。

 

 バシンッ!!

 

 頬に強い衝撃を受けて、吹っ飛んで転んだ。

 最初はきずなさんに叩かれたのかと思ったが、違った。

 俺を拳で吹っ飛ばしたのは、さっきまで廊下からこちらの様子を伺っていた絢子さんだった。

 いつもどんな事があっても崩れなかった無表情を崩し、怒りの表情を向けている。


 「お嬢様の事を……お嬢様の気持ちを何もわかってないくせに、侮辱するな!」


 絢子さんのバカ力で殴られたせいで激しく痛む頬を押さえる。  


 「お嬢様が、どんな気持ちで夢を諦めたか……どんな気持ちで、翔太さんの夢を叶えて欲しいと思ったか……そんな事も知らないくせに……!!」


 絢子さんの叫びを聞いて、混乱する。

 は? 一体どういうことだ? たしかに、夢を諦めた、とは前に聞いたが。

 それが、俺の夢を叶える事とどう繋がるんだ?


 「勉強もできない、スポーツもできない? 何の努力もせずに、カードゲームで遊んでばかりいたから、そうなったんじゃないんでございませんか? ずっと逃げていたから、諦めていたから、そうなったんでございます! その結果が今のあなたでございます! そんな人間が、お嬢様を、『苦労も挫折もしたことが無いだなんて』……!!」


 「!!」


 殴られた時と同じぐらいの痛みが、俺の心をえぐる。


 「ジュン!」 


 きずなさんが、非難の声をあげる。彼女のそんな声は初めて聞いた。

 ……もう、我慢できなかった。


 「……あんた達に、俺の気持ちなんて、わかるかよ! できない奴の気持ちなんて!」 


 俺は、デッキと鞄だけを掴んで、部屋を飛び出した。

 後ろから、きずなさんの止める声が聞こえたが、無視してそのまま走り去る。

 ずっとネット対戦をしていたせいで時間の感覚が失われていたが、外はもうすっかり真夜中になっていた。

 暗い夜道を逃げるように、あてもなく走る。

 出てきたはいいが、俺には、どこにも行くところなんて無かった。ただ、俺は逃げるだけだ。今まで同じように。

 そう、絢子さんの言う事は、何も間違っていない。間違っていないからこそ、余計に胸が痛い。

 俺はただ、苦手な事、嫌いな事から逃げていただけだ。

 勉強もスポーツも嫌いだ。だから、やらなかった。大学受験なんて、最初から受かるわけない。

 かと言って、汗水たらして働くのも嫌だった。だから、死にたいだなんて言って逃げた。

 自分でもわかっている。

 俺は、本当にダメな奴だって事。


 そのまま10分ほど走り続け、さすがに息があがってきた。

 どこかもわからない街の、民家の塀を背にフラフラと座り込む。


 ……なんで、きずなさんは俺みたいな人間を拾ったりしたんだ。助けてくれたんだ。

 いくら命の恩人といっても限度がある。

 絢子さんは、きずなさんが夢を諦めた、と言っていた。

 夢を叶えて欲しいとも。

 本当に、わけがわからない。


 「……死にたい」


 きずなさんと絢子さんへの罪悪感、後悔。惨めな自分への嫌悪感。

 そんな気持ちでいっぱいだった。

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