1章 1話 勝負は常に勝つか負けるか

 絶対に、負けるわけにはいかない。

 そんなプレッシャーに押しつぶされそうだった。

 大人気カードゲーム『レジェンドヒーローTCG』。日本だけでなく世界でも有名なカードゲームだ。

 そのプロ昇格試験大会の決勝戦。大会に集まった約6000人の頂点を決めるこの試合で勝てば、俺は晴れてプロになる事ができる。

 勉強もできないし運動もできない。おかげで大学受験は全部落ちた。さらに言えば彼女もいないしいたことも無い。そんな俺だが、ここで勝てばカードゲームで食っていく事ができるようになるのだ。こんなチャンス、もう二度と無いかもしれない。

 緊張の余り喉はカラカラで、手はブルブルと震えている。呼吸も乱れっぱなしだ。

 そんな俺の前に座る眼鏡の男も、俺ほど見た目には出てはいないものの、3枚しかない手札をしきりにしゃかしゃかとシャッフルしていて、緊張しているのが丸わかりだ。

 難しい顔をして手札と盤面、それに捨札を何度も見ていた。

 俺達に負けた残りの5998人と、抽選に落ちた観客、雑誌の記者、そして俺達には聞こえないが実況・解説をしている人、配信を見ている人々。俺たちのすぐ傍に立って試合を監視しているジャッジ。多くの人々が俺達の一挙一動に注目している。

 

 「(息が、苦しい……)」

 

 じりじりと、真綿で首を絞められているようだ。

 こんな大舞台の壇上に上がるのは初めてだし、こんなギリギリの勝負、初めてだ。

 相手は長い間考えていたが、意を決したように手札からカードを出した。


 「7コスト《天下無双 ブラックナイト》を出して、効果で手札を1枚捨てて『速攻』を得ます。そのままプレイヤーにアタックします」


 この状況で《ブラックナイト》を引いてくるとは思わなかった。相手のデッキの中でも一番強力なユニットだ。パワーもあるし、手札を捨てる事で『速攻』を得ることができる。だが、相手はこれで手札は1枚。ちらっと相手の捨てたカードを確認した。《魔王 ダークヴァイオレンス》。確かにこの土壇場の場面で捨てる事を躊躇うレベルの強カードだ。

 残念ながら俺の盤面には相手の《ブラックナイト》の攻撃を防ぐユニットはいないので、素直に受けるしかない。


 「……通します」

 

 これで俺の最後のウォールが砕け散った。もう1枚同じカードが手札にあれば『デュアルアタック』で再度攻撃できて、試合に負けてしまう。

 

 「(頼む、これ以上は攻撃してくるな……!)」

 

 祈るように、すがるように心の中で叫んでいた。


 「……ターン終了です」


 願いが通じたのか、相手は力無く終了宣言をしてきて、ほっと胸を撫でおろした。

 だがそんな気を抜いていられるような状況でも無い。

 俺の手札は0枚。盤面には攻撃できるユニットもいない。


 「(苦しい。苦しい。苦しい)」


 首の皮一枚繋がったとは言え、あのユニットをどうにかしないと負けが確定してしまう。


 「(無理だ。無理だ。絶対無理だ)」


 相手のデッキが高コストを主軸に組まれている事を見越して、序盤から手札を大量に使ってガンガン攻めていったのが仇となってしまった。

 対戦相手は俺の猛攻を紙一重の所で防ぎきり、なんとか終盤までもつれ込ませた。そこらは逆にこちらが防戦一方だ。相手にも手札を使わせてお互い消耗戦になっているが、流れは完全に向こうにある。


 「(辛い。辛い。辛い)」


 ターン開始時のドローをしようと山札に手を伸ばすも、まるで腕が石でできているかのように重く感じる。

 しかし、対戦相手を守るウォールも0枚。ブロッカーとなるようなユニットもいない。こちらが場に出した瞬間に攻撃できる能力、『速攻』を持つカードさえ引けば俺の勝利が決まる。


 「……ターン貰います」


 今、この状況で勝つ可能性があるカードは1種類しかない。

 『速攻』を持つ《白銀獅子 シルバーレオン》。デッキの主役カードで、俺の魂のカード。ずっと一緒に戦ってきた相棒だ。

 右手に力を込め、全ての神経を集中させた。


 「(来い、俺の相棒……!)」


 もちろんそんな事をしても引くカードは変わったりはしない。運命は既に決まっている。

 

 「ドロー!」


 引く瞬間、目をつむってしまった。現実を直視する事が恐くて、なかなか目を開ける事ができなかった。

 だが、いつまでもそうしているわけにはいかない。覚悟を決めて、そっと薄目を開ける。

 残念ながら、欲しいカードでは無かった。当然だ。こんな状況で都合よく切札を引けるなんて、アニメかマンガぐらいでしか起こらないだろう。

 引いたカードは2コストの《星詠み人》。場に出した時に好きな数字を宣言し、山札の上から4枚を捲って宣言した数字と同じコストのカードがあれば1枚手札に加える事ができるユニットだ。

 こいつを場に出してコストを当てる事ができればこちらの盤面は2体。ある程度は持ちこたえる事ができるだろう。だが。

 

 「(……何コストを宣言する!?)」

 

 慌てて捨札のカード、マナに置いてあるカードを全て確認する。

 今一番欲しいカードである7コストの《シルバーレオン》は4枚中3枚が捨札にあった。山札はおよそ20枚。当たる確率は単純計算で20%だ。

 

 「(5コストを宣言すれば……合計5枚残っている《翠の王 リュウジン》か《キリン》が当たるかもしれない……確率的には、それが一番高い……)」


 こちらは確率的には約70%。

 5コストを選択すれば、高確率で盤面を維持することができる。早々負けたりはしないだろう。

 7コストを選択すれば、20%の確率で勝利だが外してしまえば敗北は濃厚。

 

 「(どうする。どうする。どうする)」

 

 安定を取るか。それとも20%の勝利を取るか。

 悩みぬいた末、出した結論は。


 「……《星詠み人》を出して、5を宣言します」


 今、勝負に行くのは、さすがにリスクが高い。そう自分を納得させて、俺は安定を取って5を宣言した。これですぐに負ける事はないだろう。

 そう思ったのだが。


 「……ああっ!」


 山札の上から4枚のカードを捲ると、その中には5コストのカードは1枚も無かった。だが、《シルバーレオン》が1枚あった。

 これでは、何も手札に加えられず、盤面は貧弱な低コストが1体のみ。

 さらに言えば。


 「(7を宣言していたら……勝っていた!?)」


 一気に顔が青ざめるのを感じる。反対に相手は、露骨にほっとしていた。

 悔しくて、奥歯を噛みしめる。勝負に行っていれば、勝てたのに……! プロになれたのに……!


 「……ターン終了です」


 力無くターンを渡した。

 だが、まだ負けたわけじゃない。

 相手の《ブラックナイト》の方が俺の《星詠み人》よりパワーが高いから、相手の攻撃で《星詠み人》は負けてしまうが、俺自身への攻撃は防ぐ事ができる。

 ミスを引きずってはいけない。切り替えろ。切り替えるんだ。

 対戦相手は、慎重に山札からドローをした。

 そして。


 「《ブラックナイト》でプレイヤーに攻撃」

 「《星詠み人》でブロック」


 《星詠み人》は《ブラックナイト》の攻撃を受けて死亡し、捨札に送られた。

 おそらく相手のデッキには、《ブラックナイト》以外に『速攻』を持つカードは入っていない。だから、《ブラックナイト》さえ引かれなければ、まだ勝ち筋は……!


 「手札から《ブラックナイト》を捨てて、デュアルアタック。プレイヤーに攻撃します」

 

 まさかの二度目の攻撃。

 俺を守る物は、何もない。

 ジャッジが勝者を告げ、観客達から歓声が上がった。

 対戦相手の身内がステージに上がってきて、笑顔で相手をもみくちゃにしている。

 俺は、対戦席から立つ事もできず、それを他人事のように呆然と見ていた。

 この日、俺の心は死んだ。

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