4章 10話 次は俺の番

 「ビギナークラス、決着がつきました! 優勝者は、ルリアンさんです!!」


 優勝者を告げるアナウンスがあり、会場内に大きな拍手が起こる。

 きずなさんが、ついに勝った。優勝した。でも、俺はまだ実感が持てなかった。

 それは彼女も同じようで、席についたまま、ぼんやりとしていた。

 スタッフの人が、きずなさんにデッキレシピの記入用紙を渡したり、表彰式の事を説明していたりするが、「……あ、はい」と全部生返事で答えていた。

 俺はゆっくりと、人ごみを押しのけて近づき、彼女に声をかける。


 「きずなさ……」


 「お、おじょうざまぁぁぁぁ!! やっだでございまずね……!!」


 だが俺より先に絢子さんが、顔から涙ボロボロ、鼻水ダラダラの状態できずなさんに抱き着いた。

 抱き着かれたきずなさんは、よしよし、と子供のように泣きじゃくる絢子さんをあやしながら涙と鼻水をハンカチで拭ってあげていた。まったく。どっちがメイドだよ。

 俺は完全に話しかけるタイミングを逃してしまっていたが、幸いにもきずなさんは俺に気づき、笑いかけてくれた。


 「……やったよ。翔太君」


 へとへとに疲れているようで、声に元気が無い。まさに満身創痍だ。

 ……無理もない。初めての大会で5回も対戦して、特に最後の試合は本当にギリギリの戦いだった。極限まで集中力を使っただろうし、おまけにいつ心が折れておかしくなかった。

 ……情けない話だが、俺は何度も諦めかけてしまった。

 相手は遥かに格上で、盤面も絶望的だった。きずなさんのやりたい事は何もできず、ただただやられるのを待つだけだった。

 それでも、きずなさんは自分のデッキを信じて、最後まで諦める事無く戦った。

 そして、彼女は勝利をもぎ取ったんだ。

 ただのトップ解決だと言う人もいるかもしれない。でも、あれはそんな安っぽいもんじゃない。彼女の執念が生んだ結果だ。

 デッキ構築でも、プレイングでも、彼女の諦めたくないという気持ちが、相手より上だったんだ。

 ……本当に大したもんだ。


 「おめでとうございます。……いい戦いでしたよ」


 俺は、俺にできる最大級の賛辞を贈った。その言葉に、彼女はにっこりと笑う。


 「ありがとう。……次は、翔太君の番だよ」


 「……ええ」


 きずなさんは、自分よりも遥かに強い相手にも、決して諦めずに立ち向かった。俺のため、彼女自身のために。

 この人の努力を、絶対に無駄にしたくない。

 ……俺も、誰が相手でも、勝ってみせないとな。例え相手がどんなに強いプロであろうと。負けるわけにはいかない。


 その時、ずっと俯いて座っていたきずなさんの対戦相手、神崎がすっと立ち上がってそのまま去ろうとした。その背中に向って、きずなさんは声をかけた。


 「待って」


 「……?」


 訝し気な顔をして振り返った彼に向って、彼女は深々と頭を下げた。


 「対戦、ありがとうございました。……楽しい試合でした」


 「……ああ」


 彼はそれだけ言って、そのまま去って行った。俺は、なんとなく気になって彼を目で追っていったが、その彼に近づく人がいた。


 「神崎」


 『プロの溜り場』のリーダーこと、プロのレンさんだった。マッキーの話だとこの人達は元々は友人だったはずだ。二人の会話に思わず聞き耳を立ててしまう。


 「……なんだよレン。ビギナークラスなんかで負けた俺を馬鹿にしに来たのか?」


 レンさんは、首を振った。 


 「なんで、大会に出ようと思ったんだ?」


 神崎は、肩をすくめて言った。


 「……いい話があったからな。さっきのあの女、あいつを倒せたら、プロにしてやるってな。……結局負けたから、パアだけどな」


 は? きずなさんを倒したら、プロにする? 一体どういうことだ?

 誰が一体そんな事できるっていうんだ? 混乱する俺を余所に、二人は会話を進める。


 「……前みたいに、イカサマはしなかったんだな」


 そう言われて、バツが悪そうに顔を背けていた。


 「初心者相手にイカサマなんか、できるかよ。……そんな必要も、無いと思ったんだけどな」


 「お前はこれからも、ずっとそういう目で見られるぞ」


 「……」


 「お前の実力を知らない人から見れば、過去の功績も全て、イカサマの結果だと思われるだろうな。そして、今後大会に出ても警戒される。今回、初心者に負けたのだから、余計にそう思われるだろう。信用を取り戻すには長い時間がかかるぞ」


 まさに俺も警戒していた。だが、彼は結局何もしなかった。そんな素振りも一切見せなかった。


 「だからなんだよ。もう、カードゲームは辞めろってか?」


 「……そう言ったら、辞めるのか?」


 神崎はため息をついて、首をすくめた。


 「……辞めようと思ったんだけどな。出場停止期間の1年間。気がついたら新弾のパックを買って、デッキをいじってた。……やっぱり俺には、これしかないんだよ」


 その言葉に、衝撃を受ける。……同じだ。俺にも、カードゲームしかない。もし、きずなさんに助けられていなかったら、俺も下手すると同じような事をしていたかもしれない。この人は、きずなさんに助けてもらわなかった俺だ。


 「……後悔しているか?」


 「……何度も後悔したさ。なんで、あの時あんな事したんだって。……どうしても勝ちたかったからとはいえ……1年間も大会に出られないなんて、地獄だったよ。他のカードゲームをしようかと思ったけど……最終的に、ここに戻って来ちまった」


 レンさんは、それを聞いて満足気に頷いた。


 「イカサマ無しで、またプロを目指したいなら、俺達の部屋に顔を出しに来い。みっちり鍛えてやる」


 「……気が向いたらな」


 神崎は顔を背けて、そのまま会場から去って行った。

 どことなく、嬉しそうな顔だった。

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