3章 8話 プライド
行く所が無い俺は、結局よっぴーを頼る事にした。友達の少なさに自分でも涙が出る。
電話をかけて事情を説明したのだが、
「は? お前、お嬢様とメイドさんと同棲してるのに家出したから俺のとこに泊まりたいとか喧嘩売ってんのー? それともお前そういう趣味なの? 俺はそういう趣味ないから代わりに俺がきずなさんの家に泊まりにいっていいー? 何なら絢子ちゃんの部屋に泊まっていいー?」
「いいわけあるか」
「まぁ、泊まりに来るのは構わない……と言いたいんだけど、悪い。今日は俺、大学の
部活で泊まりなんだわ。明日なら大丈夫だぞー」
そういえば前に何か部活だがサークルだかに入っていたとは言っていたが、興味無かったので聞いていなかった。
「……わかった。じゃあ、明日頼む」
「おう。……よくわからんけど、仲直りするなら早めにしろよ?」
「……ああ。そうだな」
そう言って、電話を切った。
「仲直りか……できるのかな」
きずなさんに酷い事を言ってしまったし、絢子さんを怒らせてしまった。
謝ったとしても、彼女達は許してくれるのだろうか。
また、彼女達と一緒に暮らすことはできるんだろうか。
「……きっと、無理だよなぁ……」
本当に、お先真っ暗だった。
……さて、本当にこれからどこに行こう。
いくら春先とは言え野宿をする度胸は俺には無い。
一応お金はあるから、ネカフェやホテルに泊まる事はできるが……これは、きずなさんに貰ったお金だ。 俺のわがままで無駄なお金を使うというのは、何か違う気がする。
ヒモにはヒモなりのミジンコ並みのプライドがあるのだ。
となるとお金を払わずに一夜を過ごせる場所は……。
しばらく考えて、ふと思いつく。そうだ。あそこなら。
本当は行きたいところでは無いし、今まで行くのを避けていた所ではあるが、こんな夜遅くに誰かいるとも思えない。一晩ぐらいなら、勝手に泊めさせてもらっても大丈夫だろう。
電車に飛び乗り、目的地の駅まで移動する。
1度しか行っていないから、場所はうろ覚えで、しかも夜だから暗くて道もよくわからなかったのだが、散々歩き回った末に何とか目的のビルを発見した。
たどり着いたのは、ヒナタさんに連れてきてもらった、プロ達の溜り場になっている貸会議室のあるビルだ。
「頼む、誰もいてくれるなよ……」
お世話になっている女性の家から喧嘩して飛び出してきた、なんて恥ずかしい説明はしたくないので、そう祈りながら、ゆっくりと階段を登って行く。
残念ながら祈りは届かなかった。話し声は聞こえないが、電気が付いているのが外からでもわかる。
……しかし、中にいる人も、さすがにそのうち帰るのだろう。
そう思い、ゆっくりと扉を開ける。
中には一人、机にデッキを広げて難しい顔をしている人がいた。
こちらに気づくと、その人は驚いた顔になった。
「……ジェットさん。お久しぶりです」
よりにもよって、世界で一番会いたくない男がそこにいた。
俺を倒して、プロになった男。
メガネをかけた……中学生の少年。
「……マッキー」
プロチーム『真田丸』に所属する事が決まったばかりの、マッキーだった。
もちろんお互いにお互いの事を認識していたが、実は個人的に話をしたことは無い。
この前のプロ挑戦者昇格試験大会の決勝で初めて顔を合わせたくらいだ。
だが、以前から噂は聞いていた。
ランク10に物凄く強い中学生がいると。
実力は申し分無かったのだが、中学生と言う事でプロチームからスカウトはされなかった。でも、彼は 俺と同じように、あるいは俺以上に、プロになりたいと思っていたのだ。
だから、プロ昇格試験大会で優勝し、誰にも文句を言わせない形でプロになったのだった。
まぁ、これはほとんど彼自身がTwitterで語っていた事だが。
正直何を話したものかと困っていたが、彼から話しかけてきた。
「以前、学校の先輩がご迷惑をおかけしたようで、その節は申し訳ありませんでした」
「え、先輩?」
学校の先輩? 中学生に知り合いなんていないと思うんだが……。
「えっと確かプレイヤーネームは……『黒衣の剣聖』です」
「ああ! あの子!」
その中二臭い名前で思い出した。前に秋葉原の公認で対戦した、あの失礼な中学生っぽい奴だ。
「実力は大したことないのに、部活で僕以外に威張り散らしていて困っていたんですが……。ジェットさんに負けてから、少なくとも対戦前と後に挨拶だけはするようになりました。ご指導していただいてありがとうございます」
「あ、いや……」
単にバカにされてムカついただけだから、お礼を言われるような事は何もしてないんだよな。
まぁ、彼が少しでも更生してくれたのなら、それは良い事だけど。
「マッキー……さんはどうしてここに?」
年下だが、まともに話したことの無い相手だし、相手はプロだ。一応さん付けで呼ぶことにした。
「呼び捨てでいいですよ。……ちょっと親と喧嘩しちゃったんです。プロになる事を反対されて。それで、頭にきて家を出てきたんです」
彼はちょっと恥ずかしそうに答えた。
こうしてみると、とても最年少でプロカードゲーマーになった天才少年には見えない。年相応の普通の男の子だ。
しかし、まさかマッキーも家を飛び出してきたとは。
ここは年上として、両親が心配するから早く家に帰った方がいい、とか言った方がいいんだろうか。
普通の親なら、確かに中学生でプロゲーマーになるなんて、心配して反対するに決まっているだろうしな。もっとも、俺の両親は普通では無いから、俺が生きてようが死んでようが気にしないだろうが。
「それで、ジェットさんはこんな時間にどうしたんですか?」
俺が悩んでいると、突然そんな事を聞かれて、言葉に詰まってしまった。
「えっと、いや……遅い時間だけど、誰かいるかなと思って。大会前だし、夜通し調整できないかなって」
咄嗟に嘘をついてしまった。
なぜか、この少年には弱みを見せたくなかった
もう失う物なんか何も無いはずなのだが、年上としてのプライドからなのか、一人のカードゲーマーとしてのプライドからなのか。少なくともヒモとしてのプライドからでは無い。
「なんだ。じゃあ、僕と同じですね」
ちょっと嬉しそうに笑っていた。
「久しぶりに、対戦しましょうよ。ジェットさん。夜は長いですからね」
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