3章 9話 ライバル

 「《天下無双 ブラックナイト》を出して、手札を1枚捨てて『速攻』を得ます。その時に《神の賢将》の効果で、《星詠み人》に1500ダメージです。《ブラックナイト》でウォールを攻撃」


 「通します。2点ダメージ」


 マッキーは俺の低コストユニットを除去し、ウォールを詰めてきた。相手の方はもうウォールが無いので、そろそろ詰めに来ないとまずいからな。俺の盤面には《キリン》1体しかいないが、相手の盤面には、攻撃済みでブロックできない《ブラックナイト》以外に低コストのユニットが4体も並んでいる。確かに、この状況、問題無いプレイだろう。

 ただし、俺の手札に必殺のカードが無ければ、だが。


 「6コスト《雷神 ソーフェイ》を出します。スペル《竜神の誓い》を盤面に置きます。これで《キリン》の効果誘発! 《雷神 ソーフェイ》に『速攻』を付与! そのまま攻撃!」


 《雷神 ソーフェイ》は相手の3コスト以下のユニットにブロックされない。

 マッキーのユニットは誰もブロックする事ができないので、これで俺の勝ちだ。


 「なるほど。《ソーフェイ》を入れていたんですね! 前は入っていなかったので油断していました。ありがとうございました」


 負けたというのに、感心して無邪気に話す彼は、本当にただの中学生にしか見えない。

 前に大会で戦った時とは全然印象が違う。もっとギラギラとしていて、目の前の奴をぶっ潰してでも絶対に勝ってやるという刃物みたいな雰囲気が出ていた。


 「悪い。ちょっと休憩しよう」

 

 「あ、はい。わかりました」


 4時間ほどぶっ通しで何度も対戦をしていたので、さすがに疲れた。

 外もそろそろ明るくなってきたしな。

 マッキーはまだやりたそうだったが、俺はさすがに疲れてしまった。中学生の体力おそるべしだな。

 きずなさんも相当だが、この少年は同じぐらい対戦が好きなようだ。

 プロと比べられるきずなさんがすごすぎるだけかもしれないが。

 戦績は3勝5敗。負け越したとはいえ、プロ相手に善戦した方だろう。

 一息ついたところで、俺は疑問に思っていた事をマッキーに問いかける。


 「マッキー……君は、以前からこの部屋に来ていたのか? この、プロが集まる部屋に」


 「ええ。3年前ぐらい……小学生の時から。あの時は、みんなまだプロじゃありませんでしたけどね。レンさんやナギサさんや、東雲さんや……他にもたくさん。みんな、僕より年上でしたけど、公認大会で出会って、対戦したりカードの交換をしているうちに、いつの間にか仲良くなって……みんなで一緒に強くなったんです」


 通りで、強いはずだ。

 『強くなるには、強い人と対戦するのが一番』。ナギサさんもそう言っていた。

 もちろん、みんな最初から強かったわけでは無いだろうが、お互いに強くなろうと切磋琢磨しあって、研究して、努力していた人たちだ。

 そんな人たちが、強くならないわけが無い。


 「……うらやましいな」


 素直に、そう思った。

 自分も昔からそんな環境にいたら、きっと今よりもずっと強くなっていて、今頃はプロになっていたかもしれない。


 「そうですね。強くなるには、いい環境だったと思います。でも、みんなだけプロになって……僕は、プロチームのスカウトの人に言われたんです。中学生をスカウトするのはリスクが高いって。学業との両立とか、世間の批判とか……焦ってプロになる事は無いって、みんなにも言われましたけど……でも僕は、みんなに置いて行かれたくなかったんです。みんなと同じ所に行きたかった。……無事プロになれたらなれたで、親に反対されていますけどね。そりゃ、学校もあって大変だと思いますけど……両方とも、やってやるつもりです」


 その思いで、この少年はプロ昇格試験大会で勝ち抜いたのだ。俺を倒して。

 

 「……敵わないな」


 負けて当然だ。

 絢子さんの言っていた通り、俺は全て逃げた。勉強も、スポーツも、苦手だから、嫌いだからやらなかった。

 だが、この少年は学業との両立という目でも、やってみせると言っている。

 覚悟が違いすぎる。俺なんかとは、格が違う。


 「そんなこと、無いでしょう」


 だが、マッキーは否定する。そんな俺の弱気な言葉を。


 「この前のプロ昇格試験大会。およそ10戦を戦いました。でも、僕が本気で『負けるかもしれない』と思ったのは、あなただけです。ジェットさん。僕とあなたの間に、大きな違いがあるなんて思いません。あなたなら、すぐにプロになれると思っています」


 否定する。


 「でも……俺は聞いたんだ! 今のままじゃ、プロになれないって! ここの人たちが言っていたんだ! だから、俺は、もっと強くならないといけないんだ!」


 そんな、俺の言葉を。


 「いいえ。あなたは強い。プロになれるだけの実力を持っています。それを否定しないでください」


 俺の言葉を、否定する。

 俺の強さを、肯定する。

 

 「なんで、そんな事言えるんだ。君が、プロだからか?」


 わけがわからない俺に対して、キラキラと輝く笑顔で、


 「あなたが……僕のライバルだからです。この前の勝負は、とても楽しかった。どっちが勝ってもおかしくなかった。また、大きな舞台で戦いと思ったんです。……そう、プロリーグのような」


 ……ライバル、か。

 俺は、くるっと反対を向く。 

 中学生に泣かされかけるなんて、思ってなかった。

 まったく、どっちが年上かわかったもんじゃない。

 そんな俺の背中に向かって、マッキーは声をかける。


 「今のジェットさんは、結果に拘りすぎている気がします」


 「結果に、拘り過ぎてる?」


 不思議に思って、振り向く。結果に拘る事の何が悪いんだ?

 だって、結果が全てだろう。結果がでなければ、プロになる事ができないんだから。


 「一つの物事に捕らわれると、視界が狭くなって、正しい道が見えなくなります。相手の盤面のユニットを倒す事に夢中になる余り、実はプレイヤーにアタックしていれば勝っていた……なんて事、よくありますよね。それと一緒だと思います。……すみません、全部受け売りなんですけど」


 カードゲーマーにとっては非情にわかりやすい例えだ。

 岡目八目という言葉がある。

 囲碁の言葉だが、対局を見ている人の方が対戦している人よりも盤面を理解していることがあるいう意味だ。対戦中は、一部に意識が集中してしまっていて全体が見えていないという事がよくあるからだ。

 ようするに、マッキーが言いたいのは、視野を広げろって事だな。


「レンさん達はたぶん、実力以外の別の事で、ジェットさんに何か足りないと感じているんじゃないでしょうか。……まだ、プロになって1戦もしていない僕にはわからないですけど」


 「実力、以外……」


 そう言われても、思い当たる事が無い。

 困惑していると、マッキーはさらに語りだした。


 「昔、この部屋に来ていた、一人のプレイヤーがいたんです。確か、レンさんの学生時代の友人だったと思います。その人もプロになりたかった。実力も、他の人と比べて申し分なかった。でも、大会ではなかなか結果がでない人だったんです」


 そういうのはカードゲームに限らず、良くある話だ。

 スポーツでも、練習では実力を出せても本番では勝てない選手の話はよく聞く。

 カードゲームは特に、その日の運というのも大きく関わってくるから、他の競技よりも余計によくあるかもしれない。いい所までは行けても、ずっと優勝できない人なんてざらだ。


 「当時はまだプロ昇格試験大会がありませんでしたから、大きな大会で上位に入る事が、プロにスカウトされる条件でした。……彼は、どうしても勝ちたかったんでしょう。とある大きな大会の準決勝で、イカサマをして手札のカードを入れ替えました。それが発覚し、彼は1年間出場停止になり、ランクも9まで行ったのに取り消し。この部屋にも来なくなりました」


 その話なら俺も聞いた事がある。

 その話なら聞いた事がある。当時、俺はまだ大会に出始めたばかりで、ランクは下の方だった。バカなやつがいるものだと笑っていたが、今ならほんの少しだけ気持ちがわかる。


 「結果に拘り過ぎると、そういう事をしてしまう人がいます。特に、プロになるかならないかは、大きな差ですから……あ、すみません」


 「……いや、いいよ」


 図らずも嫌味になってしまった事を謝って来たが、その事実は俺自身もよく分かっている事だ。

 他のカードゲームでも、賞金の出るような大会なら、同じカードは4枚までしか入れられないはずの所を、強力なカードだけ6枚も入れていたりとか、身内を勝たせるためにジャッジを買収したなんていう噂もあったな。

 勝てば天国、負ければ地獄。

 勝者は記録にも記憶にも残るが、敗者には何も残らない。

 勝負ってのはそういう世界だ。


 「『結果に拘るのは悪い事じゃない。勝ちを諦めた奴よりは。でも、プライドだけは捨てるな』。……レンさんは悲しそうな顔でそう言っていました。僕も、結果を出したくて焦っていたので、彼の気持ち、少しわかりましたから」


 「……そういう時、どうすりゃいいんだろうな」


 「『カードゲームをやって、一番楽しかった時の気持ちを思い出せ』……だ、そうです」


 一番楽しかった時の、気持ちか……。

 目を閉じて、その瞬間を思い出す。


 …………。

 ………………。

 ……………………。


 「ありがとう。マッキー」


 「帰るんですか?」


 「ああ。帰るよ」


 そう、俺の居場所に帰るんだ。


 「僕も帰ります。……帰ったら、両親をもう一度説得してみます。絶対に、諦めたりしません」


 外はもうすっかり明るくなっている。

 俺達は、部屋を出て、それぞれ家路に向かう。


 「また、決勝で会おう」


 「また、決勝で会いましょう」 


 俺達はどちらからともなく笑いだした。

 笑い声は、しばらく止まなかった。

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