1章 2話 デッキはカードゲーマーの魂
「はぁ……死にたい」
巨大なため息をついて、本日何度目かわからないセリフを吐いた。
この東京湾を一望できる大きな橋の欄干にもたれ掛かり、海を眺めてぼーっとし始めてから3時間が経つ。
なんでこんな所でこんな事をしているかと言えば、行く所が無いのだ。
海外で暮らしている両親は昔から『金を出すのは高校卒業まで』と言っていて、数日前に高校を卒業した俺の財布にも口座にももう金は残っていない。
親の仕送りで住んでいた家も契約の更新料も来月の家賃も払う事ができず、追い出された。
残っているのは、小さなリュック一つ。中身は頑丈なデッキケースに入った、俺が一昨日使ったデッキだ。
こいつらは、俺の魂だ。カードは全部フォイル仕様の物に揃えているから、売ると8万円ぐらいになるだろうが……。
はっきり言って、お先真っ暗だ。
「はぁ……あそこで、7って言ってれば……」
あの大会で勝てていれば、企業とプロ契約をしてプロカードゲーマーになり、今頃はチームメンバーと大好きなTCGを一日中できていただろう。後悔しても、し足りない。
俺には、カードゲームしかなかった。カードゲームが大好きだった。
学校でも休み時間中はずっとクラストメイトとカードを広げていたし、帰り道にカードショップに寄って、大人達に交じって対戦していた。家に帰ってもずっと一人でデッキをいじっていた。
そうしている間に、いつの間にか俺は強くなっていった。
店舗で行われる公認大会では毎回のように優勝して景品をゲットしていた。
実力試しで初めて出た全国大会ではベスト32に終わったが、それでも周りの人間からも一目置かれるようになった。
勉強もできないし、スポーツもできない。数日前に高校を卒業したが、大学受験は全て落ち、進路は決まっていない。
そんなただの落ちこぼれだった俺も、カードゲームだけは得意だった。
そんな時、俺が一番やっていたカードゲーム『レジェンドヒーローTCG』でプロ制度が始まった。
6つのチームに、それぞれ4人の選手が所属して、リーグ戦でその腕を競うことになり、選手たちはみんな全国大会や、大きな大会の優勝者や上位入賞者達だった。
その様子を見た時、電撃が走ったように感じた。
これしかないと思った。
俺も、こうなりたいと思った。
そして、新たに開かれる事になったプロ昇格戦の優勝者は、新設される7チーム目のメンバーに入る事が発表され、俺はなんとしても勝ちたいと思い、毎日死に物狂いで練習を積んだ。
運良く決勝まで進むことができ、そして、あと一歩という所で負けてしまった。
自分が許せなかった。
デッキはしっかりと答えてくれたのに、それを裏切ってしまった。
練習や調整に付き合ってくれた仲間たちになんと謝った物かと思っていたが、結局俺は誰にも何も話す事なく帰宅した。
そして、何もかも失った。
ふと、橋から海面を見下ろす。果たして海面まで何mあるのだろう。50mぐらいだろうか? 高さはよくわからなかった。
一度そんな事を考えると、足が震えてしまった。
死にたいなんて言っているけど、死ぬのが恐いなんて、まったく矛盾している。
気分を変えるために、ポケットからスマホを取り出し、5ちゃんねるのカードゲーム系のスレのまとめサイトを見てみた。
『全国大会決勝、ジェット敗退! 優勝はマッキー!』
そんなタイトルの記事があったのでクリックして開いた。
『ジェットマジ惨めwww』
『ジェット弱ええええwww』
『あんなザコがプロになるとかありえないでしょwww マッキーが勝ってよかったわwww』
『マッキープロおめでとうwww』
うん、見てよかった。
本当に死にたくなってきた。
ほんの少し、力を込めて柵を乗り越えれば、この世からおさらばできる。
ふと考える。死んだら、天国へ行くか地獄に行くのか。それとも無になるのか。あるいは異世界転生するのか。
「異世界転生は……嫌だな」
記憶を持って別の世界に飛ばされるなんて、まっぴらごめんだ。
こんな忌まわしい記憶、とっとと無くしたい。
だから、やっぱり死んだら無がいいな。
「……あー死にたい」
……だが、実際に死ぬのは無理だわ。
どんなにお先真っ暗だって、希望が無くたって、飛び降りて死ぬのはいくらなんでも恐すぎる。
俺は橋からとぼとぼと歩き、さっきまで飛び込もうかなと考えていた海辺にやって来て、体育座りでうずくまっていた。
はぁ。自分の情けなさが嫌になる。
毎日のように電車に飛び込む人がいるらしいけど、あの人たち恐くないのかな。
自分が電車に轢かれてぐちゃぐちゃになるのを想像してしまい、ぶるっと震える。
「……でも、どうしよう」
残っているのはリュックの中にある俺の魂ことデッキだけ。
これを売れば少しは生活できるかもしれないが……魂を売るなんて、どうしてもできそうにない。魂は体とセットで意味があるのだ。
「……死ねないなら、どうやって生きてけばいいんだろう…」
どんなに悩んでも、残念ながら答えは出なかった。
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