俺たちの「きずな」は破壊されず、除外されない ~俺とお嬢様とメイドのTCG生活~

ゼニ平

プロローグ 一人じゃできないから仕方ない

 落ち着かない。

 ああ、落ち着かない。

 都会の一等地に構えられた巨大な商業施設。その一角に建てられた超がつくほどの高級マンションの一室に住み始めてしばらく経ったが、いまだに居心地の悪さを感じてしまう。

 俺、飛田翔太(とびたしょうた)を拾ってくれたお嬢様が賃貸契約しているのは地上40階と41階の2フロアで、俺はその隅のほんの一室に居候させてもらっている立場だ。

 高校入学から卒業まで六畳一間のボロアパートの一階に住み、ぺったんこの煎餅布団で寝ていたから、窓から一望できる都会の夜景も、ふわっふわの大きなベッドも、馴染みが無くて仕方ないものだろう。

 高校を卒業してから大学へ行く事も職に就くこともしなかった、職業=ニートの俺にはあまりにも分不相応な待遇だ。

 おまけに一緒に住んでいるのは年上で美人のお姉さんと、無表情だけど顔は可愛いメイドさんなんだから、落ち着いていられるわけがない。

 そんな事を、床に座ってそわそわしながら考えていたら、コンコン、と遠慮がちにドアがノックされた。


 「あの、翔太君……」


 「きずなさん? どうしたんですか?」


 扉を開けるとそこにいたのは、俺が一緒に暮らす事になったお嬢様、音野姫珠菜(おとのきずな)さんだった。彼女は俺より3つ年上の、21歳の大学生。明日も平日だから講義があるはずなのだが、こんな遅い時間にこっそりと俺の部屋にやってくるなんて。

 顔を赤くして足をもじもじとしているきずなさんはなんだか色っぽい。ただでさえ美人で、しかも夜の部屋に二人きり。ちょっとドキドキしてしまう。


 「あの……翔太君。こんな時間なんですけど……1回だけ、お願いしてもいいですか?」


 具体的に何を、とは言わなかったが俺にとって意味は明白だった。

 つい先日初体験をしたというのに、随分積極的だ。そんな彼女の変化を嬉しく思った。


 「もちろん」


 と頷いて、俺は傷つかないように床にマットを敷いた。

 そして、しーっと指を口に当てて、


 「隣で絢子さんが寝ていますから、できるだけ大きな声を出さないようにしましょうね」


 「う、うん……」


 きずなさんは恥ずかしそうにしながら、俺の目の前にぺたんと座りこんだ。

 準備が整うと、興奮で顔を赤くしているきずなさんを落ち着かせるように、優しく声をかけた。


 「じゃあ……いきますよ?」


 「うん……どうぞ」


 …………。

 …………………。


 数十分後。一戦が終わると、


 「いやー……随分激しかったですね」


 「そ、そうかな?」


 「ええ。それに、きずなさん。すごくうまくなりましたね」


 「ほ、ほんとに?」


 「ええ。そろそろ俺も油断できないですね」


 もちろん俺の方にはまだまだ余裕があったが、きずなさんはこの短期間で随分と腕を上げたものだ。

 そう言われたきずなさんは嬉しそうにしながらも、ちょっと言いにくそうに、


 「あの……もう1回だけ、お願いしてもいい?」


 「ええ、もちろん」


 きずなさんが望むなら、何回だってやってやろう。にっこり笑って頷くと、きずなさんは花のような笑顔を見せてくれた。

 ああ、幸せだ。ずっとこんな時間が続けばいいのに……。


 「……何をなさっているのでございますか? お二人とも」


 不意に聞こえてきたのは、まだ春先だというのに室温が一気に氷点下まで下がったように感じるような冷え切った声だった。

 驚いてドアの方を見ると、パジャマ姿の女性がこちらをじーっと睨んでいた。

 彼女は瀬乃絢子(せのじゅんこ)さん。きずなさんに仕えるメイドで、普段はメイド服を着ている。見た目はロリロリしい中学生ぐらいの体型だが、年は俺と同じで18歳。つまりは合法だ。合法ロリだ。

 常に無表情の彼女だが、今夜は一段と冷めた目でこちらを見ていた。


 「こんな時間だというのに、随分と楽しそうでございますね」

 

 「ジュ、ジュン。あのね……どうしても、我慢できなくって……」


 「ほほう。我慢でございますか。何をでございましょう」


 絢子さんの追及するような目に、彼女は夜中だというのに叫んでしまった。

 

 「……どうしても、さっき作ったデッキを回したくって!! 私、我慢できなかったの!!」


 そう。俺達は二人で、カードゲーム『レジェンドヒーローTCG』で対戦をしていた。

 床の上だとカードが傷つく可能性があるので、プレイマットの上にカードを並べて、先ほど激しい一戦を終えたばかりだった。


 「面白いデッキだと思ったから対戦して試してみたくって……一人回しだけだと限界あるし……!」


 必死に弁解するきずなさんを擁護するために、先輩プレイヤーとしての意見を口にした。


 「新しいデッキを組んだら、すぐに回したくなるのはカードゲーマーの性ってもんだよ」


 「翔太さんは黙っててくださいませ」


 「……はい」


 が、残念ながら絢子さんにはそんな言い訳は通用しない。


 「お嬢様は明日、午前中から大学の講義があるのでしょう? 早く寝てくださいませ」


 お小言を言う教育ママさんみたい事を言っているが、見た目も実年齢も絢子さんの方が下だ。だが、主人であるはずのきずなさんは子供みたいにしゅんと小さくなっていた。

 だが、突然顔を上げて『いいことを思いついた!』というキラキラした目で、とんでもないことを言い放った。


 「じゃあ、ジュン! 私と対戦して! それで、私が勝ったらもう1戦だけ翔太君と対戦させて! 負けたらもう寝るから!」


 いや、それきずなさんが対戦したいだけじゃない? どっちにしろ1戦やる事になるじゃない?

 そうツッコミたかったのだが俺はきずなさんに拾われた身。彼女の不利になるような事は言えない。別に『実は俺ももう1戦やりたいから』とかではない。決してない。

 絢子さんは呆れたように頭に手を当てて、大きなため息をついた。


 「お嬢様。子供のような事をおっしゃるのはやめてくださいませ。とっとと部屋に戻って……」


 「あ、ジュンそんな事言って、本当は私の新デッキに勝てないと思ってるんでしょう?」


 え、何そのガキっぽい挑発セリフ。

 そんなのに乗るなんてよっぽどの子供ぐらいしかいないでしょ……。


 「は? 何を言っているのでございますか? 言っておきますが普段は主人を立てるために多少手心を加えているということをお忘れなきように。本気を出した絢子にお嬢様が勝てるわけないのでございます。ちょっとデッキを取ってくるので、そこに座って待っていろでございます」


 よっぽどの子供だったーーー!

 一瞬で自分の部屋に戻ってデッキを取ってきた絢子さんに場所を譲ってあげ、ベッドに座った俺は、『やれやれ』と彼女の口から小さな声が聞こえた気がした。

 きずなさんは気づいていないようで嬉々として自分のデッキをシャッフルしている。

 なんだかんだで、このメイドもお嬢様には甘いようだ。

 なんせ、カードゲームをしている時のきずなさんは、とても楽しそうだからな。


 「ほらお嬢様。スペル《妨害の罠》でございます。手札を見せてコスト5以上のカードを1枚捨てるでございますよ」


 「ああああ! 私の必殺コンボのキーカードが!! 何するのよ!!」


 「さらに《イエローシーフ》を出してもう1枚捨てるでございます」


 「やめてえええ!!」


 ほら、楽しそうだ。

 ずっとこんな日が続けばいい。3人で、毎日カードゲームができたらいい。そう思わざるを得なかった。

 だが、そういうわけにもいかない。何事にも終わりが来るように、俺達に残された時間は、決して無限では無いのだ。

 

 「あと、1年か……」


 そう。あれは俺達が出会った、まだ季節が春になった頃の事だ。

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