4章 1話 常にラストチャンスだと思って
「《銀戦姫》でアタック」
「ふむ。通すわ。1点ダメージ」
「《白銀獅子 シルバーレオン》でアタック」
「むむ。……《青龍の武神》でブロックや」
よし、そこでブロックしてくれるなら、俺の勝ちだ。
「《シルバーレオン》、死亡します。《銀戦姫》のデュアルアタック!」
「むむむ。1点」
これで、ヒナタさんのウォールは0だ。もうブロックできるユニットはいないので、もう一撃入れれば俺の勝ちが決まる。
「《銀戦姫》、もう一度デュアルアタック!」
「おっと!?」
本来デュアルアタックは1ターンに1度しかできないが、《銀戦姫》はその制限が無い。これで、俺の勝ちだ。
「ジェット君やから相棒の《シルバーレオン》で決めてくるとおもてんけどなぁ」
ある意味印象操作という奴かもな。
俺は、夜中にヒナタさんとネット対戦をしていた。
日中は公認大会に行ったり、『プロの溜り場』に行ったりし、家に帰ってからはきずなさんと対戦しているが、遅い時間はたまにヒナタさんとこうしてPC越しに対戦をしているのだ。
ネット対戦をするためにきずなさんにパソコンを買って貰ったものの、『プロの溜り場』に頻繁に通うようになったので使う機会が減ってしまって申し訳ないと思っていたのだが、関西に帰ってしまったヒナタさんと対戦する事ができてその点はとてもありがたかった。
「ほな、またなー」
「はい。お疲れ様です」
通話を終了し、ヘッドセットを外して、ふぅ、と一息つく。
プロプレイヤー達のおかげで、自分がどんどん強くなっていっているのを感じる。
マッキーに言わせれば、プレイングに関する実力は最初からあったそうだが、他のデッキの強みと弱みを詳しく教えてもらったり、デッキ構築を一緒に考えたりと、知識面で得られる物がとても多い。
以前はボコボコにやられていたが、今はかなりいい勝負ができていて、戦績も悪くない。
これなら、もしかすると優勝できるかも……。そう考えたら、なんだかワクワクしてきた。
よし、そろそろ寝よう。明日もプロ達に相手してもらわないといけないし……。
そう思った時、ふとピアノの音が聞こえた。
この家でピアノと言えば、きずなさんだ。どうやらまた夜中にこっそりと弾いているらしい。
聞かなった事にしようかと思ったが……絢子さんが以前言っていた。きずなさんは、辛い事や悲しい事があった時にピアノを弾いていると。以前も、泣きながら弾いているのを見てしまったし。
俺は足音を立てないように、すり足で廊下を歩いて行き、彼女の部屋の前までたどり着く。
やっぱり前と同じように、ドアがほんの少し空いていた。そりゃ音が漏れるはずだ。
隙間から、こっそり中を覗いてみると、やはりきずなさんがピアノを弾いていた。しかし、前とは違って、泣いてはいない。それだけで、ほんの少しだけほっとする。
邪魔しちゃ悪いし、明日、それとなく訊ねてみよう。
そう思って、部屋に戻ろうと思ったのだが。
ガタッ
「いてっ」
間抜けな事に、扉に足をぶつけてしまった。
「翔太君?」
案の定、気づかれてしまった。やばい。どうしよう。
「翔太君、そこにいるんでしょ? 入ってきていいわよ」
……まぁ、ばれてしまったのなら仕方ない。ドアをおずおずと開けて、謝りながら部屋に入る。
「……えっと、立ち聞きしちゃってすみません」
「いいわよ。私だって、たまには誰かに聞いてもらいたいって思っていたもの」
恥ずかしくて赤くなる俺を見て、きずなさんはクスクス笑っていた。この人が優しい人で良かった。もしこれが絢子さんだったらまた頬が真っ赤になる所だった。痛みによって。
「……あの、何かあったんですか?」
俺が何を言いたいのかわかったようで、きずなさんは恥ずかしそうに笑う。
「あ、ジュンに聞いたのね? 違うの。今日はそういうんじゃなくて……ほら、もうすぐ大会じゃない? ちょっと緊張してきちゃって。私と翔太君。二人とも優勝したら、翔太君がプロになれる……だから、足を引っ張っちゃいけないと思って」
俺はプロも交じって戦うゴールドクラス。対してきずなさんはランク0限定のビギナークラスだから、実はどちらかと言えばきずなさんの方が勝つ可能性が高いのだが。
とはいえ、きずなさんにとっては、初めての大きな大会だ。公認大会には何度も足を運んでいるが、やはり公式大会とは比べ物にならないぐらい緊張するものだ。
「大丈夫ですよ。きずなさんなら、きっと勝てます。それに、もしダメでも、半年後のプロ昇格試験大会で勝てばいいんで」
「ダメよ」
きずなさんを安心させるつもりで言ったのだが、彼女はきっぱりと、ダメだと言う。
「半年後の大会の日に翔太君が怪我して大会に行けなかったら? インフルエンザにでもなってベッドから出られなかったら? たまたまその日の審判が翔太君の事すごく嫌いでいきなり失格になったら? 人生に、何度もチャンスが与えられるだなんて思っちゃダメ。……常にラストチャンスだと思って行かないといけないわ」
確かに、彼女の言うその通りだ。最後のはたぶん無いと思うけど。
「私は、ダメだったから」
きずなさんは、哀しそうな目でそう言った。
「高校生の時、親に海外に音楽留学したいって言ったら、猛反対されちゃってね。昔から、大学で経営を学んで、卒業したら実家に就職するって親に決められていたから」
きずなさん、大企業の一人娘だからな……。きっと、俺達一般市民にはわからない事情ってやつがあるんだろう。
「最後のコンクールで、もし金賞を取ったら、ピアノを続けていいって言われていたの。……油断していたつもりは無かったんだけど、それまでずっと金賞とか、グランプリとか、一番いい賞ばかりだったから、ひょっとしたら気が緩んでいたのかもしれない。結果は銀賞。私は夢を諦めないといけなくなっちゃったわけ。……後でわかったんだけど、その時の審査員の一人が、うちの両親と仲の良い音楽家で……私に金賞を取らせないよう、お願いしていたみたいなのよね」
「ええ!?」
それは……いくらなんでも酷すぎる。俺が唖然としていると、きずなさんは自嘲気味に笑う。
「酷い親でしょう? 元々娘に音楽を習わせたのは、彼らなのに。都合が悪くなったら取り上げるんだから。おまけに親交のある人の息子だって言って勝手に結婚させられそうになるし。もう最悪。せめてもう少しまともな人ならよかったんだけどねー……」
まぁ、あれじゃなぁ……。
いや、逆に考えればあれだからきずなさんが結婚しなくて済んだと考えればいいのか?
そうだな。うん。きずなさんが他の人と結婚するなんて、なんか嫌だ。
真田さんグッジョブ。ずっとそのままでいてくれ。
「ともかく、次がある、なんて思っちゃダメ」
「……わかりました」
よろしい、ときずなさんは満足気だった。そして、ふっと思い出したかのように、
「あ、そうだ。……実は、最近、ジュンの様子がおかしいの」
「はい?」
絢子さん? あの人の様子がおかしいのはいつものことじゃないか。
「最近ちょっとぼーっとしているっていうか……何か悩み事があるみたいなの。私が聞いても答えてくれなかったけど、もしかしたら翔太君になら話してくれるかもしれないから、それとなく聞いてみてくれない?」
「……わかりました」
正直、あの人がきずなさんに話さない事を俺に話すとは思えないけど。
しかしこの時。まさか、絢子さんがあんなことをしでかすだなんて、夢にも思っていなかった。
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