2章 6話 ありがとうございます

 「えっと、キャラクターの名前が書いてあるのがユニットカードです。基本的にこれを出して、相手のユニットカードやウォールを攻撃します。マナゾーンに置いたらマナにもなります。カードの左上に書いてある数字がコストで、そのカードを手札から使うには数字の数のマナを支払わないといけません。スペルカードはユニットのパワーを上げたり、相手を妨害したりできます」


 スターターに同封されていた説明書を見てもらいながら俺はカードとルールについて簡単な説明をした。

 カードゲームをまったくやったことのない人にコストの概念をどう理解して貰おうかと悩んだが、ざっと説明を聞いただけできずなさんは、


 「なるほど。つまりマナが所持している資産、ユニットカードが人材、スペルカードが施策。コストがそのために必要な資金だと考えればいいのね」


 「……え、あ。はい」


 「資産は最初のうちは少ないけど、どんどん大きくなっていって優秀な人材や大きな施策を打てるわけね。そして手札が無いとそれらもできない。手札は毎ターン1枚ずつしか増えない……つまりリソースが大事になってくるわけね!」


 「……Yes」


 驚異的な理解力を発揮してくれた。お嬢様って頭も良いんだなぁ……。

 施策って何の事か、わからなかったけど。

 絢子さんもきずなさんの説明を聞いて「なるほどそういうものなのでございますね」と頷いていた。


 「……えっと、じゃあきずなさんの買ってきたスターターで実際に対戦してみましょうか」


 手元には赤、緑、青、黒のスターターがある。

 各色の特徴を説明した結果、きずなさんは赤。絢子さんは黒のスターターを使うことになった。


 「お互いにデッキをシャッフルして、じゃんけんで先攻・後攻を決めてください。初期手札を5枚引いて、ウォールをセットしたら……『よろしくお願いします』とあいさつをしてゲームを始めてください。勝敗が決まったら『ありがとうございます』です」


 今日対戦した、黒衣の剣聖のことがちらっと頭に浮かんだ。

 あの少年は、こういう風に教えてくれる人がいなかったんだろうな。


 「よろしくお願いします」


 「よろしくお願いするでございます」


 二人とも馬鹿丁寧にあいさつをして、ゲームがスタートした。先攻はきずなさんだ。


 「《人材発掘》で2ドローするわ。ふふん」


 「《イエローシーフ》でお嬢様は手札を1枚捨てるでございます」


 「むぅ。せっかくドローしたのに」


 きずなさんは嬉しそうにドローし、手札を捨てさせられたら不満そうな顔をする。

 子供みたいにコロコロと表情を変えていて、とても楽しそうだ。

 どうやらきずなさんは手札を増やすのが好きなようで、逆に絢子さんは相手の手札を捨てさせるハンデスが好きなようだな。


 「《ダークナイト》で攻撃でございます」


 「えっと……《紅の乙女》でブロックするわ」


 「《ダークナイト》の勝利でございます。お嬢様は手札を1枚捨てるでございます。自分は1枚ドローするでございます。……《ダークナイト》を引いたので捨ててデュアルアタックでございます。絢子の勝ちでございますね。……ありがとうございました」


 「ありがとうございました。……むー。翔太君。あのカード強すぎるんだけど!」


 きずなさんは不満そうな声を上げた。


 「あー」


 《ダークナイト》はスターターのカードだけならパワーがトップクラスで、戦闘で勝った時の効果も強力だ。他のカードでは止める事も難しい。


 「スターターのカードは強くないカードもいっぱい入っているんで、ブースターのカードと入れ替えたら、もっと楽になると思いますよ」


 実際、ブースターのカードには《ダークナイト》に対抗できるような強力なカードが何枚もある。

 それを聞いてきずなさんは身を乗り出してきた。


 「翔太君! 赤の他のカード持ってる? それとも買えばいいのかしら? どこで買える?」 


 今にもスマホからネットショップで買いそうだったので、慌てて説明する。


 「えーっと……友達の家にあって、ここに送ってもらうことになってます」


 それを聞いてきずなさんは絢子さんの方を見て、


 「ジュン。今すぐ入れ替えたいから、取りに行ってきて」


 と大真面目な顔をして無茶振りをした。こういう無茶な事を言うのはお嬢様っぽいが、当のメイドは表情を変えないまま、


 「絶対に嫌でございます」


 全力で拒否をした。


 「……なんで?」


 「絢子の貞操に関わるのでございます」


 きずなさんは訝しげな顔をして俺の方を向いた。


 「翔太君。……あなたの友達って何者?」


 「……悪い奴じゃ、ないんですよ」


 これが友人としてできる精一杯のフォローだった。


 ピンポーン


 その時、チャイムが鳴った。

 ちなみにこのマンションは当然のようにオートロックなので、1階から部屋を呼び出して開けてもらわないと建物の中に入る事すらできない。

 1階のカメラの映像を見ると、確かに配達員の格好をした人がいた。


 「どうもー宅配便でーす」


 「あ、来たみたいね!」


 きずなさんは嬉しそうな声を上げたが……いやちょっと待って。いくらなんでも早くない?

 あの後よっぴーが家に帰宅してすぐに荷物を送ったとしても、その日の夜に届くというのはありえないだろう。

 ……そして、あの配達員の人の声、物凄く聞き覚えがある気がする。

 嫌な予感が……。


 ピンポーン


 そうこうしているうちに配達員の人が40階まで上がってきて、玄関のインターフォンを押したようだ。


 「行ってくるでございます」


 「あっ。絢子さん待っ……」 


 絢子さんが玄関まで走って行ってドアを開けようとしているのを止めようとしたのだが、残念ながら間に合わなかった。

 ガチャッ


 「絢子ちゃん。あなたの吉田春斗です。早速ですが踏んでくださーい」


 ドアが開け放たれると、よっぴーが土下座をしていた。しかもあろうことか、下から絢子さんのスカートの中を覗こうとしていた。


 「ぎゃあああああああああああああああ!!」


 べしっ! げしっ! ばしっ!


 悲鳴を上げながら絢子さんがよっぴーに対して何度も蹴りを入れていた。

 絢子さんはロリっぽい見た目に似合わずかなりの怪力だから、物凄い音がしているのだが、


 「ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます!」


 よっぴーは1発貰うごとに感謝の言葉を述べていた。

 まぁよっぴーもガタイは良い方だからその分頑丈なのかもしれない。残念なことに。


 「死ぬでございます! 死ぬでございます!」


 「ああ! 最高です! もっと! もっとお願いします!」


 「ひぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 止めるべきか放っておくべきか真剣に悩んでいる所に、騒ぎを聞きつけたきずなさんが玄関までやってきた。


 「どうしたの? カードは?」


 「……きずなさん。見たらだめです。目が腐ります」


 俺にできるのは、お嬢様であるきずなさんに、この世の汚い部分を見せないように両手で目隠しをする事ぐらいだった。

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