4章 2話 絢子はメイド様!

 瀬乃絢子さん。身長が小さく、中学生ぐらいにしか見えないが俺と同い年の18歳のメイドさんだ。常に無表情だが、態度や目にすぐ出るので考えている事は結構わかりやすい。

 掃除や洗濯などの家事スキルはパーフェクトだが、唯一料理だけはできない。

 どうしてメイドをやっているのかとか、どうしてきずなさんに仕えているのか、とかそういう事情はよく知らない。ちょっと変わった人だが、基本的には良い人だ。


 じー。


 俺達はいつも通り、俺の部屋できずなさんと対戦をしていた。

 大会も近いし、俺達は家にいる時はかなり長時間二人で対戦しているのだ。

 盤面は俺が有利だが、きずなさんも決してやられっぱなしでは無い。しばらく考えた末、攻撃をしかけてきた。


 「《スカーレットエンペラー》で攻撃!」


 「ふむ……その攻撃は《青龍の武神》で受けます」


 「あう」


 俺がブロックを宣言すると、途端にきずなさんは困った顔になった。《スカーレットエンペラー》と《青龍の武神》だと、《青龍の武神》の方がパワーは上だ。パワーを上昇させるスペルを使わないと勝利することはできない。だが、この様子だとスペルを持っていないようだ。

攻撃勝利に強い能力を持つ《スカーレットエンペラー》なら、こちらが警戒してブロックされないと考えたんだろう。いわゆるブラフパンチという奴だな。

 通ればリターンはでかいが、冷静に対処された時はただただユニットを失うだけ。


 「《スカーレットエンペラー》、死亡します……」


 ブラフパンチが通らなくてきずなさんはしょんぼりしていた。


 「ブラフは状況を選びますからね。相手に受けられた時、どうするかもしっかり考えてからやった方がいいですよ。無策でやるのは無謀に突撃するのと一緒ですから」


 「……はーい」


 じー。


 「でも、思い切りは悪くなかったですよ。それまでのプレイングで、自分がいかにもスペルを持っているフリができるかが重要です」


 特にきずなさんのデッキはドローが多く入っていて、手札が潤沢だ。手札が多いと、それだけ相手も警戒しないといけないのでブラフに引っかかる可能性も高くなるというものだ。


 じー。


 「とはいえ、ブラフは警戒させてこそ意味があるんです。……相手が初心者だと、何を警戒しないといけないかがわかっていない事もあって、逆にブラフの意味が無いって事も……」


 じー。


 「……」


 じー。じー。じー。


 「……あの、絢子さん?」


 「……じー」


 その音、口で言ってたのかよ。

 先ほどからずっと、絢子さんが開け放たれたドアから、半分だけ顔を覗かせてこちらの様子をじっと見ていたのだった。

 さしずめ、『メイドは見た!』状態だ。まぁ、こちらはカードゲームをやっているだけだから、見られて困るようなことは何もやっていないんだけど。


 「ジュン、どうしたの?」


 きずなさんも気づいたようで、驚いた声を上げる。


 「……なんでも無いでございます」


 しかし、絢子さんはスッとそのままスライドしてフェードアウトして行った。


 「……確かに、様子が変ですね」


 「……でしょ?」


 元々変わった人ではあるが、最近は輪をかけて変な行動が目立つ。

 彼女についてそれとなく訊ねるよう頼まれたはいいが、常時あの調子なのでなかなかきっかけを掴めないでいる。


 「そういえば、きずなさんと絢子さんって、付き合い長いんですよね?」


 「そうね。もう5年ぐらいかしら」


 5年か。正直に言うと、もっと長いと思っていたから、意外と言えば意外だ。

 お嬢様とメイドだし、幼い時からお付きとして一緒に育ったとか、そんなイメージだったのだが。


 「16歳の時、コンクールの演奏が終わった後に、会場の入り口に花束を持った小さな女の子が、『あなたの演奏に感動しました。あなたにお仕えしたいでございます』って言って来たものだから、びっくりしたなぁ」


 きずなさんは当時の事を思い出しているのか、クスクス笑っている。 

 なんというか、鮮烈すぎる出会いだ。やったのが当時13歳の女の子だからいいが、男がやったら完全にただの変質者だ。


 「え、まさかそれで絢子さんをメイドとして雇うことになったんですか?」


 「すんなり決まったわけじゃないけど、最終的にはそうよ」


 残念ながら俺にはわからない世界だ。人に仕えるという事も、仕えられるという事もピンとこない。勝負の世界ならわかるんだけど。


 「あの子は、あれで特別なのよ」


 まぁ、普通の人じゃないのはわかっている。なんせ、カフェで働いているわけでもないのにメイドさんだし。言葉遣いもちょっと変だし。


 「彼女の家は、なんというかちょっと変わってて……アメリカでメイドさんとか執事さんの養成学校? を営んでいるの。彼女はその学校の理事長の娘で、小さい頃からメイドになる事が決まっていたみたいなのよ。……まぁ、家が変わっているのは私が言えた事じゃないんだけどね」


 きずなさんが生まれながらのお嬢様なら、絢子さんは生まれながらのメイドさんということか。二人はちょっと境遇が似ているんだな。


 「彼女はその中でも特別で……飛び級で12歳で大学を卒業しちゃうぐらいの天才なのよ」


 驚いて目を剥いた。

 12歳で大学を卒業した天才? 本当に絢子さんの話か? 誰か別の人の話と勘違いしているんじゃないか?


 「……あの子、私にはあんまり話したりしないけど……きっと、何か心に抱えている事があると思うのよ。何とかしてあげたいのだけど……翔太君なら、きっと何とかできると思うの」


 「……なんで俺なんですか?」


 きずなさんは彼女と5年の付き合いのようだが、俺はたった1か月程度の付き合いだ。

 俺にそんな事、ペラペラ話してくれるとは思えないんだが。


 「だってあの子、この前翔太君に抱き着いていたじゃない」


 「うっ」


 あの時の事を思い出すと、ちょっと顔が赤くなってしまう。いや、違うあれは単なる事故であってそういうのでは無いと思うんだが……。


 「ジュンがあんなに男の子に心を開いているの、初めて見たわ」


 きずなさんはクスクス笑っている。やれやれだ。まぁ、絢子さんもきずなさんと同じで家族だし、それに日ごろからお世話になっている。やるだけやってみてもいいだろう。

 だが、その前に。


 「ちょっとトイレに」


 そう言って部屋を出た。長時間対戦していたので、行く暇が無かったのだ。

 だが、廊下に出るとトイレどころではない事態が起きていた。

 リビングの方から、物凄く変なにおいがする。なんだろう。魔界で悪魔が人間の肉でバーベキューしているんだろうか。それぐらい強烈な、嫌な臭いだ。慌てて螺旋階段を降りてリビングに向かう。


 「絢子さん? 何してるの?」


 「……料理でございます」


 料理!? 彼女は料理ができないから、今までずっと冷凍食品だったんじゃないのか? どんな心境の変化なんだろう。

 だが、女の子の手料理なんて今まで食べた事が無いから、どんな可愛らしい物が出来上がったのかと思って楽しみだ。

 だが、そんな期待は、皿の上に乗せられた料理を見た瞬間に砕け散る。……いや、臭いの時点で察しはついていたんだけどさ。


 「……えーと、これは?」


 「……ハン、バーグ……? ……でございます?」


 このメイド、質問に疑問文で答えちゃいけないって教わらなかったのか?

 しかし、ハンバーグか。

 ハンバーグ。ハンバーグ。ハンバーグ。

 ハンバーグってなんだっけ。ハンバーグがゲシュタルト崩壊してきたぞ。

 俺が訝しげな顔をしていると、絢子さんはバツが悪そうに、


 「……ちょっと、失敗してしまったでございます」


 失敗かー。失敗しちゃったなら仕方ないなー。

 ……いやいや。

 いや、だって、失敗するにしても、これは違うでしょ。

 普通、料理で失敗って、『いっけな~い焼きすぎて真っ黒に焦げちゃった!』とか、『塩とお砂糖間違えちゃった!』とか、そういう可愛いの想像するじゃん?

 これは、そういう次元じゃない。

 まず、うねうね動いてる。そして色がショッキングピンクだ。焼いた後のはずなのに。

 材料に何を使ったとか、どういう調理をしたとか、そういう事を質問する気も起きない。っていうか恐いから聞きたくない。


 「絢子さん」


 「はいでございます」


 俺は絢子さんの両肩に手を置き、じっと彼女の目を見つめる。


 「これから大事な事を言うので、よく聞いてください」


 絢子さんは居住まいを正した。

 いつも通りの無表情だが、ほんのり顔が赤くなっている。


 「……どうぞでございます」


 俺は、ここまで真剣に何かを思った事が無い。それぐらいの、俺の全身全霊の気持ちをぶつける。


 「二度と料理しないでください」 


 それからしばらく、絢子さんは口を利いてくれなかった。

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