2章 8話 スリーブはお好きなものを
それから何度かよっぴーは図々しくもきずなさんの家に上がり込んで来た。
俺としては公認大会が無い日に対戦相手ができてありがたかったのだが、絢子さんはよっぴーが来るたびに悲鳴を上げて逃げ回っていた。ちなみに心優しいきずなさんは、俺の友人と言う事もあってか普通に歓迎していた。
「音野さんって、大学生なんですよね? どこの大学なんですか?」
よっぴーはさらに図々しくも夕飯まで食べていた時、そんな事を尋ねた。
「庭園大学。そこの経営学部の4年生よ」
庭園大学は、勉強ができなかった俺でも知っているぐらい有名な大学だった。確かすごく偏差値も高かったはずだ。
しかも経営学部か。何を勉強するのかよくわからないけど、たぶん会社の経営とかを学んでいるんだろうな。たぶん。全然わからないけど、なんとなくお嬢様っぽい。
それを聞いてよっぴーは驚いた声を上げた。
「えっ。俺も庭園大学ですよ! 情報学部ですけど」
そういえばそうだっけ。どうでもよかったから忘れていた。
「いやー運命感じちゃいますね」
「……お嬢様にまで手を出したら、絢子が許さないでございますよ」
軽薄な事を言う変態に絢子さんが睨みを効かせてきたが、よっぴーは真面目な顔をして、
「いえ、申し訳ないんですが、Bカップ以上は恋愛対象外なんです」
「おいこらてめぇふざけんな」
ナチュラルすぎるセクハラに思わずバカの頭をはたいていた。
確かにきずなさんの胸は目算でもD以上はありそうだけど……いやいかんいかん。恩人をそんな目で見ちゃ……いや、命の恩人は俺なんだっけ?
当のきずなさんは楽しそうにクスクス笑っていたから良かったのだが。
一方絢子さんは自分の真っ平な胸を見て、深刻な顔で「牛乳をもっと飲むでございます」と小声で呟いていた。
「ああそうだ、今週末にカードショップ行ってみませんかー? 二人とも、スリーブ買った方がいいだろうし、公認大会もありますしー」
突然よっぴーがそんな事を言い出した。
「スリーブ……ああ、翔太君達のデッキのカードに付いているあれですね」
確かに、二人ともデッキのカードにスリーブを着けていない。スリーブが無いとプレイしている時にカードが痛むし、レアリティが高いカードも入っているので着けた方がいいのは間違いないだろう。
ちなみに俺もよっぴーも、スリーブは好きなアニメのヒロインの物だ。
「無地のやつとか、動物のやつとか、可愛い柄のやつもありますよ」
アニメキャラの物ばかりだと思われるのはなんとなくまずい気がしたので、一応補足しておく。絢子さんはともかく、きずなさんはそういうの詳しくないだろうし。
「そうですね。翔太君のカードが曲がったりしてはいけませんから。買いに行きましょうか」
「公認大会というのは、この前秋葉原で翔太さんが出ていた物でございますね」
「ええ。出るだけで参加賞のPRカードが貰えて、勝つと商品券とか、特別なPRカードが貰えたりします」
「大会……それは、翔太君が勝ちたい、プロになるための大会とは違うのよね?」
思わず苦笑してしまった。確かに何も知らない人が聞いたら同じ『大会』ではあるが、それらはまったく違う物だ。例えるなら、草野球と甲子園の決勝ぐらい、真剣度合いが違う。
「そうですね。そういう大きな大会じゃなくて、店舗でやる、初心者でも気軽に参加できる小さな大会です」
俺としてはこの二人を公認大会に連れていくのは、本当は少し心配なのだが。今の所二人はカジュアルプレイヤーだし、いきなり大会というガチ環境に連れて行くのはなんとなく気が引けるし、もしマナーの悪いプレイヤーに当たったら不快な思いをするかもしれない。
ただ、この前は黒衣の剣聖君という弱い者を見下すイキリキッズがいたが、あんなのは一部の例外であって、基本的に初心者は歓迎されるべき物だ。
それに女性プレイヤーは男性プレイヤーに比べると少ないし、カードの効果がわからなかったりしても、二人とも優しくしてもらえるだろう。おそらく。
「じゃあ、週末は秋葉原に行く事にします!」
……まぁ、きずなさんは明らかにワクワクとしていたので、余計な事を言うのはやめておこう。何かあれば俺が助けに入ればいい。
ただまぁ、俺も二人の世話ばかり焼いていられない。
まだこの家に来て2週間も経っていないが、こうしていられる期限は限られている。
俺がプロになるには、プロ昇格試験大会で優勝するか、チームから直接スカウトされるかの2択だ。
次のプロ昇格試験大会はまだまだ先だが、1か月後には大きな大会がある事も発表された。大きな大会で優勝できれば、自分のランクも上がるし、プロにスカウトされる可能性も上がる。なんとしても勝たなければならない。
俺がそんな風に決意を新たにしている横で、よっぴーは間抜けな顔で、
「いやー絢子ちゃんの手料理は美味しいなぁ。いつでもお嫁に来れるよ。今すぐ来る?」
「それは冷凍食品でございます」
美味しいよな。絢子さんが心を込めて温めた冷凍食品。
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