2章 2話 秋葉原アンダーグラウンド

 「あーきはばらー!」


 JR秋葉原駅、電気街口を出たところで俺は両手を広げてそう叫んだ。


 「翔太さん。何やってるんですか」


 ロリメイドこと絢子さんはそんな俺を冷めた目で見ていた。


 「いや、やっとかないといけないかなって」


 そう。俺達は二人で秋葉原に来ていた。

 きずなさんは大学生らしいので、日中は大学に通っている。 

 俺はその間、ロリメイドこと絢子さんの仕事である家事を手伝っていた。

 なんせ、彼女の家は部屋が広いし多いしで、掃除するのにも一苦労だ。もっとも、絢子さんは料理はできないが掃除や洗濯は得意らしく、手際よくこなしながら、俺に対してここに埃が残ってるだの洗濯物の畳み方が雑だの、小姑のようにダメ出しをしてくるのだった。

 掃除はともかく、洗濯物を畳むのは年頃の女性の衣服にちょっとドキドキしてしまってぱぱっと済ませようとしてしまったせいだけど。

 そうこうしているうちに夕方になり、家事も終わった所で俺達は秋葉原を訪れていた。

 ここにはいくつもカードショップがある。 

 今日はそのうちの店舗の一つで公認大会が行われるのだ。

 大きな大会では無いとはいえ、強くなるにはやはり実戦が一番だ。だから、人が集まる場所までやってきたわけだ。


 「でも、別に着いてくる事無かったんですよ?」


 俺が秋葉原に行くと伝えると、絢子さんは同行を申し出てきた。

 来る途中はかなり奇異の目で見られていた絢子さんのメイド姿だが、ここでは見慣れた物だ。たくさんのメイドさんがそこら中メイドカフェのでチラシを配っているからな。


 「お嬢様から、できるだけ翔太さんに着いていくように言われていますので」


 監視……なんだろうな。

 ちょっと前まで死にたい死にたい言っていた人間を一人にするわけにはいかないという、きずなさんの優しさだろう。

 二人の優しさに心の中で感謝した。


 「では、私はこれで」


 だが、絢子さんは大通りの方まで来ると、そそくさと一人でどこかへ行こうとした。


 「え? 絢子さん、どこかへ行くんですか?」


 「ええ。せっかくアキバにきたので、同人誌を買いに行きたいのでございます」


 そう言って無表情ながらも目をキラキラとさせて、とらのあなに消えて行った。

 どうやら単に秋葉原に来たかっただけらしい。

 首をかしげながら、俺はメイドカフェや怪しいPCのパーツショップが入っている雑居ビルの4階まで階段を上がっていった。

 今日、公認大会がある店はここだ。

 レジ前には新品のパックやスターターが置いてあり、壁には買取表や様々なカードゲームのポスターが貼られている。そして店内にはショーケースには値札が貼られたシングルカード達が所狭しと並んでいる。

 色んなカードショップに行ったが、だいたいどこも似たような、ちょっとアングラな雰囲気だ。

 だが、カードに囲まれている店内はカードゲーマーにとっては憩いの場だ。

 奥の方にはデュエルスペースがあり、長机と椅子が並んでいて数人の客が対戦をしていた。

 

 「翔太!?」


 「あ、よっぴー」


 俺がデュエルスペースを覗いたら、ちょうどそこにいた一人の男が俺を見つけて慌てた様子で駆け寄ってきた。

 吉田春斗(よしだはると)。通称よっぴー。俺の高校の時の友人だ。休み時間も放課後も、ずっとこいつとカードで対戦していた。俺と違って勉強はできたから、この春から大学生になる。オタクにあるまじき長身のイケメンでがっちりとした体型。秋葉原とカードショップが似合わない男だ。


 「お、おまえおまおまおまおまおまおま、なになにななにやってたんだYO!!」


 「日本語でおk」


 よっぴーは驚いているのか焦っているのか、クラブのDJみたいな口調になっていた。そんな陽キャが行くような場所に行った事は無いからただのイメージだけど。


 「お前! 今まで電話にも出ないしメッセージの返信は無いし……何やってたんだよ!」


 「え? ……あ、ほんとだ」


 大会が終わってから、メッセージは全てスルーしていた。見る気力も無かったからな。

 スマホのメッセージアプリを開くと、100件以上の数の通知が来ていた。

 みんな心配してくれたのかと思ったが、大半はよっぴーだった。

 嬉しいような、ちょっとがっかりたような。


 「しかもお前、デッキ以外の持ってるカードを全部俺に送りつけて来やがって! 返そうと家に行ったらもぬけの殻だし、自殺でもしてたらどうしようかと思ったんだぞー!」


 「おまおまおまおまおまお前、なななななな何を言ってるんだYO!」


 俺までDJ化してしまった。

 そういえば、俺が今持っているデッキ以外の余ったカードは全てよっぴーに宅配便で送ってあったんだった。本当は売って生活費の足しにしようかと思ったんだが……どうしても売る事ができず、持ち歩くこともできないのでよっぴーの家に送り付けたんだった。

 よっぴーは盛大にため息をつくと、恨めし気な目で、


 「あんな事があったからへこむのもわかるけど……あんま心配させんなよー」


 「……悪い」


 全面的に俺が悪かったので、素直に謝った。

 実は色々と問題はあるが、なんだかんだで友達思いのいい奴なのだ。


 「それで、お前今どこで何やってんだよー」


 「うーん……色々あってな。家を追い出されて無一文になったんだけど」

 「はあ!? なんだって!? お前、それで大丈夫なのかよ!? ちゃんと飯は食ってるのか!? どこに泊まってるんだー?」


 友達思いのよっぴーは今にも財布を取り出して俺に金を渡してきそうだったので、あわてて手を振った。


 「ああ、とりあえずその辺は大丈夫。……なんだかんだあって、とんでもないお金持ちのお嬢様に拾われて……1年間お嬢様の家で、メイドと3人で暮らすことになったんだ」

 

 「……あー。ごめん。よく聞き取れなかったみたいだわー。もう1回頼む」


 「だから、色々あって、お嬢様とメイドと3人で暮らす事になったんだよ」


 まぁ、確かに信じられない話だろう。俺だっていまだに信じられない。

 あまりの事に完全に固まっていたよっぴーの肩に手を置いたが、バシッとはねのけられてしまった。


 「よっぴー?」


 「お前との友情は今日限りだ」


 「は?」


 「うるせぇバーカバーカ! 心配した俺の気持ちを返せ! このリア充! オタクの敵! エロゲ主人公!」


 誰がエロゲ主人公だ!

 ……たしかに長い間散髪してないから前髪で目が隠れそうだけど!


 「見てろよ! 今日の公認は俺がぶちのめしてやるからなーー!」


 そんな捨て台詞を吐いて泣きながら元の席に戻って行った。

 狭い店内なんだから、あんまり大声を出すんじゃないよ。

 ともかく、久々の公認大会だ。

 少しでも実戦を積んで、1年以内にプロにならないといけないからな。

 まずはここで軽く優勝してやろう。 


 「18時からのレジェンドヒーローTCGの公認大会を始めます! 呼ばれた方は席に着いてください!」


 店のエプロンを着けた店員が参加票をテーブルに置きながら参加者の名前を呼び、呼ばれた人たちが席に座り、対戦の準備を始めている。

 参加者は30人ほどだ。俺も、名前を呼ばれて席に着くと、対面に座っていた相手に挨拶をした。


 「よろしくお願いしまーす」


 だが、相手は挨拶を返してこなかった。代わりに、バカにしたような声で、


 「あんた、ジェットだろ? ……プロ昇格試験の決勝で負けた」


 あまりに失礼な挨拶に思わず真顔になってしまった。

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